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スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


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12/22

 ヘレンは手早く衣服を身に着けた。それから地下室のなかをゆっくりと見渡して言った。

「それで、ここはなんなの?」

「屋敷のなかにある地下室のひとつだよ」

「ここって、なんて言うのかしら、まるで……その、屠殺場みたい」

「たぶん、そういっていいと思うよ。もしもぼくが完全に屈していたら……」

「屈していたら?」

「いや、なんでもない」

「それよりも、ブリムくんとエッジくんは? 二人は無事なの?」

 ヘレンは分かっていなかったみたいだ。

 ぼくは深呼吸をして、小さく首を振った。

「残念だけど、」

「そんな……」

 ぼくは二人の死をしっかりと目にした。いいや、きっとあれは見せつけられたんだ。

 エッジ・ショットは頭を潰された。あれはどう見ても、苦しむ間もなく即死だったんだと思う。ブリム・ショットは胸を貫かれて、もしかすると心臓を取り出されたとかされているかもしれない。だとすれば、ぼくの眼のことなんかよりも、比べものにならないくらい苦しかったかもしれない。

「それと、さっきハンクの後ろに立っていたの、あの女主人よね?」

「うん」

「それなら、あとのほかの戦った相手二人はどうなったの?」

「魔族小娘は、ぼくが仕留めた。大男のほうは、エッジと相打ちの恰好になっていたのを見たよ」

「つまり残っているのは、わたしたち二人と、あの女主人だけということね」

「二対一なら、もしかしたら女主人レッターに一発でもお返しできるかな?」

 でもヘレンの表情は浮かばない感じだった。

「でもハンク、あなたの右目が……そんな状態だし、厳しい状況かもしれないわ。それに、あの女主人の魔法は強力よ」

「分かってる。でも、なにか手があるんじゃないかと思うんだ」

「それよりも地下室から出られないの? そしてすぐに逃げだせないかしら?」

「さっきみたけど、閉じ込められた感じだよ。どうしようか? 銃でも壊せないことはなさそうだけど」

「ということは、あの女主人が待ち構えている可能性もあるかもしれないわね」

「でもこの地下室を出たところの廊下、あの窓なら破って外へ出られるかも」

 そのとき、再び右の眼孔の奥に鋭い痛みが走った。

「痛い……」

「ハンク、大丈夫?」

 地下室の扉が開く音がして、声が聞こえた。

「契約をしておきながら、愚かなことを考えるのですね」

 あのレッターが姿を見せた。

「ハンク、契約って? どういうことなの?」

「うん……死か契約か、そんなふうに迫られたんだ。どうしても、この痛いのに耐えられなかったから」

 ヘレンはレッターに向かって怒りのこもった声をあげた。

「こんなやり方、まともな契約の仕方じゃないわ!」

「契約はどんなかたちであっても契約ですのよ」

 ぼくは痛みをこらえて、レッターに向き合った。

「いったん、保留にできないかな? 今なら二対一だし、もういっかい勝負はどうかな?」

「それはそれは、ほんとうに往生際が悪いようですね」

「ぼくは意外と、そういうところがあるんだ」

「ですが……それもまあ、よいでしょう」

 すると痛みが消えた。

「わたくしもまだ楽しませていただくことにしましょう。もう一度、お二人と勝負をして差し上げます」

「公平な勝負だといいけどな」

「フェアでないとおっしゃるなら、それはわたくしのほうではないのでしょうか?」

 これにはまいった。レッターはずいぶんと自信があるみたいだ。まあ、それも当然なのかもしれない。ぼくとヘレンにとっては、敵地のなかでの戦いなのだから。

 そこでレッターが、なにか布に包んで抱えるように持っているのに気がついた。あれは剣と弓?

