第5話 王子様の護衛
エストリアが退出した事で、来賓室にはオズワルドとオーレルム夫妻だけが残された。もちろん命を狙われている王族が居るのだから、部屋の周囲には騎士達が待機している。
そんなやや張り詰めた空気の中で、エストリアの父オリバーが少し空気を変える為にオズワルドに声を掛けた。
「それにしても、見ない内に立派になられましたな」
「そうでもないさ。先程も貴方の娘に助けられたばかりだ」
「ほう、エストリアが」
「王都に居る近衛騎士よりも強いのではないか?」
苦笑しながらオズワルドは助けられた時を思い出す。女性にしては高い背丈に、凛々しい顔立ち。暗殺者を前にしても恐れず戦う勇敢さ。
そしてその剣捌きは素晴らしいの一言に尽きる。年齢からしてオズワルドより少し年上だが、仮に同い年だったとしても彼には勝てる気がしなかった。
王子という立場上、騎士達より強い必要はないが少し悔しくも感じていた。だがそれ以上に、エストリアに対する興味の方が勝っていた。
王都に居る令嬢達とエストリアは随分違う。それがどうにもオズワルドの好奇心を刺激していた。
「高く評価して頂くのは有り難いのですが、娘はまだまだ未熟ですので」
「あれでか? 王都の騎士達が聞いたら自信を無くすぞ」
「次男が王都に居るでしょう? あれにはまだ及んでおりませぬよ」
王都の騎士団にて、副団長をしているオーレルム家の次男。若くして王都の剣術大会で優勝し、その後も無敗を誇る天才。
そんなレアル王国最強とまで噂されている人物を基準にするのかとオズワルドは笑う。流石は王国一の武闘派、オーレルム家だなと納得せざるを得ない。
そしてエストリアほどの技量の持ち主でも、未熟者扱いされる様な領地ならば安心だなと改めて感じていた。
オズワルドは命を狙われる日々に辟易していたのだ。いい加減ゆっくりと休息を取りたかった。
安堵しているオズワルドに、エストリアの母親であるソフィアが問いかける。
「あの子は少々お転婆でして、ご迷惑ではありませんでしたか?」
「そんな事は無かったよ。貴女に似て美しいご令嬢だ」
「…………あの子がですか?」
「ああ。何かおかしな事を言っただろうか?」
オズワルドはソフィアが尋ねている質問の意図が理解できなかった。確かに初対面で戦闘のダメ出しをされたのは驚いたものの、それ以外はこれといって変な所は無かった。
やや天然なのかと思われるやり取りはあったが、彼に思い当たるのはその程度だ。貴族のご令嬢としては少々勇ましいが、無礼者という印象は特に感じていない。
しかしそれはまだエストリアとの関わりが薄いからだ。ソフィアが懸念していたのは娘の奇行。
オーレルム家の人間であるが故の、ズレた行動を見せなかったのかという事だ。そう例えば、王子を抱えて走り出すなど。
「い、いえ。何も無かったのでしたら良いのです」
「そうか?」
誤魔化す様に微笑みを浮かべるソフィア。少し引っ掛かる質問ではあったが、オズワルドは追及しなかった。
彼はまだ知らないのだ、普段のエストリアを。つい力んでしまいティーカップを破壊、道中で見つけた魔物と戦闘し返り血塗れで帰宅する。
他にも鍛錬だと称して滝に打たれに行くなど、挙げるとキリがない程にエストリアは脳筋エピソードを積み重ねて来た。
まだ男性ならば分からなくもないが、女性としてはかなりの異端児だ。そろそろ結婚して落ち着いて欲しいとソフィアは願っている。
「噂に聞いていた話とは、随分イメージが違ったよ。あの容姿ならば引く手あまただろう?」
「いえ……あの子はその、まだ婚約者もおりませんので」
「あれでか?」
またしても同じ質問を返すオズワルド。彼から見た限りだと、エストリアは十分魅力的な女性であった。
殆ど領地から出ないエストリアについては、噂話だけが広がっており誤ったイメージを持っている者が多い。
やれ身の丈2メートルの大柄な令嬢だとか、魔物を片手で捻り潰すなど物騒な内容だ。
流石にオズワルドもそんな話までは信じて居なかったが、いずれにせよ女傑という言葉が相応しい存在を想像していた。
それがいざ会ってみれば、随分と美しいご令嬢ではないかと。確かに背丈はあったが、それでもオズワルドの方が大きい。
良く鍛えている様だが、筋骨隆々という訳でもない。確かに王都で人気のある令嬢達とは雰囲気がかなり違う。
しかしだからといって、見劣りする様な事はない。それがオズワルドから見たエストリアに対する印象だ。
そんなオズワルドの反応を見て、ソフィアは目を輝かせる。
「貴方、あの子も護衛に加えてはどうでしょう?」
「エストリアをか?」
「オズワルド様と年齢が近い者も居た方が良いでしょう?」
「彼女の実力は既に見ている。俺の方に異論はない」
もう少しエストリアの事を知りたいと考えていたオズワルド。そして娘を早く結婚させたいソフィア。
2人の目的が綺麗に合致していた為に、本人不在のまま勝手に話は進んでいった。
エストリアとオズワルドは、この日を境に頻繁に顔を合わせる様になっていく。