婚約パーティーで婚約破棄を
今日は、私の16年の人生最大の晴れの舞台だ。
精一杯魅力的に見えるようにドレスアップして、美丈夫な貴公子のシリル様に寄り添って立つ。どれほどこの日を夢見てきたことか。
私、侯爵令嬢サフィラは、一年間の努力が実り、王太子シリル様の婚約者に選ばれた。
そして今日は大広間を埋め尽くす沢山の貴族に祝福されて、私とシリル様の婚約発表パーティーが開かれている。
シリル様にエスコートされて人の波の間を渡り歩き、笑顔で挨拶を受ける。既知の方や初めてお会いする方たちに祝福され、笑顔でお礼を言う。
さすがに笑顔が引き攣りそうになった頃、シリル様が会場の片隅にいた親しい方たちに向かってくれた。この一年、毎日のようにお会いした方たち。
「ようこそ、皆さま」
「シリル殿下、サフィラ様!」
マリーローズ伯爵令嬢が微笑んで迎えてくれる。
「本日はおめでとうございます」
フランソワーズ伯爵令嬢が寿いでくれる。
「とてもお綺麗ですわ、サフィラ様」
シャノン子爵令嬢が……、笑っている。シリル様と婚約できなくて、きっと傷ついているのに……。
三人の後ろには、王太子妃教育で一年間お世話になった教授たち。
歴史学のグレン教授は、長年の発掘作業で腰を痛めて、今日も助手兼荷物持ちの息子さんと一緒だ。文学のレスター教授は今日もスタイリッシュ。地学のアンドロ教授に、服飾学のライファ教授に、ちっちゃな可愛いおばあちゃまはマナーのピア先生。その他にも皆、この国を代表する識者だ。
私たち四人の王太子妃候補は、一年間この教授たちからみっちりと学んだ。
この国の王太子妃は、変わった形で選ばれる。
王太子が17歳になった時に、自薦他薦の女性が王太子妃候補となって一年間教育を受けるのだ。候補となる女性に身分や年齢などの制限は無い。誰でも立候補して王太子妃の教育を受ける事ができる。
そして一年後、候補たちの成績や立ち居振る舞い、教師たちの見解、王太子の意見を聞いて婚約者が選ばれるのだ。
これは、三代前の王太子が、内定していた婚約者がありながら平民の娘と「真実の愛」に目覚めた事で始まったそうだ。
恋に落ちた王太子に困った王家は、
「国中から王太子妃候補を募集する。身分を問わず、自薦でも他薦でもかまわない。候補となった者には王家が一年間王太子妃に相応しい教育を与えよう。その中から王太子妃を選ぶ」
と候補者を公募した。
平等に一年間の教育を受けた者の中から真実の愛の相手が王太子妃に選ばれたのならば、国の誰からも文句を言われないだろう、と言われれば王太子も反対できなかった。
誰にでも王太子妃になるチャンスがある!と、真実の愛の娘だけではなく、器量自慢の平民の娘が殺到したそうだ。
だが、一年間の教育の結果、高度すぎて広範囲すぎる授業内容と厳しいマナーの講座に平民は全て落伍して、残っていたのは元々婚約者になるはずの女性をはじめとした数名の貴族の令嬢だけ。そりゃあ、幼い頃からあらゆる分野の勉強をして教養を身につけた令嬢たちですら更に高度な内容と思う授業に、平民が付いていけるはずが無い。
王太子は、真実の愛の相手が平民と比べてすらあまりにも物を知らず、礼儀もなってない事に失望した。
真実の愛の相手は、難しい勉強に大変な思いをしている自分を王太子が全然甘やかしてくれない事にがっかりした。
早々に見切りをつけて逃げ出したそうだ。
その頃には王太子の目も覚めていた。
王太子は、婚約者に内定していた令嬢の素晴らしさを実感し、彼女に謝罪して求婚した。
他の候補の令嬢たちも「王太子妃候補の教育をクリアした才女」と良縁が殺到したらしい。
王太子は、自分が国王になった時、自分の息子である王太子が17歳になった時に王太子妃候補を公募するという制度を作った。もし好きな女性がいても、そこで客観的に見られるように。その女性が平均以上の成績をとれば、皆に公認されて堂々と婚約者となれる。
先代国王も、現国王も、王太子妃教育を受けた候補者から選ばれた女性と結ばれた。
もっとも、「公募」なんて言っても誰も負け戦に応募なんてしないので、必然的に候補に選ばれるのは王太子と身分や年齢が釣り合う者で、落伍しそうにない教養を持ち、派閥などを考慮して選ばれた者だ。
