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ジジイの幽霊の話

作者: 更科

夏になると、無性に海に行きたくなるものだ。

あの頃の僕もそうだった。まだ高校生だった俺は、毎年夏休みになると、地元の友人とつるんで、都会から離れた小さな海辺の町に繰り出していた。




「てかさ、夏といえば怖い話だよな!」


「あー、肝試しとか行きてー!」


ビーチで花火を囲んでたわいもない会話をしていた時、誰かがそんなことを言い出したんだ。

別に怖い話が得意なわけじゃない。けれど、その時ふと、忘れられない夏の記憶がよみがえった。


「怖いっつーか、俺が実際に体験した不思議な話なんだけどさ、」


俺がそう言うと、みんな「お、なんだなんだ」って顔して、ちょっと乗り出してきた。


「まあ、信じるかどうかはお前ら次第だけど。あれは、俺がまだ高校生くらいの時だったかな……」


あの夏、俺たちはいつものように、あの小さな海辺の町にいたんだ。

昼間はクソ暑い日差しの中で泳ぎまくって、夜はコンビニで買った酒で乾杯。最高にアホな夏だった。


そんなある日、地元のガキたちから妙な都市伝説を聞かされたんだよ。


「あの浜辺にはさ、夕暮れ時になると決まって現れる幽霊のジジイがいるんだ。そいつ、何もせずに、ただ海を見つめてるだけなんだけど、一度でもそいつを見ちまったら、その夏はもう二度とこの海に来ちゃいけねえって言われてるんだよ」


みたいな話だった。

正直、幽霊だの何だのって、マジかよって思うじゃん? でもさ、なんか妙にリアルに聞こえて、友達と「マジかよ!」「肝試し行くしかねーだろ!」って盛り上がってたんだ。


それで、その日の夕暮れ。

ビビりながらも、俺たちは例の浜辺へ向かったんだ。


夕焼けが海を真っ赤に染めて、なんだかやけに静かだったのを覚えてる。

そしたらさ、本当にいたんだよ。

波打ち際から少し離れた、岩の上に。ジジイが、一人で静かに座ってる。潮風に揺れる白髪に、遠い目をしたその背中。生きた人間じゃねえってのが、すぐにわかった。

なんか、静かなのに、ドスっとくる存在感があんだよ。


友達は皆、顔真っ青にして「やべえ、マジだ」「早く帰ろうぜ」って。そりゃそうだろ。

普通に怖ぇよ。俺ももちろん怖かった。でもさ、怖さの中に、妙に寂しいような、引っかかれるような感覚があったんだ。


友達は「もう二度と来ねえ」って言ってたけど、俺だけは、またあのジジイに会いたいって、そんな変な衝動に駆られてたんだよな。



それから俺は、友達には内緒で、一人で何度もその浜辺に通うようになった。


ジジイは毎日同じ場所にいて、変わらず水平線の彼方を見つめている。

あいつの周りだけ、波の音が少し穏やかで、潮風がひんやりと感じられるんだ。まるで、その場所だけ時間が止まっているみたいに。 


何日か通い詰めたある日のこと。

夕日が海に沈む寸前で、空と海が燃えるように赤く染まってた。ジジイの切なげな背中をずっと見つめていたら、ふと、彼の心を直接覗き込んだような気がしたんだ。もしかしたら、このジジイ、ずっと誰かを待ってるんじゃねーかなって。そしたら、気づいたら俺の口から言葉がこぼれ落ちてた。


「…おっさん。誰かを待ってんのか…?」


俺の声は潮風に掻き消されそうだったけど、ジジイはゆっくりと、はっきりと振り返った。その顔に感情は浮かんでいなかったけど、その遠い目は確かに俺を捉えていた。言葉を交わすわけじゃない。でも、その眼差しは「ああ、そうだ」って答えてるように思えたんだ。


その瞬間、俺の心に、ジジイの深い想いや、遥か昔の「約束」の断片が、潮の満ち引きのように流れ込んできた。


それは、声なき声、記憶の残り香みたいなもんだった。ジジイは、特定の誰かを待ってるんじゃなくて、この場所で果たされなかった「約束そのもの」を待ち続けてるんだって、漠然とだけど、はっきりと感じ取ったんだよ。

ゾクッとしたけど、それと同時に、胸が締め付けられるような切なさも感じた。



夏休みも、もう終わりが近づいてた。


都会へ戻る日が迫る中、俺はジジイに最後の別れを告げるために、一人で浜辺へ向かった。

ジジイは、いつものように岩の上に座って、沖を見つめてる。俺は彼の隣に静かに座って、同じように沈む夕日と海を見つめた。ジジイが抱える「失われた約束」の重さと切なさが、これまで以上に強く俺の心に迫ってきたんだ。


「おっさん…もう、いいんだよ。」


俺の言葉は、潮風に乗ってジジイの元へ届いた。

その時、ジジイは再びゆっくりと俺の方へ顔を向けた。その口元が、わずかに、本当に微かに動いたように見えた。


そして――。


波の音、潮風のざわめき、その全ての音に混じって、俺の耳に、掠れた、しかし確かな「声」が届いたんだ。それは、まるで長い年月を閉じ込めた瓶の栓が抜けたような、乾いた、しかし深い安堵を帯びた声だった。


「…ああ……長かった……」


その一言が、ジジイが待ち続けた途方もない時間と、ようやく訪れた解放の瞬間を物語っていた。

俺は、その声に込められた全ての感情を受け取り、全身が震えるほどの感動を覚えたよ。


ジジイの姿は、その言葉と共に、夕焼けの光の中にゆっくりと溶けていくように消えていった。彼がいた場所には何も残されていなかったけど、波打ち際で弾ける泡は、これまでになく穏やかで、澄んだ輝きを放っていたんだ。

まるで、ジジイの魂が清らかになって、海の一部になったみたいにさ。




あの夏の経験は、俺にとって忘れられない切ない思い出として心に深く刻まれた。


都市伝説として出会ったジジイは、俺の中で、果たされなかった「約束」と、それを待ち続けた魂の象徴になったんだ。


今でも、夏になるとあの海を思い出す。

あの海は、これからもずっと、静かにその約束の記憶を泡の囁きとして留め続けるだろう。そして、あの夏、あの浜辺で、彼の最後の声を聞いた俺は、その静かな記憶の継承者の一人になったんだって、そう思ってる。



なあ、お前ら、信じるか信じないかは、まあ、どっちでもいいよ。

でもさ、もし夏に海に行くことがあったら、夕暮れの浜辺で、探してみてくれ。海じゃなくてもいい。

いつもこの時間にいる奴とかっているだろ?そいつも、何か、言葉に出来ないようなものを持っているのかもな。


ほら、こうやって話してる俺も。

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― 新着の感想 ―
ノスタルジックなものを感じさせる、ホラー話で良いと思いました ただ、それだけではなく、次の人を待つというところのつぐ怖さというかもあってよかったと思います
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