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なにか耳障りな音が聞こえてハッとなった。
そうだ……地下室で寝ていたんだ。
階段の上のほうに、外から光がさしている。 地下室の出入り口の扉が少し空いている? さっきの音はレッターが扉を開けた音だ
「ヘレン、起きて。扉が開いたみたいだ」
声をかけるとヘレンもパッと起きた。
「あの女主人は?」
「扉が開いただけ、姿は見せていないよ」
ぼくは立ち上がって銃を手に構えた。
なにか攻撃をしかけてくるのだろうか? それとも、ぼくとヘレンが出てくるところを待ち構えているのだろうか?
「ハンク、どうするの?」
「行こう。向こうから来ないなら、こっちから出むいて戦うしかない」
そして地下室を出て廊下を進もうとした瞬間、目の前に光球が飛んできた。
「グランデ デフェンシオ!」
ヘレンが即座に防御魔法で跳ね返した。その衝撃はぼくにも感じることができた。
廊下の先にレッターの姿がみえた。自信のある表情でこっちを見ている。
戦わずに逃げ出すということも手段の一つだけど、地下室を出てこの廊下を通って玄関へ抜けるには、けっきょく目の前にレッターと戦わないといけない。
ヘレンが囁くよう言う。
「そこの窓を割って、外へ逃げられない?」
「ヘレン、そのあいだに防御魔法をお願い。やってみるから」
まるで無防備な姿をさらしながらになる。でも銃の握把の底で思いっきり窓を叩いた。
割れる気配がなかった。まるでその手ごたえは、鉄鋼の板を叩いたみたいな感じだった。
「なんで? 割れない?」
さらにレッターの攻撃が飛んできて、窓を割るどころじゃない!
「逃げられませんことよ。再戦を挑んだのはそちらでしょう? 逃げようなどとは考えないことです!」
さらに、また目の奥にあの痛みが襲ってきた。
レッターの攻撃が容赦ない。
「ハンク、このままだと防ぎきれない」
どうする? もういっかい地下室に逃げて態勢を立て直す?
そのとき、魔族小娘にえぐり取られたぼくの右目をレッターが手にしているのが分かった。とっさにその眼球を狙って撃った。あの大きさだと当たるかどうかは運しだい。
直後、まるで頭を剣かなにかで貫かれたみたいな感じがして倒れるかと思った。これまでで最悪の痛みだ。でもそう感じた直後に痛みから解放された。
「ハンクさん、なにを馬鹿なことをなさっているの?」
レッターがわずかに動揺しているようにみえた。眼孔の奥、傷そのものの痛みは残っているけど、違和感が消えている。
とにかく命中したみたいだ。それで思いつきの予想が当たった。これで痛みで揺さぶることはできなくなったはずだ。
さて、次は本格的に女主人レッターを倒す策を見つけなければいけない。
「ヘレン、地下室に戻ろう」
「え? どういうこと?」
「態勢を立て直したいんだ」
それで地下室への階段の途中まで降りると、レッターの攻撃がやんだ。そうだろう……ぼくとヘレンには逃げ場がないんだから、レッターからすればむやみやたらに攻撃なんかしなくても、ただ慎重になって待ち構えていれば、それでいいんだろう。
銃は残り三発、剣もある。それとヘレンが持っている弓もあった。
「ハンク、これからどうするの?」
「うん。いま考えている」
「地下室だと、よけいに逃げ場がないわ」
「わかってるよ」
そのときレッターの声がした。
「隠れて続けても無駄ですこと。いつまでも時間稼ぎをすることはできませんことよ」
ああもう、そんなことは言われなくても分かっている。挑発しているのだろうか?
でも地下室でレッターが暴れまわるようなことはしないような気もした。
どうしよう。そんなことを考えてもどうしようもない。ああ、どうすればいいんだ?