「ハンクさん、お仲間がお持ちになっていらっしゃった剣と弓、それとお荷物も一度お返ししておきます。ご活用なさるのも結構でしょう」

 やっぱりエッジが使っていた剣と、ブリムの持っていた弓と矢だ。レッターはその場に荷物を置いた。

「このあとにすぐにでも、再戦ってことかな?」

「とんでもございませんこと」

 レッターは小さな笑みをみせた。

「お二方とも、ここで一晩お過ごしになって、お休みなさってくださいな。もちろん、戦いの準備をなさっても構いませんわ。わたくしのほうは休息を取ることにしますので」

 それだけ言うとレッターは、こちらがなにも言い返すまも聞き返すまもなく地下室を去った。

「よっぽど……レッターは自信があるみたいだ」

「もしかすると、戦うことを楽しんでいるのかもしれないわ。まるで冷酷な狩猟者(ハンター)みたい……」

「ぼくたちは獲物ってこと?」

「でも嫌よ、そんなこと」

 たしかに冗談じゃない。レッターがいくら強い魔法使いだとか魔女だったとしても、二対一で武器もある。勝機がゼロだとは、ぜったいに思わない。

「それにしても、」

 ヘレンは床に置かれた荷物に触れた。

「ブリムとエッジが使っていた弓と剣があるわ。これをわざわざ持ってきたっていうことは、あの女主人のほうも、わたしたちと勝負をやり直すつもりだったのかしら?」

「どうかな……」

 でもたしかに、そのつもりでもなければ、あんなふうにわざわざ持ってきたりはしないだろう。それにレッターはプライドが高そうにみえる。もしかすると、ヘレンが生き返ったことが気に入らなかったのかもしれない。もういっかい戦って……それでどうするつもりなんだろう?

「でもヘレン、手元の武器が増えるのはありがたいんじゃないかな?」

「そうね、そういうふうに考えるのがいいかもしれないわ」

「それで、剣と弓はどうしようかな」

「弓ならわたしが扱えるわ。それにハンクは、エッジくんから剣の使い方を習ったことあるでしょ?」

 そう言ってヘレンは剣手にしてぼくに渡してきた。

「でもぼくは、エッジの剣捌きにはかなわないよ」

「わたしだって、いっかい振り回すのでやっとよ。ハンクが持っておくほうがいいわ」

「分かった。ぼくが剣を持つよ」

 レッターが勝負のやり直しを考えているかどうかなんて、今さら気にしてもしょうがない。どっちにしても地下室には閉じ込められたままだ。でも今は時間がある。

 とにかく、戦う準備だけは万全になるように済ませておこう。

 暗い地下室で、疲れきった状態で、銃を手に取って火薬と弾をこめる。二丁の銃と四つの銃身、銀の弾丸(シルバーブレット)……いつもの慣れた作業のはずなのに、とても集中力がいる。

 それでヘレンのほうは、丹念に弓矢の一本一本に祈りを込めている。その横顔は、なんだかやつれていて、いつもとぜんぜん違う感じがする。

 いつもならすぐに済むようなことなのに、何倍も時間がかかったような気がする。

 休もう……あらゆる疲労感がどっと押し寄せてきたような気分だ。

「ヘレン、少し休もうか……」

「あのねハンク、わたしの考えすぎかもしれないけど、あの女主人はその隙を狙っているふうな気がするの」

「それって、ぼくたちが寝ているときに攻撃をしてくるかもってこと?」

「ありえないことじゃないと思うわ」

「でもそうなら、逆にぼくたちから不意打ちをかけることもできるよ。もしもそこまで考えるなら、レッターが不用意なことをするとも思えないかな」

「そうかしら? わたしは、そんなふうには思えないわ」

「でも……なんていうか、あのレッターは、冷酷だけど卑怯じゃないみたいな、そんなような気がするんだ」

 ヘレンはしばらく黙りこんだ。考え込んでいるみたいだった。

「そうね……ハンクがそこまで言うなら、あの女主人が卑怯じゃないことを祈るわ」

 そしてぼくとヘレンは寄り添うようにして壁にもたれかかって座り、休息をとることにした。

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