Ⅸ
なぜか知らんが、教会のような場所にいる。
さほど大きい場所じゃないな。それで俺は、後ろのほうの席に座ってる。
壇上の手前に一人の獣人の姿がみえた。あの毛色……あれはクリスティか? いや、似ているが、どうやら男だ。
ああ、分かったぞ。あいつがクリスティの兄、ノックスか。それからそいつはこっちを向いた。なんだ? 俺に対して険しい表情を向けてる。
いつの間にかクリスティの姿も現れて、兄に対してなにか話しかける。だが何を言っているのか、まったく聞き取れん。
俺は座ったまま、ぼんやりと二人の姿を眺めた。
しばらくして、ノックスが俺のほうへ歩み寄ってきた。
険しい顔のままだが、敵意があるわけじゃないようだ。クリスティは微笑みながらその後ろをついてくる。
彼がすぐ傍まで来たとき、俺は立ち上がった。
するとノックスが手を差し出してきた。握手を求めてるのか?
俺も手を向ける。すると相手の表情も和らいだように見えた。
***
窓から陽の光が差し込んでる。朝だ。もうだいぶ陽が昇ってら。
なんだ? さっきのは……夢か?
ベッドには俺一人。それで、昨晩のことを思い返した。
クリスティ……昨夜のこと、まさかあれも夢だったか? いや……ベッドを確かめてみれば、彼女の茶っぽい色の毛が落ちてる。手の包帯にも、よく見れば幾らかくっついてる。
こっちは夢じゃなかったな。
久しぶりに心地よい目覚めの朝のような気がする。相変わらず傷は痛むがな。
ともかくベッドから起きて服を着て、部屋を出る。
クリスティは自分の部屋に戻ったんだろうか? いや、だからといって部屋のドアを叩く必要はあるまいな。
とりあえず階段を降る。それで玄関を前にして試しに玄関扉を少し開けてるが、やはりあの漆黒の壁で塞がっている。
まあいい。
それで厨房にに行ってみれば、クリスティがちょうど外の井戸から水を汲んできたところだった。
「あ、カルバン、起きたのね」
「おはようさん。飯の準備でもしてるのか?」
「そうよ」
「なにか手伝おうか?」
「おバカさんね」
「は?」
「その怪我が治るまで、無理なんてしなくてもいいわよ」
「まあ、左手は問題なく使えるがな」
「それなら、お皿とかの準備くらいはお願いすることにしようかしら」
「仰せの通りで」
俺は棚から深皿とカップを取り出し、机の上に並べる。
「それで、食事のメニューはどうだ?」
「相変わらずよ」
「だろうな」
それからクリスティが手早く調理するのを、ただ黙って見つめる。
飯は相変わらず“肉のスープ”ってわけだ。
「カルバン、」
クリスティは調理しながら訊いてくる。
「私はいつも自分の部屋に持っていって食事をするけど、あなたはどう?」
「ん? ここでいいんじゃないか? 机もある、ちょうど椅子も二つあるじゃないか」
「私と一緒に、ってことかしら?」
「ああ、君が良ければな」
「それなら、そうすることにするわ」
そしていよいよ、調理が終われば皿をクリスティに手渡す。それでスープの入った深皿を受け取る。
材料のことを知っても、不思議とこうやって調理されてると、あまり嫌悪みたいなものは感じない。
ただ、毎回こんな食事は飽きがくるってもんだ。
スープ無しじゃ食えないくらい硬い黒パンを食っていた時のことを、懐かしく思えるなんて考えもしなかった。それに無性に甘い味のものも食いたい気分だ。砂糖なんかの超がつく贅沢なもんじゃなくてもいい。そうだ、果物……なんでもいいから、新鮮でみずみずしく甘さを感じる果物も食いたい。
「どうかしたの?」
「ん? なにがだ?」
「だって、お皿の中を凝視ているみたいだから。やっぱり人の肉なんて、料理としては気が進まないわよね」
「いや、まあ、そうじゃくてな。パンの味が懐かしいなと思ってな。それに甘い物が食いたいと思っただけだ。この肉は……まあ、こうして調理されちまえば、どうってことないかもな」
「そう? 私は、こんな食事なんて、しばらくはひどく気分が悪くなる思いをしたものよ」
「もしかすると、俺は自分が思ってるより適応力があるのかもしれん」
ただし、こんな場所での生活に慣れたくはない気がするが。
とにかくお互いに席について、料理に手をつける。ああ、食前の祈りなんか、ここじゃ必要もないな。するなら懺悔だ。作業だと思うことにする。
クリスティも黙々と口にしているが、やはりどこか浮かないような感じに思える。まあいい、食事の間に会話はなかった。
***
食後の片付けをしているクリスティに、俺は疑問に持ったことを訊いた。
「そういや、調理にしろお湯を沸かすにしろ、薪がいるだろう? そこの庭にはそんなもん見当たんかった気がするが、どこで手に入れてんだ?」
「そこの小さなドアを開けてごらんなさいよ」
クリスティが示した壁のところには、幅が異様に狭い扉があった。
「これか」
高さは普通の扉くらいだが、開けてみると下から天辺まで、手頃な大きさの薪がみっちりと積んである。
「こりゃ、なかなかいい収納スペースだな」
「それって使ったら使った分だけ、薪が勝手に補充されていくの」
「なんだそりゃ? なにかの魔法か?」
「分からないわ。何の魔法かまでは知らないわよ。便利なのは確かだけど」
「なにがしかの魔法には違いないさ」
俺はふと思いつきで、積んである薪を崩すように全部出した。
「ちょっと! カルバンったら、やめてよもう」
クリスティはムッとしたような顔を向けてる。
「いや、すまん。ちょっと中を確かめたかっただけだ」
だがこの空間は、ひと一人が入るのがやっとくらいのものだ。なにか仕掛けや別の場所にでも繋がってるかと思ったが、違った。
「狭いな」
「そうよ。そんなこと、私だってとっくの前に確かめているんだから」
「それで、」俺は扉を閉めた。「これでまた補充されるわけか?」
だが開けようとすると開かない。
「おい、開かなくなったぞ」
「あらあら、しばらくはお待ちになることね」
「どういうことだ?」
「補充にはどうやら時間がかかるみたいなの。そうね、一晩くらい待てば、また積みがってるはずよ」
「そうか」
「それと、これ」
クリスティは足元に散らかっている薪を指さす。
「後片付け、ちゃんと自分でやってね」
「ああ、そうだな」
「私は、このあと洗濯仕事があるから、あとはよろしくね」
そう言ってクリスティは厨房を出ていった。
「やれやれ、自分で蒔いた種は自分で片付けろってこった。まあ薪だがな」
まあ、このくらいの量なら部屋の隅のところに積んでおくとするか。どうせ使うもんだ。
木材について詳しい訳じゃないが、見るからに違う種類の薪が混在してる。手に持ったときの重みもまちまちで、そうだな……ああ、匂いも嗅いでみれば違うものがあるってのが分かる。
薪は重いほうが長く燃えるし、軽いのはよく火が付く。
分けて積んでおくとしよう。




