表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/22

 女主人レッターは、どことなく上機嫌そうな雰囲気を漂わせているみたいにみえる。

「ところできちんとした自己紹介をしていただいていませんけど、あなたはハンクさんでよろしかったでしょうか?」

 なぜ? どうしてぼくの名前を知っているんだろうか? こっちの心が読めるのだろうか? いや、もしかしたら屋敷に入ったときの会話を、全部聞かれていただけなのかもしれない。

「いかがでしょう?」

「そうだよ、ぼくはハンク……ハンク・ステットソンというんだ」

「あらためまして、わたくしはレッターです。どうぞよろしくお願いしますわ」

 いったいなにが、よろしくお願いしますわ、なんだ。ぼくにもっと戦える力があれば……

 だが女主人レッターは、こちらの心中などまるで気にしていないみたいに微笑んでみせた。

「まあハンクさん、そんなに怖い顔をなさらなくてもよいのではないでしょうか?」

「そんなふうに言われてもね……」

 ついさっきまで命を賭けて戦っていたというのに、急ににこやかになれると思っているのだろうか? とすれば、このレッターとかいう女主人はどうかしている。

 ぼくは黙って、お茶の続きをゆっくりと飲むしかなかった。

 レッターもぼくのほうを見つめながらお茶を飲んでいるけど、なにか考えごとをしているようにも思えた。

 それで時間をかけて、ぼくがお茶を飲み終えると、レッターは言った。

「ともかく、夕暮れが来る前に屋敷の中をご案内して差し上げましょう」

 これまでその目は、ぞっとするほど冷たい感じがしていたのに、なぜかほんのわずかに柔らかな印象が一瞬みえたような気がした。

「ところで、ぼくを生かすことに葛藤みたいなものはないのかな? それともそんな顔をして慈悲なんてものを持ち合わせているの?」

 ぼくは思い切って訊いてみた。もう失うものはものはないから、こうなれば相手を逆なでするようなことだって言ってやる。

「どうでしょうね……」

 つかの間、女主人レッターは沈黙した。

「あなたたちは、わたくしの大切な仲間を打ち負かしてしまいました。そしてここでは、ただ一人で過ごすのには、屋敷は広すぎるというものです」

「つまりけっきょくは、新しい手下が欲しいだけってことなのかな?」

「物分かりが良いことですわ。もちろんこき使ってあげますから、覚悟しておくのが良いでしょう。あなたを苦しめることは造作もないことですから」

 苦しめることは造作もない……なんだか嫌なセリフ。


***

 

 レッターは少し足早に、それでいて淡々と屋敷のなかを説明しながら進んだ。なんだかその姿は、まるでこの場所に愛着なんていうものは無いみたいな、そんなふうな感じがしているようにも思えた。

 それで二階には書斎が一部屋、寝室が三つ、それと空き部屋が一つ、一階は暖炉のある広間と客間らしい部屋が二つ、あとは厨房と小さな浴場、それにトイレもあった。

 屋敷の中をみてまわっていると、なにか違和感があった。なにかが変だ。なんだが、屋敷の外見を見たときの印象よりも、内部が広すぎるような感じがする。でも確証はない。

 二階と一階をみて、それでもまだあるみたいだった。

「最後に地下室をお見せしましょう」

 それで向かった地下室には、棚がたくさん並んでいて、いろいろと物品が収められていた。

 雑多な衣類がたたんで置いてある。ほかに靴や鞄、それから剣といったような武器とか……いろいろと。

 この状況なら、これがどういうことか、かんたんに想像できる。いわば戦利品だ。ここに置いてあるものは、屋敷での犠牲者たちの遺物に違いない。

「これで、屋敷の見学ツアーは終わりかな?」

「いいえ。地下室はもう一つあります。最後は覚悟していただく必要がありますから、よろしいですね?」

 さすがのぼくだって、薄々勘づいていることがある。忘れちゃいけないことがある。大事なことを忘れちゃいけない。だって玄関ホールには、まだ血の汚れだって残っていた!

 そして案内された最後の場所。その地下室は入る前から、なにか嫌な感じがした。

 扉の先、薄暗い空間に入った瞬間に、鼻につく匂いを感じた。金気臭い感じ。知っている。これは……血の匂い。なにか腐敗した肉のような匂いも混ざっているような気がした。でもそれは一瞬だけのことだった。

 まるで肉屋みたいに、大小さまざまな骨のついてる肉の塊が天井の梁からぶら下げられていた。

 だが、この屋敷の周辺で牛や豚、あるいは山羊や羊といった家畜がいるような気配はなかった。旅商人から買ったものでもないはずだ。 

 ……見ていると、なんだか気分が悪くなった。

 この肉がなんであるか、ここまでの状況からそんなに考えなくても分かるはずだ。

 そしてレッターの持っている明かりで照らされた先、大きな作業台の上にヘレンが横たわっていた。しかも裸にされた状態で。

 完璧な答え合わせだ。

 女主人レッターは、まだなにも話そうとしない。だまって前を向いているだけだ。

 ここで死体を解体しているのは明らかだ。もしかすると……この屋敷では人の肉を喰っているのかもしれない。

「では、はじめましょう。」

 レッターは静かに言って、壁に掛けてある大きな肉切り包丁をぼくに示した。

「屋敷での、あなたの最初の仕事です。この女の首を落としなさい」

「ぼくに、そんな仕事をよく頼めるものだね」

「他に選択肢はありませんことよ。これはある種の、儀式のようなものと思っていただくのがよいでしょう。ここにあるのはただの死体。人のかたちをしただけの肉塊と思えばよいのですよ。そして過去との関係を自ら断ち切るというだけのことでしょう」