今回は、王太子の二歳年下の侯爵令嬢の私と、王太子と同じ歳の伯爵令嬢のローズマリー様、三歳年下の伯爵令嬢のフランソワーズ様の三人が争う事になるだろうと誰もが思っていた。
しかし、実際に候補に選ばれてみると、ローズマリー様には思い人がいて
「候補になったのは、自分に『元王太子妃候補』って箔をつけて彼と婚約したかったの」
と、王太子など目に入っていない。
フランソワーズ様は、お母様が国王陛下の妹君で王太子とは従姉妹になる。
「あんまり血が近いのも……って、我が家ではあまり歓迎していないのよ。私も、『親戚のお兄さん』としか思えないし」
となると、必然的に選ばれるのは私だ。
どうしよう、嬉しい。
二歳年上のシリル様は、お転婆だった私と違って幼い頃から紳士的で、こっそり憧れていたのだ。
これから一年間頑張れば、私がシリル様の妃に選ばれる……! そして、シリル様とハッピーラブラブウェディング……!!
と、思っていたらシャノン様が自薦で応募したと知って「誰?」となった。
「本当にサフィラ様の聡明なこと! サフィラ様以上に王太子妃にふさわしい方はいらっしゃいませんわ。私も家庭教師に『とても優秀』と言われてちょっと自信をもっていたのに、この一年は自分の未熟さを実感するばかりでした」
と、シャノン様が恥じらう。
どこが未熟よ。ハッピーラブラブウェディングのためにあなたに上に行かれないよう、この一年私がどれほど必死に勉強したか。
シャノン様は、思わぬ伏兵だった。
フランソワーズ様と同じ歳のシャノン様はあらゆる学問を苦も無く習得し、むしろ積極的に掘り下げていく。社交をあまりしていなかったので、ダンスやマナーに弱いのが救いだった。
私が内心を隠して微笑んでいると、シャノン様はシリル様にもお祝いを言う。
選ばれなくて辛くないのだろうか……と心配している私と対照的に上機嫌だ。
「本当に、シリル殿下には感謝しています。こんな一流の教師陣の講義を無料で!受けられるなんて」
ん? 「!」を付ける場所がおかしくない?
「地学のアンドロ教授の、高低差を計算して貯水池の貯水量を決めるべきという説を知って、父は慌てて新しい貯水池の設計の見直しを検討しましたわ。服飾学のライファ教授が教えてくださった、先だっての戦で絶えたイルーナ織は、畑を失った人たちの新たな生きがいになっています」
まだまだ売り物にはならないレベルですが、と笑うシャノン様に
「研究が実生活で役立つのは、学者冥利に尽きます」
と、教授たちも笑顔だ。
「こんな貴重な知識を無料で!教えていただけるなんて……!」
……そうだわ、確かシャノン様の子爵領は二、三年前に大きな水害があった。
え? それでシャノン様は無料で学べる王太子妃候補になったの? 「無料」だから? シリル様はどこ行った?
だ、だって、きっと身分の低い子爵家令嬢のシャノン様がシリル様をお慕いして、一発逆転を狙って立候補したのだと思うじゃない。定期的にあるシリル様と候補者とのお茶会でも、シャノン様の時はいつも予定時間をオーバーするって聞いたのに。
するとシリル様がシャノン様に話しかけた。
「そうだ。シャノン嬢の『優秀な子女を無料で王立学園に入学させる』という提案が貴族議会で認可されたよ。来年度から施行予定だ」
「やった! これで下の弟も王立学園に通えます!」
盛り上がってる。
「議会では色々突っ込まれたけど、シャノン嬢とお茶会のたびに法律や予算捻出について針の穴ほども越度を作らぬように一年間検討してきたからね、楽勝だったよ」
「これも、王太子妃候補が無料で学べるのと同じようにお金の無い子供に王立学園に通えるチャンスを、と言った私にシリル殿下が耳を傾けてくださったからです!」
「いや、優秀でも学費が無ければ入学できないのは盲点だったよ。貴族は見栄の生き物だから、『経済的に無理』とは言わないから」
「ふふっ、うちは自他共に認める貧乏子爵家ですから」
シリル様とシャノン様がお茶会の時間をオーバーして話してた事って、これ……?
