Ⅵ
しばらく黙ってお茶を飲む。
クリスティは窓辺に立ち、外へ視線を向けてる。
外へは出れない。
この屋敷の事情を詳しく知ってそうな過去の住人は、自ら命を絶っていたのだという。俺もだが、クリスティもこの厄介ごとに巻き込まれた一人ってわけか?
クソ……どうすりゃいいってんだ?
クリスティが歩み寄ってきた。
「ところでカルバン」
「なんだ?」
「屋敷のなかを歩き回ろうとしていたみたいだけど、書斎は覗いてみたのかしら?」
「ああ、少しだけな」
「置いてある本は手に取ってみた?」
「いや、そこまでしてないぞ。こうみえても、多少の遠慮ということは知ってるからな」
「じゃあ、ちょっと待っていて」
クリスティはその場を後にして、しばらくすると一冊の本を手にして戻ってきた。
「そりゃなんだ?」
「日記帳よ」
「君は日記を書いてるのか?」
「いいえ。これはたぶん、前の住人が持っていたものよ」
「ということは、この屋敷について書いてあったりするのか?」
「そうね。いろいろと」
俺は受け取ってページをひらいた。
荒っぽい文字で書いてある。まあ読むのに苦労するほどじゃないか。とりあえず、ざっと目を通す。別に毎日書いてたという感じでもないな。
日記の最後には
“私は耐え続けることに疲れた。もう終わりにしたいと思う”
と書かれてる。
なるほど、遺書とするには相応しいような最期の言葉だ。
日記の主の名前は分からんが、どうやら三人組の冒険者パーティか何かだったらしい。それで、人を喰う魔物が潜むと噂される森の屋敷へ、討伐の依頼を受けて訪れることになったのがきっかけらしい。
“屋敷に住んでいたのは人間の若い女が一人だけだった。いや、私たちを惑わすために、魔物が若い女の姿をしていただけなのかもしれない。いずれにしても倒すのは簡単な仕事だった。”
“屋敷から出られないということがあってもいいのか? 玄関扉を開けた先は奇妙な黒い壁で塞がれ、窓から出ることもできない。とにかく屋敷で一晩過ごすことになってしまった。また明日も隅々まで調べるつもりだ”
“書斎らしい部屋の本を見たが、あまり役に立ちそうにない。だが全部に目を通すのはまだ時間がかかりそうだ。それと地下室で酷いものを見つけた。まるで汚い肉屋の作業場のようなところだ。”
日記には三人組がどんなことになったかも書いてある。
“この屋敷に、ほんとうに魔物など住んでいたのか疑問に思う。この屋敷そのものが呪われているに違いない。もう何日過ごしたか、あまり分からなくなった”
“私はまだ死にたくなかった。だから二人とも殺した。この手で殺してしまった。そうしなければ私が殺されていたに違いない。許してくれ。”
“ここでは人の肉を食わなければ、生きていくことは難しい。まともな食料が他にどこにあるというのだ?”