 レッターは包丁を手にして、ぼくの前に差し出してきた。

 ぼくは、すぐには受け取ることなんてできない。

 横たわっているヘレンは、ただ眠っているだけのように思えた。首にはうっすらと痣があった。

 でも彼女が、ただの死体だなんて思えない。

 ただの肉塊だと思えばいい、だって? ふざけた冗談より悪趣味な表現の仕方だ。

 すると女主人レッターは、ぼくの手に無理やり包丁を握らせてきた。

 重い、おおきな肉切り包丁だ……もしかすると、ぼくの使っている銃よりも重い。いいや、そんなことはないはずだ。でもそんなふうに思えた。

「しっかりと、お持ちなさい。なにをためらっているのです?」

 できない……

 もう息をしていないからって、それでもヘレンの身体に刃物を当てるなんて、ぼくにはできない! ましてや首を斬れなんて!

「そんなに、ぼくのことを急かさなくても、いいんじゃないかな? 時間はたっぷりあると思うけど」

「それならば、あなたがやりたいように進めなさい」

 女主人レッターは身を引いて、ぼくから離れた。でもしっかりと、斜め後ろから鋭い視線を向けている。

 構うもんか。ぼくは持たされた包丁をわきに置いた。

 それから、ヘレンの腕にそっと触れる。なにか直感的なものがぼくに伝わってきたような気がした。かすかに、ほんの少しだけ温もりを感じた。

 ただの死体じゃない。息をしているようには見えないけど、でも、まだ死んでないように思える。なにかある。

 でも考えたところで、何も思いつかない。ヘレンがなにか最期に仕掛けを残していたとしても、ぼくは魔法についての知識は乏しい。能力といえば、敵や獲物に向けて銃を撃つことくらいだ。だが、その銃も今は手元にない。狙いをつけるのに使っていた右目も!

 女主人と一対一。でもぼく一人で抵抗しても、たぶん勝ち目はない。

 怒りのような、悲しみのような、やるせなさと、いろいろな感情が身体と頭にまとわりつくような感じがした。

 どうすればいいんだ? なにができるんだ? なにもかも投げ捨ててしまいたい。

 いっそのこと、彼女に別れの口づけをして、この包丁を使ってぼくも死を選べばいいんじゃないのかな? これだ! こういう逃げ方もありだ。ぼくは失いたくないものを失ってしまった。

 ヘレンの唇に、そっと口づけをしてから、深呼吸をして覚悟を決めた。

 包丁を手にして、自分の首に当てようとした瞬間、ヘレンの目がひらいた。

「え?」

 そして彼女はハッと息をして、勢いよく上半身を起こした。

「あ、ハンク? ここ、どこなの? ハンク? って! なんでわたし裸なの!」

 ぼくはとっさに振り返った。

 でも近くに立っていたはずの女主人レッターはいなかった。あっさりとこっちの考えを読まれてしまった。

 包丁を振りかざそうとして、あたりをきょろきょろするなんて、なんて間抜けな格好なんだ! 

 でも、武器になりそうなものはこれしかない。

 いっぽうで女主人は、この場で戦うことを避けたらしい。いつのまにか出入口の階段の上にいて、こちらを一瞥してから地下室を出て扉を閉めた。

 慌てて追いかけたけど、やっぱり無駄だった。扉はしっかりと閉じられていて、地下室に閉じ込められた格好になった。不用意な戦いをしないという合理的な判断かもしれない。

「ねえちょっと! ハンクってば!」

 ヘレンの困惑した声がして、ぼくは階段を飛び降りるようにしてすぐに戻った。

「ごめんよ、大丈夫?」

「いったい……なにがどうなっているのよ、まったく!」

 ヘレンは台の横でうずくまっていた。

 ぼくはとりあえず上着を脱いでヘレンの肩にかけた。

「とりあえずこれしかないや、ごめん。あとで服を探さないと」

「ありがとう」

「それと、王子様の口づけじゃなくて残念だったかな?」

「いきなりなんの話?」

「えーと、君にキスしたんだ。そしたら目を覚ました。というか生き返った」

「それなら……たぶん、まやか死の魔法(メンダシウムモルス)のおかげね」

「え? 仮死魔法?」

「あの女主人に首を絞められたとき、とっさに思い浮かんだの。他にも手はあったのかもしれないけど」

「賭けは君の勝ちだったわけだ。ぼくでなければ今頃、君の首は身体とさようならしていたかもしれない。そしてぼくも……」

「別に、接吻だけが仮死を解く条件っていうわけじゃないの。でも、そうね、上手くいったんだからもういいわ」

「まあ、ロマンティックでもなかったもんね」

「そんなことよりも、ハンク、その目……」

「ああ、これね。ちょっと油断しただけ」

「酷いわ。まるで穴が空いているみたい」

「眼帯も用意しないといけないかな?」

「ちょっと見せて、頭を貸して」

 ヘレンの手がぼくの顔に触れた。そして「ミノル テネリタス」と呟いた。

 するとなんだか、少しだけ痛みが楽になったような気がした。

「どうかしら? 落ち着いた?」

「うん、多少ね。おまじないかなにか?」

「そうね、ちょっとしたおまじないよ」

 それから壁際にある机の上に置いてあるものが目に付いた。

 近づいて手にとって確かめると、ヘレンの衣服と持ち物ものだった。

「ヘレン、君の服と荷物がここにあるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