第6話 オーレルム家の朝
オズワルドがオーレルム家に到着した翌日から、早速エストリア達による護衛の日々が始まった。
一度撃退したとは言え、もう安全だと過信するのは安直だ。深手を負った者が半数以上居たのは間違いないので、すぐにまた集団で襲撃して来る可能性は低い。
だが捕縛には至っていないので、軽症の者が暗殺を目論む可能性はある。それは雇い主が誰で、どの程度の依頼料を支払ったかにもよる。
失敗が許されない程の暗殺依頼であったなら、まだ諦めていない可能性はある。
「オズワルド様! おはようございます!」
「おはようエストリア嬢、貴女は朝から元気だな」
「それが取り柄ですので!」
体力と気力に溢れた令嬢、それがエストリアである。暗殺者と戦った翌日でもいつも通り元気一杯だ。
対して身を守る毎日に疲弊していたオズワルドは、一晩寝たぐらいでは疲れが取れていなかった。心身共に受けたダメージは、それなりの療養期間が必要だ。
彼は確かに王子ではあるが、まだ17歳で成人前の若者だ。辺境育ちのエストリアとは違い、都会育ちのオズワルドはそこまで頑強ではない。
今すぐ医者に見せねばならない程に顔色は悪くないが、明らかにまだ疲れを感じさせている。
「まだ少しお疲れの様ですね。そんな時こそ、美味しい朝ご飯ですよ!」
「あっ、おい! 待ってくれ!」
「さあ行きますよオズワルド様!」
元気一杯のエストリアは、近所の男の子に接するお姉さんの様に手を引いて食堂に向おうとする。
オズワルドがあまり接し方に煩くはない性格であった事と、妹や弟が欲しかったエストリアの欲求が合わさった結果だった。
疲れている弟の面倒を見る気さくな姉になったつもりで、彼女は張り切っていた。そんな対応を若い女性にされた事がないオズワルドは、そんなエストリアを新鮮に感じた。
媚びるわけでもなく、婚約者の立場を狙うわけでもない。ただ純粋に優しさを向けてくれる歳の近い令嬢。
今まで感じた事のない何かを、オズワルドは掴まれた掌から受け取っていた。
「こらエストリア! 未婚の女性がベタベタと男性に触るものではない!」
「ルーカスお兄様? ベタベタなどしていませんよ?」
「良いから、離しなさい」
少し良い雰囲気になりつつあった2人に、待ったを掛けたのは赤髪の美丈夫。オリバーに良く似た顔立ちの若い男性。オーレルム家長男のルーカスだった。
25歳の若さでオーレルム領の筆頭騎士となった、次期当主でもある才気溢れる青年だ。やや厳つい顔立ちではあるが、十分美形の範疇に収まる。
好みは分かれるものの、社交の場では結構な人気を博していた。母親に似て女性的な顔立ちの次男と2人が並べば、令嬢達から黄色い歓声が上がったものだ。
今では2人とも結婚している為に、そこまでの騒ぎにはならないが。そんな経歴だけを見れば完璧超人の様なルーカスにも欠点はあった。
まあまあ、いや少し、やや過剰な程に、妹を大切にし過ぎる傾向があるのだ。
「これぐらい問題ないでしょうに」
「いいや駄目だね。オズワルド様も、気をつけて下さいね」
「これは、俺が悪いのか?」
エストリアとオズワルドの間に割って入る形でルーカスは2人の手を離す。エストリアの隣には決して立たせないという鋼の意思を感じさせる。
妹さえ絡まなければ完璧な男性だが、こうなると見事なシスコンぶりを発揮してしまう。
ルーカスとしては母親の目論見に大反対である。確かに王子という血筋に、決して貧相ではない肉体。
容姿も十分優れてはいる。だがしかし、自分よりも弱い男にエストリアを嫁にやるつもりは無かった。
実にシンプルで面倒な兄であった。
「見つけましたわよ! ルーカス!」
「げっ……ヴェロニカ」
「貴方はこっちにいらっしゃい!」
廊下の角から小麦色の肌にエスニック風の顔立ちをした黒髪の美女が現れた。体のラインが出る異国風のドレスに身を包んだ長身の女性。
彼女の名前はヴェロニカ・オーレルム、ルーカスと4年前に結婚した彼の奥さんである。
1児の母とはとても思えぬスタイルの良さと、その異国感が溢れる美貌が特徴的だ。
彼女は隣国から嫁いで来た公爵家の次女であり、オーレルム家の夫人に相応しい才女でもある。
オーレルム家の人間は決まって頭の良い異性と結婚する。真っ先に体を動かす人間性をしており、頭を使う事には向かないからだ。
良く言えば役割分担、ストレートに言えば尻に敷かれる。
「それではオズワルド様、この者は私が引き取りますので」
「エストリア! 適切な距離感を忘れるなイタタタ!?」
「…………何というか、賑やかだな」
「オーレルム領は元気と健康が取り柄ですから!」
微妙にズレた返答を返すエストリアと、どうして良いのか分からず困惑するオズワルド。
ヴェロニカに引っ張られて行くルーカスを見送りながら、オズワルドは昨日の事を思い出す。
昨日挨拶を交わした際には、ルーカスとヴェロニカは聡明な夫婦に見えた。それは王都で行われた婚姻の儀で見掛けた時もそうだった。
しかし実際の2人を見ると、イメージとは随分と違った。案外世の中はそんなものなのだろうかと、オズワルドは認識を改めつつ食堂へと向かった。
シスコンお兄様は定番かなって