途中にはひどく乱れた字になって、書いた本人じゃなければ分からんような箇所もある。
まあ、有益な情報があるかと言われると、そりゃ微妙なところだ。
俺は本を閉じた。ため息が出る。
「読んだ感想はいかがかしら? 屋敷のことが多少は分かったんじゃないかしら?」
「そうだな。酷い日記だこりゃ」
「そう……」
「ああそうだ、日記にも書いてあるが、地下室なんてものもあるのか?」
「そうよ。せっかくだから今見せてしまいましょ」
それで彼女は棚からランプを取りだして明かりをともした。
地下室か……俺は思わず警戒した。散々と油断させた挙句の果て、殺されるんじゃないかと。いや待て、もしもそうなら、お茶に毒でも入れた筈だろう……まあいい、この際だ。疑うことはやめだ。
「あなたとの付き合いは、なんだか長くなりそうだから、いろいろと教えておいた方がいいわよね?」
「まあ、ともかく案内してもらうか」
そうして俺はクリスティの後に続いて行くことにした。
小さい厨房を出てすぐ近くの扉を開けた。
「地下室は二つあるんだけど、まずはこっちからね」
階段を降りた先は、日記に書いてあった肉屋みたいな地下室……ではない。棚がいくつも並んでいる。物置部屋って感じのところだ。
そこには衣服や靴、カバン、雑多な小物からちょっとした道具や工具だとか、剣といった武器まで、たいてい人が出かけるときに身につけるような代物や荷物となるようなものが多く置かれていた。
「ここは、なんて言ったらいいかしら。過去の住人、それと……犠牲者たちの遺品とでも言うのかしら? でもまあ、いろいろと置いてあるわ」
「ふむ……結構なことだな」
思いもしなかった。いったいどんだけの人数が、この屋敷で過ごしたってんだ? とても数十人といった感じじゃない印象だ。まさか何百人もこの屋敷に迷い込んだわけじゃあるまい。
「クリスティ、こりゃいつからだ」
「私がここに来たときから、こうしてたくさん置いてあったわ」
この屋敷は歴史が長いとでもいうのか? だとすれば、なおさら噂話とかが広がっていてもいいはずだ。いや、考えすぎか? よく分からん。
そんな雑多な物の中、置かれていた剣の一つが目についた。
「これは、」
俺は思わず手に取ってみた。
「その剣がどうかしたの?」
「こいつはレイピアというやつだ」
「なにか特別なもの?」
「いや、まあ一般には、決闘に使うことが多い剣だ」
「決闘?」
「本格的な戦闘用じゃないと言っても、切れ味だって上等だ。人の手足くらいなら切り落とせる。まあ、ちゃんと手入れをしてればの話だがな」
ざっと刀身の状態を確かめる。見た目ほど状態は悪くない。一度きちんと研ぎ直すのがいいだろうが。
それと一つ考えが浮かんだ。
「俺が無くした剣の代わりに、こいつを貰ってもいいか?」
「お好きどうぞ。ここにあるもの全部、もともと他人の持ち物だもの」
「それじゃあ、有難く頂くとするか」
クリスティは剣を手にした俺に対し、まったくの無警戒といった感じだ。
「クリスティ、怖くないのか?」
「どうしたの急に?」
「俺は今、剣を手にしている。この場で君を斬ろうと思えばすぐできる」
「でも、そんなことしないでしょ?」
薄暗い地下室で、俺を見つめる彼女の目は、なんというか純真な感じがした。
「やだカルバンって、もしかして、まだ私があなたのことを殺そうとしているとか、そういうことを考えているの?」
「そうだな。やはり、他人を信用しない時期が少々長かったらしいもんでね」
「それならもう一つの地下室も、はやく見せてしまうことにするわ。たぶん驚くわよ」
よくよく思えば、クリスティは平気で俺に背中を見せる。やはり疑い過ぎなのかもしれん。
そしてもう一方の地下室は、玄関を通り過ぎて屋敷の裏手側に面する廊下にその出入口があった。
そこは一歩階段を下っただけで、独特な臭いが鼻を突いた。こりゃあ……血肉の類だな。それだけで、どんな場所か想像できる。
日記にもあった汚い肉屋というわけだ。
それにクリスティの表情も険しくなっている。
「やっぱりここって、何度入っても慣れない場所なのよね」
「臭いのせいか?」
「それもあるんだけど、なんとなく空気感が落ち着かないっていうのかしら……」
「嫌な感じというところか」
「そうね」
「それで、ようはここで、死体を解体してるってわけか」
「そう……それに保管もできる場所なのよ」
クリスティが明かりで照らすと、そこには天井の梁から小さな肉塊がいくつかぶら下げてあった。
「そこにあるのが……」
「言ったでしょ? 家畜の肉なんかじゃないわよ」
「つまりは、これらが……」
あまりに異様な光景に、なにか深く考えることもできない。それに見ていたら気分が悪くなった。
「まあ、分かった。もう十分だ」
「そうね、はやく上に戻りましょ。私もここで長居は嫌なの」
クリスティは出口に向かい、階段を足早に進んだ。俺もそれに続いた。
それで廊下へ出ると彼女は訊いてきた。
「カルバン、どうだったかしら?」
「そうだな……酷い見学ツアーだった。だがまあ、君の誠意ってもんは十分伝わったような気がする」
「そう、それなら良かったわ」




