Ⅷ
夜、暗い部屋のなかでベッドで仰向けに寝転がり、あれこれと考える。
この際、怪我のことはどうでもいい。いや、痛むことに違いはないが。それに完全に癒えるまでは、多少は気にかけるべきか。
ともかく、今のところ療養するに不便はない。騎士団の連中と過ごしてたのに比べれば、この屋敷は慈悲さえあるように感じる。だが問題は、外へ出ることができないってことだ。なにがしかの呪いか? それとも黒魔術でも使われてるのか? ほんでもってこの屋敷、そもそも誰が何のために作ったんだ? あの中庭みたいな場所。まあ井戸があるのは、飲み水には苦労せんということだが。それであの壁とその向こうの、さながら虚無ともいえるような奇妙な空間。まだ信じられんような感じだ。それに、少なくともあの先へ行ってみようなどという気には、俺はならん。
いつもなら、寝ようと思えばすぐに寝入ることができるんだが、今夜は頭のなかで考えが止まらんというか、うるさい感じだ。
「ん?」
なにか気配を感じた。
頭を起こして暗がりに目を凝らすと、扉が少し開いてる。それでクリスティが部屋に入ってこようとしてる。
俺は思わず上半身を起こした。
「どうかしたか?」
「あ、起こしちゃったかしら?」
「いや、まあ、まだ寝てなかった。なんの用だ? 部屋に入りたいならノックくらいしたらどうだ?」
だが彼女は答えずに部屋に入り、俺が寝ているベッドの端にそっと腰かけた。
「なんだ? どうかしたのか?」
なんとなく、昼間のことが頭をよぎった。
「ちょっと眠れなくて。勝手に入ろうとしたのは謝るわ」
「もう入って来てるだろ」
俺は別に責めるつもりじゃなかったが、彼女は黙って少しうつむいたまま、しばらく沈黙が続いた。
まさか嚙みつきにでも来たわけじゃあるまい。なにか声をかけるかしようとしたとき、彼女は小さな声で言った。
「眠れない夜、無駄話の相手をしてくれるのは嫌かしら?」
「ん? まあ、」
無駄話か……まあ、眠れないのはこっちも同じかもしれんが。
「それが、仮に人生相談とかだとしても、まあ、別にかまわんさ」
「こんな屋敷で、ずっと独りで生活するのが、どんな気分になるか、あなたには想像できる?」
「さあな、分からんな」
「ねえ、そんなふうな、突っぱねるような言い方しなくてもいいんじゃないの?」
「すまないな。こういう軽口を叩くのは癖みたいなもんだ。俺と付き合ってく気なら、多少は覚悟してくれよ」
「まあ、いいわ。それはそれで」
孤独か……
とりあえず、孤独感や疎外感がどなものかってなら、まあ簡単に想像できる。だが彼女は実際に孤独だったわけだ。それに一緒にいた兄を亡くしたということもある。はたしてどれほどの時間を、ここで過ごしていたんだろうか? あまりつっこんで訊くようなことも無粋だろうが。
「君は、ここで過ごして長いわけか?」
「なんだかあまり、よく分からなくなったわ。でも嫌っていうほど長く過ごしているのは確かね。それなのに、たまに混乱して、つい先日来たばかりのように思ってしまうこともあるの」
「それに、ちっさい庭のほかで外の空気も吸えないもんだ」
「天気がいい日は、あの庭で過ごすのよ……ノックス兄さんのことを思い出しながら」
「あまり、自分を責めることはないだろうよ」
「そうね……」
結局は、クリスティは話をする相手が欲しかっただけか……いや、そう考えるのは、あまりにも単純すぎか?
だがまあ、仮にここで一人で過ごし続けろとなったら、俺だったら耐えられるだろうか?
