第7話 オズワルドの家族
結果から言えば、オズワルドはオーレルム領の人々に温かく迎え入れられた。自分の国を代表する王族だからというのは当然ある。
だがそれ以上に、先ず真っ先にオーレルム領を頼った事が何よりも大きかった。
オーレルム領に住まう人々には、多かれ少なかれ危険な地域で生活して来た自負がある。
国で一番精強な領であると皆が思っているので、命を狙われた第3王子が助けを求めに来たのならば張り切って協力する。
「エストリア様! 怪しい奴を見つけたらすぐ連絡しますね!」
「うちの男共に任せておけば安心さね!」
「オーレルム領の食べ物なら、毒なんて入れられないから安心して下さい!」
街へと繰り出せば、領民達が次々とエストリア達に声が掛かる。人によっては暑苦しいとか、押し付けがましい等と感じるかも知れない。
しかしオズワルドは、この空気感が嫌いでは無かった。街行く若い女性や、八百屋の中年女性、屋台の男性などが口々に温かい言葉を投げ掛けてくれる。
これは王都では経験出来ない体験だった。どこか距離のある対応ばかりで、オズワルドはあまり好きでは無かった。
どうせ王位に執着心はないのだから、民と距離の近い王子になりたかった。
王族としての特別扱いよりも、親密な関係を築きたかった。歴史の勉強で習った初代国王は、その様な人物だったと言われている。
オズワルドの目指す王族とは、その様な生き方なのだ。
「オーレルム領はいつもこうなのか?」
「ええ、そうですよ。皆で協力しないと生きていけませんから」
「なるほど。土地柄による違いか」
エストリアを含めた複数の護衛達と共に、オズワルドは要塞都市アルマーの街を散策する。命を狙われているのだから危険では、と普通なら考える。
しかしここオーレルム領に限ってはそうではない。住民達の結束が強く、見知らぬ人間がウロウロしていればすぐ目につく。
オズワルドの来訪後に現れた余所者は、騎士団だけでなく住民達からも怪しまれる。
もし来訪予定のない他領の人間が居たら、すぐ最寄りにある騎士団の詰所に連絡が行く様になっているのだ。
この結束力の高さから、レアル王国で最も悪人が活動し難い土地として有名だった。
「噂には聞いていたが、本当に皆仲が良いのだな」
「そうですね。領地で暮らす皆が、家族の様なものですから」
「家族、か」
オズワルドの脳裏には、2人の兄の顔が浮かんだ。確かに母親は違えども、3人は家族だった。かつては兄弟として、仲良く過ごしていた時間もあったのだ。
しかしそんな過去も虚しく、今は兄弟で命の奪い合いをしている。それがオズワルドには悲しかった。
何故そこまでして王になりたいのか、オズワルドには理解できない。どちらかが譲れば済む話を、無駄な争いに発展させている。
これでは無駄に死者を増やすだけだ。ましてや暗殺者を雇うなど、本来あってはならない事だ。
それを企んだのが兄達かどうかは兎も角、昔とは関係性が別物になってしまったのは間違いない。
3人顔を合わせれば、睨み合い牽制する。幾らオズワルドが苦言を呈しても、2人の兄は聞き入れない。
「父上が亡くなれば、俺にはもう家族など殆ど居ないも同然だな」
「何を仰るのです?」
「残るのは殺そうとする2人の兄とその母親に、まだ幼い弟だけだぞ? そんな歪な関係が家族とは言えないだろう」
「私達が要るじゃないですか」
そんな暗い考えに染まっていたオズワルドは、思わずエストリアを見る。ニコニコと笑いながら、エストリアはそんな事を言う。
周りに居るオーレルムの騎士達も同じだ。そうですよと、笑顔をオズワルドに向けている。
今やエストリア達にとっては、オズワルドも同じ時間を共有した同族であり家族の様なもの。そもそも同じ国で暮らす仲間でしかない。
それは仲間意識の強いオーレルム領の人間ならば、当たり前の様に持っている価値観だ。彼女達にとっては、オズワルドはもう見知らぬ他人ではないのだ。
「王都に戻るのが嫌なら、ずっとオーレルムに居れば良いのです」
「しかし、そんな訳には……」
「王にはどちらかのお兄様がなられるのでしょう? ならば良いではありませんか」
王族が領地を持って領主になる事も珍しくはない。新たに領土を拡大した時になど、普通に行われている。
王族だから王都に居なければならないとは決まっていない。王にならないのならば尚更だ。
それにオーレルム領は非常に重要な土地だ、王族が常駐するメリットは有る。
不測の事態が起きた時に、重要な判断を下せる王族が領内に居る。その価値は決して安くはない。
万が一という時に、王都まで判断を伺いに行っていては遅いのだ。国防という観点から見れば、十分意味のある措置と言える。
「だが、しかし……良いのか?」
「オズワルド様がそれを望むのであれば」
「俺の……望み、か」
「まだまだ時間はあるのです。ゆっくり考えては如何ですか?」
自分の未来をどうするか、オズワルドとて考えて来なかった訳では無い。どちらかの兄が王となり、それを支えるのが自分の役目だと考えて来た。
今までは王都で働く事しか考えて来なかったが、ここに来て新しい道が提示された。
第3王子として、オーレルム領で魔物を監視する。国内に被害が出ない様に、国を守るのも立派な仕事である。
流石に最前線で戦う訳にはいかないが、王族として砦で騎士達を鼓舞するのも悪くはない。
そんな風に考える余裕が、オズワルドに生まれ始めていた。
「もう少し、考えてみよう」
「案内なら幾らでもしますから、必要なら仰って下さい」
「ああ。その時は頼むよ、エストリア嬢」
「エストリアで構いませんよ、オズワルド様」
悩める王子と、明るい笑顔を見せ続けるフィジカル系令嬢。そんな2人を温かく見守る騎士達。
命を狙われて逃げて来た筈が、オズワルドの生活は温もりに満ちていた。