最初のクレームと修正
オープンから一週間。
店は順調に回っていた。会員数は五十名に到達し、週末は常に満席。学生層が中心だが、社会人もちらほらと混ざる。
だが――順風満帆な空気は長くは続かなかった。
ある夜、一人の客が怒鳴り込んできた。
「勝手に顔出しされた!どう責任取るんだ!」
ブースで撮影した動画が、編集チェックを通らずにそのまま公開されてしまったのだ。幸い大きな拡散には至らなかったが、本人のプライバシーが侵害されたのは事実だった。
スタッフは即座に謝罪し、動画を削除。返金も行ったが、怒りは収まらない。
SNSに「危険なバーだ」と書き込まれる可能性もあった。
このままでは信用が崩れる。
「だから言ったろ、リスク管理が肝だ」飲食社長が顔を曇らせる。
「規約は作っていた。でも現場の運用が甘かった」とIT社長。
虎たちの声が頭の中で蘇る。
みみずくは、深夜のテーブルに規約文書を広げ、赤ペンで修正を加えた。
「投稿は必ずスタッフ確認を経ること。顔が映る場合は本人の最終承認が必要。違反した場合、罰則は利用停止と罰金」
一行一行、言葉を強めていく。
翌日から運用が変わった。編集室に「承認ボタン」を導入し、投稿前に必ず本人のサインを求める。小さな変更だが、客の安心感は大きく違った。
「昨日の規約、安心しました」「これなら親にも説明できます」
会員数の伸びは一時的に鈍化したが、信頼度は確実に上がった。
数日後、クレームを入れた客が再び来店した。
入口でスタッフに顔を見せ、静かに言った。
「……ちゃんと変えたんだな」
そのまま黙って会員カードを差し出した。
承認ボタンを押して、自分の動画を投稿する。
その表情は、前回とはまったく違っていた。
トラブルは避けられない。だが、修正で信頼を積むことはできる。
その夜、みみずくはカウンターに立ち、スタッフへ告げた。
「失敗は、次の成功に変えられる。沈黙の時間と同じだ。怖い空白も、使えば価値になる」
拍手が、再び小さく響いた。
文法は一歩ずつ強度を増していった。




