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初日オープン――文法の置き方

 ついにその日が来た。

 番組収録から一ヶ月、数多の条件と監視付きで進められた準備期間を経て、みみずくの「YouTubeバー」は初日を迎えた。


 午前九時。まだ看板も人通りも少ない時間に、スタッフが一人ずつ入店してくる。

 厨房では飲食社長が仕込んだメニューが並ぶ。揚げ物は控えめ、塩分と水分のバランスを考えた軽食。喉を潤すノンアルカクテル。滞在の邪魔をしないように設計された品々だ。

 カウンターには、アパレル社長監修の制服をまとったスタッフが立つ。黒を基調に、胸ポケットだけが鮮やかな青。視覚的に「ここは編集を手伝う人」という目印になる。


 午前十一時。ホログラム越しにキャンパスラボが到着した。彼らは学生層を意識した「初日イベント」の進行役を務める。

「今日は僕ら、裏方に徹します。『はじめて撮る』の緊張をほぐす係。任せてください」

 そう笑う二人に、みみずくは感謝を返す。

 虎九は直接来ることはなかったが、手紙を送ってきた。毛筆で一言、「文法を置け」。その意味を噛みしめながら、みみずくは開店準備を進めていた。


 午後一時。扉が開く。最初の客は二人組の大学生だった。

「え、マジで配信できるん?」「やばくね?」

 興奮と緊張が入り混じった声。スタッフが丁寧に案内する。まず受付で身分証を確認し、会員カードを発行。

「では、体験の流れをご説明します」

 スタッフの声に従い、二人は半個室の配信ブースに入る。設置されたカメラとマイク、編集用のPC。壁には防音素材が貼られ、外の音はほとんど入ってこない。


「撮る→編集→投稿→称賛→また来る」

 みみずくが決めた五段階の文法が、ここで実際に試される。


 一人目の学生がカメラに向かって小さく手を振る。緊張の笑み。

 二人目が隣で「おー、いけいけ!」と囃し立てる。

 わずか二分で、最初の撮影が終わった。

 スタッフが寄り添いながら編集ソフトを開き、不要部分を切る。三十秒にまとめた動画を、その場で投稿。画面に「いいね」の通知が一つ、また一つと流れる。

「マジで来た!」「すげえ!」

 二人の表情が弾けた。


 その反応こそが、みみずくの狙いだった。

 沈黙を体験させるのではなく、空白の時間を「称賛」に変換する。そこで生まれる欲望が、再訪を促す。


 午後七時。

 初日の入店者は二十六名。想定より少なかったが、驚くほど高い比率で「また来たい」と声を残して帰った。

 みみずくは深夜のカウンターに立ち、スタッフ全員を前に言った。


「今日置いたのは、派手さじゃない。流れだ。この流れを忘れなければ、次はもっと強くなる」


 スタッフの拍手が静かに響いた。

 その拍手の音が、確かに「文法が置かれた」証拠になっていた。

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