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沈黙と崩壊のはざまで

 スタジオの白壁が裂け、粉じんが霧のように漂う。その隙間から、金色の粉が雪のように舞い込んだ。観覧席から悲鳴。虎たちの椅子が一斉に後ろへ引かれ、警備スタッフが走る。


「フハハハ……俺を忘れたか?」


 金の粉を纏った巨大な影が裂け目の向こうに立っていた。顔の輪郭は煙のように揺れ、眼窩だけが燐光を帯びる。

 かつて何度も爆散し、何度も蘇った“敵”――金持ち父さんが、再び現れたのだ。


「投資だの、プレゼンだの、薄っぺらい。金は降らせるもので、頼むものじゃない」


 粉が舞うたびに、照明が金色に濁る。司会の叫びはノイズに飲まれ、音声は断続的に歪んだ。虎七が前へ出ようとするのを警備が止める。飲食社長は観客の避難を指示し、IT社長はスタッフと機材の電源を守っていた。


 みみずくは――動かない。

 仁王立ちの姿勢のまま、敵をまっすぐに見据える。

 沈黙が戻る。だが今度の沈黙は、会場の誰もが共有できる恐怖の空白だ。


「お前が売る“間”など、俺の金の粉で埋め尽くしてやる」

 金持ち父さんが腕を払うと、金粉が流星の群れのように空間を流れた。机も椅子も、虎の卓も、均一な金色の膜で覆われていく。


 キャンパスラボの二人が、ホログラムのフレーム越しに叫ぶ。「志願者さん! 配信を使いましょう! 敵を“企画”に変えるんです。怖さは笑いに、混乱は学びに!」


 みみずくの目がわずかに動く。司会が復旧したマイクを握り直し、震える声で呼応した。


「――ライブを、開始します!」


 スタッフがスイッチャーを叩き、カメラの赤ランプが一斉に点く。スクリーンの隅に“LIVE”の文字。視聴者数カウンタがゼロから跳ね上がる。


「敵を撮れ」みみずくが低く言う。「金の粉を寄りで。怖さは引きで。虎の表情をワイプに。コメントは常時出し。音は現場の呼吸を拾って強調」


 ベンチャー社長が呟く。「空白を売ると言ったな。なら――今だ」


 配信画面が立ち上がる。

 「何これ」「映画?」といったコメントが滝のように流れ、同時視聴者は数万、数十万と桁を上げる。

 金持ち父さんは一瞬、動きを止めた。視線が配信の赤ランプへ流れたことを、誰もが感じた。


「……俺を、コンテンツにする気か?」


「そうだ」みみずくが踏み出す。「恐怖は、撮れば“手ざわり”に変わる。あなたの金の粉は、一瞬で消える。でも記録は残る。人の行動を変えるのは、金じゃない。物語だ」


 キャンパスラボが笑う。「それ、今切り抜きにして出します!」


 虎九が目を閉じ、小さく頷く。「文化の始まりは記録だ。人は“語られた出来事”として世界を生きる」


 金持ち父さんの輪郭が、微かに揺らぐ。金粉の流れが弱くなる。

 代わりに、視聴者のコメントが画面を覆い尽くした。「#金より物語」「#間を買う」「#撮って残す」


「認めよう」金持ち父さんがゆっくりと手を下ろす。「今この瞬間、お前は俺より強い“通貨”を振らせた。――言葉という、通貨を」


 敵が笑った。だが、その笑いは最初に現れた時よりも小さく、柔らかかった。


「続けろ。まだ、終わりじゃない」

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