レッターの攻撃は段違いの強さだし、さっきはうまくいったけど、まともにレッター本人を狙って撃っても簡単にかわされるか、弾かれてしまうにちがいない。
ん? 弾かれる……跳ね返す? そうだ! これだ! 跳弾を使えば、もしかすると一撃を与えられるかもしれない。でも、それだけだとダメなような気もする……ただたんに跳弾だけじゃだめだ。もっとレッターを油断させるような、なにかべつの条件がいる。そしてそれはとっても危ない賭けになる……
ぼくはヘレンのことを見つめた。
「ヘレン、君の防御魔法で、この銃弾は跳ね返せるよね?」
「え? ええ、そうね……この銃、散弾なら跳ね返すことができるかもしれないけど、ハンク、なにか考えがあるの?」
「防御魔法のことだけに専念してくれる?」
「分かったわ」
「それから、最後までぼくのことを信じてくれる?」
「ハンク? 何を言っているの? いつだって信じているわ」
「それじゃあ、決着をつけにいこう」
銃を構えて、一歩ずつ階段を上がって、廊下に出る。やっぱり、少し離れたところでレッターが待ち構えている。なんだか余裕のある表情があるようにみえた。
それでぼくはヘレンよりも前に歩み出て、できるだけ胸を張って、堂々とレッターに向かい合った。
「レッター、戦いを終わらせるのに、ぼくなりの提案があるんだ」
「ハンクさん、いかがしましたの? 唐突ですこと」
ぼくは振り返ってヘレンに銃を向けた。
「っ? ハンク……どういうこと?」
ヘレンはあっけにとられたような顔をした。
ぼくは女主人レッターのほうを横目でみる。
「レッター、ぼくなりのやり方じゃダメかな? 包丁で首を落とすのより、こっちのほうが好きなんだ」
すると女主人は、ゆっくりとぼくのほうへ歩み寄ってきた。
お願いだ、ヘレン……頼むよ。
あと少し。
「よろしいでしょう。気が変わっ
言い終わる前に銃の引き金を引いた。
まるで目の前で散弾が爆発したみたいになった。だけど躊躇うことなくもう一方の銃を女主人に向けて撃った。
この賭け、ぼくの勝ちだ。不意を突いてやった! 女主人の表情は驚きで固まっている。銃弾は命中した。間合いを取らずに二発目を放つ。
それから銃を捨て、剣を抜いて切りかかった。
でも誤算だったのは、女主人は化け物じみた気力の持ち主だったということだ。
「なんで?!」
女主人レッターは剣を素手で受け止めた。
もちろん、ぼくの剣捌きはエッジ・ショットのものほど巧みな技ではなかったけど、渾身の一撃を振るったつもりだった。
剣は女主人レッターの手に食い込んでいて、血が滴っている。
でも銃弾は胸部と腹部に命中しているし、もはや勝敗は明らかだった。
「み、見事ね……」
彼女は絞り出すような声で、しかしどことなく勝ち誇ったようにも思える表情だ。
「ただし、これで終わったとは思わないことね、決して……そして、気をつけなさい」
それだけ言い残すと、女主人レッターはその場に倒れた。
じんわりと血の染みが床に広がっていく。
終わった……倒したんだ。
ぼくはつかのま、レッターの死体を呆然と見つめた。その顔は、まるで疲れ果てたところでようやく休息を手にした者ののような、そんな感じの表情にみえた。
「ハンク、」
ヘレンの声に振り返ってみると、ヘレンは目に涙を浮かべている。
「さっきは、ほんとうにごめんよ。女主人を油断させるのに、」
するとヘレンはとうとつに抱きついてきた。
「気にしてない。べつにいいの。これで終わりよね? 倒したのよね?」
「うん。そうだね」
「ハンク、ごめんさい」
「なにが?」
「あなたが、あんなこと言いながら銃を向けてきたとき、少しだけ疑った。あと少しでハンクのことを吹き飛ばすところだったの」
「べつにそんなこと、気にしなくていいよ。そのくらいじゃないと、あの女主人の隙をつけなかったと思うから。それに、ヘレンに怖い思いさせちゃって、ごめん」
「いいのよ。そうね……倒せたんだから、これでよかったのよね」
「とにかく出よう。こんな屋敷から出てしまおう」
もういちど女主人レッターの死体に目を向けると、その場に衣服と血の跡を残して、まるで床に吸い込まれるような、沈んでいくような感じで消えてしまった。
「え、どういうことなの?」
ヘレンは目の前のことに驚きの声をこぼした。
それでまた眼孔の奥に痛みが襲ってきた。同時にふわりとした浮遊感のようなものを感じて、目の前が真っ暗になった。