私なんて、お茶会でした事と言えば、シリル様がお疲れのようなので香りの良いお茶を用意したり、シリル様に甘すぎないお菓子を探したり……。
シャノン様が領民や家族の事を考えて王太子妃教育を受けていたのに、私って自分が楽しい事ばかり。
「レスター教授、私の弟は文学好きで教授のファンなんです。『古代詩の解釈が詩よりも詩的だ』だそうですわ」
「それは光栄だな。入学が楽しみだ」
「シャノン嬢の弟君は数学は好きかね?」
「シャノン嬢の弟なら、歴史学は得意なのだろう?」
シャノン様と皆が和気あいあいとしているのを見てたら、ポロっと言葉が零れた。
「私、婚約破棄します」
「大変! シリル殿下が死んだ目に!」
「だから紳士ぶってカッコつけてないでちゃんと告白しなさいってあれほど!」
周りが騒がしいわね。人が重大決心してるところなのに。
おずおずとシャノン様が
「なぜ婚約を破棄するのですか……?」
と聞いてきたので、
「私はシリル様にふさわしくないわ。シャノン様の方がずっとふさわしくてよ」
と、きっぱり言った。言ってしまった!
きょとんとしていたシャノン様だが
「……これは、マリッジブルーですわ! 姉もなりました!」
と結論付ける。いや、そうじゃなくて。
「ああ、サフィラ様は責任感がお強いから、このパーティーで王太子妃の重責を自覚なさったのね」
「いえ、王太子がヘタレなのに気づいたのかも」
と皆が納得する。
三人して暖かい目で見ないでよ! 私は本気よ!
「あの、サフィラ様が婚約なさらないなら、シリル様は結婚相手がいなくなりますけど、よろしいのですか?」
「……いない?」
何でよ。あなたが婚約すればいいでしょう。
「マリーローズ様もフランソワーズ様ももう他に良いご縁があったようですし、私はグレン教授と発掘に行きますから」
え?
「発掘!?」
「はい!」
グレン教授も助手の息子さんも頷いてる。
「な、何故……? シャノン様にも良い縁談が来たでしょう?」
「来ましたけど、うちは貧乏子爵家なもので持参金も嫁入り道具も用意できないんです。姉の分がやっとで」
結婚する気が無い王太子妃候補ってのも失礼ですよね、と笑うシャノン様。
「だったら、好きな歴史学の道に進もうとグレン教授にお願いしたんです」
超展開に言葉が出ない。
「あ、でも結婚を諦めたんじゃなくて、持参金無しでいいって言う人なら相手が平民でも結婚していいって親の言質を取ってます!」
平民!?、って、私より、シャノン様の後ろでグレン教授の息子さんが驚いてますけど?
これって……と、ローズマリー様とフランソワーズ様に目配せすると、うんうんという反応。
お二人とも気づいてらしたのね。私ったら鈍いわ。
「でも、貴族籍を抜いて平民になったら、もう皆さんと気軽にお会いできなくなりますよね。サフィラ様なんて王族になられるので、二度と会えないかも……。それが残念です」
「そんなことないわ!」
しょんぼりするシャノン様に、反射的に言ってしまった。
「わ、私たちの息子が17歳になった時、シャノン様が王太子妃候補教育の歴史学の教授になっているかもしれませんわ」
「……素敵! ローズマリー様やフランソワーズ様の御令嬢が候補になっていたりして!」
「きっとそこでも友情が生まれるのですわ」
「友情…」と頬を赤らめるシャノン様にほのぼのする。
「私たちの息子!?」
「あ、殿下が復活した」
「ほっときましょう」
とかなんとか騒いでたのは気にしない。
ハッピーラブラブウェディングはこれからだ!




