逆さの虎、溶ける虎、そして根拠
質疑は加速する。アパレル社長がいきなり椅子ごとひっくり返り、上下逆さまになって笑いを取る。「逆さでも言うことは同じだ。“持続可能な差別化”を見せろ」――場が柔らいだ隙に、IT社長が額の汗を拭って言う。「リピーターの根拠が薄い。イベントは瞬間風速になるが、次の来店理由をどう作る?」
「三つ打ちます」みみずくは指を立てた。「①定例イベントのカレンダー化――毎週末はゲスト配信、平日は“誰でも配信デー”。②編集サポート――撮ったらその場で短尺化、SNS投稿まで伴走。③コミュニティ――会員バッジ、配信ランク、常連の特典。店が“配信のホーム”になるように」
飲食社長がうなずく。「飲食の“居場所化”が効いてくる。フードは?」
「客単価は抑えます。原価率三五%の軽食中心、滞在を邪魔しないメニュー。話す口が乾かないようにノンアルも厚く」
そこへ、IT社長の声が急に掠れた。ライトが瞬き、彼の輪郭がぐにゃりと溶ける。番組お決まりの不思議現象――“溶ける虎”。スタジオのざわめきごと、みみずくは受け止めた。
「……最後に、数字をください」溶けかけた虎が言う。「リピーター率。初月、三ヶ月、半年。自分の仮説でいい」
「初月三〇%、三ヶ月で四五%、半年で五〇%。会員施策がハマれば、六割を目指せます」
「根拠は?」
「“撮る習慣”の定着です。場所があると撮れる。撮れると出せる。出せると反応が来る。反応が来ると――また撮りたくなる」
ベンチャー社長が初めて笑った。「ようやく“構造”を言葉にしたな」
ホログラムのキャンバスラボが親指を立てる。「学び×笑い×場所。そこに若い層はハマる。俺らが呼べるのは初動。定着は君の設計だ」
静かに、不動産オーナーが頷く。「騒音対策費、いくら見ている?」
「ブース三室で三百。内装八百。機材二百。広告百。運転資金二百。――合計一千六百。うち六百は自己資金、千を希望」
司会が確認する。「では希望額は――一千万円」
パネルの赤と青が点滅し、虎たちが互いに視線を交わす。溶けかけの虎が、最後の一言を絞り出した。
「……悪くない」