開幕、令和の虎ごっこ
志願者入室の合図と同時に、狭いスタジオに張り詰めた空気が流れ込んだ。司会が台本を指で整える音までもが、やけに大きく聞こえる。
「本日の志願者――金持ち父さんさんです」
カメラが寄る。黒いスーツに金色のネクタイ。独特の間を置いて立礼し、彼はマイクの前に立った。
「一千万円。要ります」
最初のひと言で、五人の虎――ベンチャー社長、飲食チェーン社長、IT社長、不動産オーナー、アパレル社長――の視線が一斉に鋭くなる。
「要る、だけじゃ投資は動きませんよ」ベンチャー社長が口火を切る。「何に使い、誰に売り、いつ回収する?」
「ビジネスはビットコインです」
ざわめき。飲食社長が肩をすくめる。「博打に見える。“持ったら増える”の論理なら、俺は退室だ」
「ちょっと待ってください」IT社長が手を挙げる。「投資じゃなく事業なら、構造を示してほしい。取引手数料なのか、教育なのか、担保融資なのか」
金持ち父さんは一歩前に出て、背負っていたケースを開けた。そこには、印刷されたチャートが何枚も綴じられている。
「グラフを見てください。長期的に右肩上がりです」
「過去グラフは“証拠”じゃなく“話のきっかけ”だ」ベンチャー社長。「未来の変動と損失許容を、どう説明する?」
沈黙。カメラの赤いランプが濃く見える。司会が救いの綱を投げる。
「では――使途内訳をお願いします」
「半分は現物購入、四割はインフラ整備、残りは“金の粉”にします」
その瞬間、スタジオの空気が軽くなる。アパレル社長が笑いを噛み殺した。「金の粉?」
「ブランドです。金の粉を撒く――“金が降る瞬間”を演出するイベント。投資の気流を作る」
飲食社長が眉をしかめ、IT社長が顎に手を添える。不動産オーナーは椅子を引いて立ち上がった。
「退室します」
扉が閉まる音。司会が小さく息を呑む。四人に減った虎の視線が、逆に鋭さを増した。
「演出は嫌いじゃない」アパレル社長。「でも、イベントに金を入れる気はない。数字がない」
「数字はこれから作ります」
「だから、それが数字じゃない」ベンチャー社長。
スタジオの照明がひと段明るくなり、空気の温度が上がる。ここからが本番――誰もがそう悟っていた。