「ねえカルバン、あなたはここに来る前は、どんな暮らしをしていたの?」
「そうだな……君でも騎士団の悪名くらい、少しは知ってるだろ?」
「ええ、まあ、そうね」
「俺みたいな下っ端なら、隊長の言うことをよく聞いて、仕事を真面目にしてりゃ宿と飯には困らんかったな」
「そうなの」
「だが仕事ってのが、まあ最低なもんだったよ。だから辞めにした。そしてこうなった」
俺は包帯を巻いてる手を振ってみせた。
それからクリスティのことをあれこれ訊こうとしたが、やめた。今は酷い世の中だ。飢饉や争いに混乱。こんな森の中に迷い込むってことは、故郷を追われたか、ともかく望まざる旅に出なきゃならん理由でもあったはずだ。そんなことを詮索する真似はする気にならん。
またしても沈黙が漂う。
なにか声をかけるべきか、考えてるとクリスティが口を開いた。
「カルバン、私みたいな毛皮をまとっているような種族と、傍でいっしょに夜を過ごすのは嫌い?」
ん? 妙なことを言い出したな。
「さぁ……どうだかな」
彼女の目的がいまいち分からなかった。いや、この雰囲気からして多少の想像はつく。が、そんなことを女のほうから求めるものなのか、俺には分からん。
「君のほうこそ、どうなんだ? 俺は君とは違う。さして体毛のない真人間といっしょに寝ようなんて考えるものなのかい? それとも、もしも俺が男じゃなくて女で、なおかつ君と同族だったとして、それでも同じようなことを考えるのか? それに、女なら誰だって種族だって構わないぜって、そんな軽い男だと思われるのも、なんか癪だぜ」
言ってやると、彼女は一瞬ポカンとした様子だ。
「ちょっと、なんでそんなに小難しいこと言うの? そんなこと、よく分からないわ。それにカルバン、あなたはいろんなことを考えすぎじゃないの? そうね……私はただ、今は他者の温もりを傍に感じたいって、ただそう思っているだけ。別にあなたが軽い男だとは思わないし、私だって軽い女じゃないの。あなたがどう思うか、それはまた別かもしれないけど」
なんだか言った分だけ言い返された感じだ。
「気に障ったんなら、謝る。すまない」
「べつに怒ってなんかないわ。でも、あなたがもう少しくらいロマンチックな人だと良かったのに……」
束の間、沈黙が漂った。
横を向いたままで、じっと座っている彼女の尻尾がふいに揺れる。でも彼女は黙ったままだ。
「まあ、こんな屋敷で孤独に過ごしていたら、誰であれ人肌が恋しくもなるってもんかな」
「それで、あなたはどうなのかしら? それとも私といっしょに寝るなんて嫌なの?」
「いや、構わんさ。好きにしたければ君の好きにすればいい」
俺は真人間だが、獣人が嫌いなわけじゃない。断る理由などない。
そしてクリスティは俺の横に寝転がってきた。
彼女の手が俺の手に触れる。
「いいのね?」
「ああ、好きにしろ」
「ありがとう」
「ただ、引っかいたり嚙みつくような真似はせんでくれ」
「優しく抱きしめてくれるなら、そんなことしないわ」
そう言ってクリスティは俺のほうへ身を寄せてきた。
あえて彼女に面と向かって言うことなどしないが、獣人の女と寝るのは、なにも今回が初めてなわけじゃない。それに鱗を纏っているような獣人なんかと夜を一緒に過ごすのに比べたら、毛皮のほうが遥かにマシだ。どうにも俺ってのは、人間の女よりも獣人とかのほうでモテるらしい。
「でもカルバン、そういえば怪我の具合は大丈夫なの?」
「ああ……だいぶマシになった」
「でも、」
「そのうちに治るさ」
こんなふうに他人から気をかけてもらうのはいつ以来だったか? 騎士団にいるときは、仲間以外の他人を傷つけ、他者から奪う、そんな生活をしていたわけだ。
仲間内の暮らしだって、思えば決して良いものではなかった。だいたい逃げ出そうとした俺の末路がこれだからな。
身を寄せるクリスティの身体の温もりを感じる。
それに彼女の毛は、思ったよりもサラサラとしている感じだ。触れたときの心地は悪くない。きっと、日頃から丁寧に毛並の手入れしているんだろう。
この女、意外と嫌いにはなれそうにないかもな。
屋敷の中に囚われて、男と女が二人暮らし……か。そして邪魔をする奴はいない。悪くない……と言っていいのか?
だが相手は女でも獣人。それなりの距離感ってもんが……まあ、後のことは、後で考えれば済むことか。
これからどうなるかも分からないなら、今を多少でも楽しく過ごそうとしていいじゃないか。




