金持ち父さんの復活と対峙
配信は続く。視聴者カウンタは天井を突き破り、コメントはもはや読めない速さで流れていた。
司会はスタジオの安全確認を続け、警備は裂けた壁の向こうに簡易バリケードを立てた。虎たちは席に戻り、卓上のパネルを整え、あくまで「番組」の枠へ舵を戻す。
「志願者、続行可能か?」ベンチャー社長。
「できます」みみずくは短く答え、卓へ一礼した。「今の配信で、スポンサーへの提案が一つ増えました。“危機をコンテンツに変える現場力”。『どんな現場でも一時間で一本出す』をブランドにする。音響メーカーには“災害時のクリア音声”で実証を、飲料は“長時間滞在でも体験が鈍らない”を同時に検証する」
「危機の商用化はセンシティブだ」虎九が釘を刺す。「倫理の枠を設けろ。人を傷つけない、煽らない、嘘をつかない。そこを外せば、文化は生まれない」
「遵守します。利用規約は公開。罰則は明確。違反は即停止。配信アーカイブにもモデレーションを入れる」
キャンパスラボがうなずく。「それなら学生も安心。保護者層にも説明が通る」
「数字に戻るぞ」虎七。「さっき上がった投資総額一千九百のうち、どこを削れる?」
「内装は“可変”で削ります。固定什器を減らし、イベントに合わせて組み替え。壁面は防音パネルを可動に。オープン直後は八割程度の仕上げに抑え、キャッシュが回ったら増築する」
「いいじゃないか」飲食社長。「厨房も同じ思想でいける。メニューを絞り、初期は加熱工程を少なく。客単価は落ちるが、回転は上がる。結果として一日の総売上は守れる」
「会員二百に到達するまで、イベントは“身内”に寄せるな」ベンチャー社長。「外部ゲストは月二回まで。まず店の文法を定着させろ。ゲストに頼る店は、ゲストがいなくなった瞬間に終わる」
「了解です」みみずくは一礼した。「“文法”をつくるのは空間のルーティンです。来店→撮る→編集→出す→褒め合う→また来る。これを三十分のパッケージにします。初めて来た人も“流れに乗れる”。スタッフは“促し”に集中する」
卓の上に、見えない何かが整っていく感触。
そのとき、金持ち父さんが再び口を開いた。
「――よく喋るようになったな」
彼はもう、壁を割って入ってきた時の“敵”ではなかった。輪郭の縁はまだ燐光を帯びているが、眼窩の輝きは柔らいでいる。金粉は舞っていない。
「俺はずっと降らせてきた。金を。欲望を。拍手を。だが、お前は“間”を降らせる。沈黙を置き、そこで人を動かす。……それは、俺にはできなかった」
みみずくは、ほんの少しだけ笑った。「あなたが降らせた金の上に、僕らの言葉は積まれる。否定はしません。必要だったんです」
「なら、俺を使え」金持ち父さんは、あっさりと言った。「敵役のままでもいい。スポンサーの一社としてでもいい。俺の“金の粉”を、たまに降らせろ。人はたまに目を奪われる“きらめき”を欲しがる。常用は毒だが、たまの刺激は効く」
司会のペンが止まる。虎たちが顔を見合わせる。
キャンパスラボが笑う。「じゃあ“金の粉ナイト”を月一で! 入場規約は厳しめにして、撮影の注意を徹底。映えるけど安全、が鍵っす」
「条件だ」虎九が静かに言う。「金は、言葉に従え。派手さは、文法に従え。店の美学に合わぬ演出は、一切排す」
金持ち父さんは短く頷いた。「従おう」
番組の空気が、ふたたび「交渉」に戻る。
虎七がパネルを押し、ベンチャー社長が条件を重ね、飲食社長が原価の欄に細かな数字を書き足す。IT社長はスポンサー覚書のひな形を開き、キャンパスラボは“初回コラボ企画”のフォーマット案をメモアプリに打ち込んでいく。
司会が深呼吸を一つ。「では、最終確認に入ります――」
その瞬間、照明がまた揺れた。天井の梁がきしむ。音響が一瞬落ち、観客のざわめきが増幅されて返ってくる。
今度は、スタジオそのものが傾き始めたのだ。