第22話 ギリアム宰相
オーレルム家の一行が王都リルカに到着してから数日後、婚約式が行われる事になった。
それと同時にエストリアの父オリバーと、ギリアム宰相の話し合いが始まる。
国王が倒れてしまい彼が多忙な為に、中々その機会が訪れなかった。
それでも何とか婚約式の当日、日が落ち始めた頃に面会が叶った。これでオズワルド暗殺計画の全貌が分かるだろうとオリバーは確信している。
しかし疑問に思う部分もあった。それはオーレルム家の人間が王都に入ったというのに、ギリアム宰相が逃げ出す事は無かった点だ。
その点についてだけは、オリバーも少し引っ掛かりを覚えていた。
「ギリアム、私だ」
「オリバーか、入ってくれ」
王城にある宰相の執務室、高価な木材で作られたドアをオリバーは開ける。室内には入ると、書類の積まれたデスクにギリアムが座っていた。
彼は力強く厳つい印象を受けるオリバーとは対照的に、非常に高い知性を感じさせる男である。
オリバーの様な良く鍛えられた肉体とは違い、平均的な成人男性と大して変わらない体躯。
しかし蛇の様な狡猾さを感じさせる、オリバーとはまた別種の威厳を放っている。
ギリアムとオリバーは同世代であり、お互いの事を良く知っている。
友人というよりはライバルに近い関係だ。レアル王国の武を象徴するのがオリバーであり、知を象徴するのがギリアムである。
「お前が面会を求めて来るなど、珍しい事もあるな」
「貴様には聞かねばならん事がある。もう分かっているだろう?」
「…………何の話だ?」
狡猾な蛇と、獰猛な熊が睨み合うかの様な時間が過ぎて行く。オリバーはエストリアと同じく、頭を使うタイプではなく直感で生きている。
だがそれは馬鹿という意味ではない。これまでに相対して来た者達や魔物などとの戦い。そこから得た経験則から来るものだ。
歴戦の戦士が持つ勘とでもいうべきモノだが、それでも図り切れぬ相手が数名いる。それは妻であるソフィアと、このギリアム宰相であった。
オリバーから見る限り、この男が暗殺者を差し向ける可能性はゼロではない。それがレアル王国の為になると判断したのならば、有り得ない行動ではない。
「先日我が領に、オズワルド様を狙った暗殺者が現れた」
「……なに?」
「締め上げた結果、依頼者はお前だと答えた」
その言葉にギリアムの眉が歪められた。常に冷静で顔色を変えない男であるだけに、オリバーはその反応を慎重に見定める。
物的証拠がある訳ではなく、あくまでも状況証拠でしかない。それ故にここで強硬な手段に出るのは悪手である。
武のオリバーと知のギリアムを争わせる目的で、別の誰かが仕向けた可能性だって残されている。
その場合はここでギリアムを拘束すれば相手の思う壺である。それが分からない程オリバーは猪突猛進ではない。
暫く沈黙していたギリアムだったが、一度目を瞑ると口を開いた。
「私はそんな依頼を出した覚えはない」
「それは、証明出来るのだろうな?」
「証拠はないが、動機が無い事なら説明出来る」
ギリアムの説明によると、現状では自分にオズワルドを排除する理由が無いと言う事。
むしろ4人の王子達の中で、彼が一番高く評価しているのが第3王子のオズワルドだと言う。
もし自分が王子の暗殺を企むのならば、オズワルドではなく上の兄2人を暗殺すると言うのが彼の回答だった。
王が倒れた途端に王位を争い始める様な者に、この国の王座は相応しくない。そこまで言い切るぐらいには、ハッキリとした立ち位置を表明した。
つまり言うなれば、彼は第3王子派と言っても良い存在だという事になる。
そんな人物にオズワルドを狙う理由はない。だがそれも、本人の証言であり証拠にはならない。
「だが暗殺者は、依頼書にお前の印が押されていたと証言しているぞ?」
「馬鹿を言うな、そんな書類に私が押印する訳がないだろう」
「では何者かの捏造だというのか? お前の印は偽造出来る様なものでは無いだろう?」
宰相の印は特別製であり、そう簡単には偽造する事は出来ない。特殊な製法で作られたインクを使う為、他人が簡単に用意するのは難しい。
そして優秀な暗殺者達ほど、そう言った事情には詳しい。自分達が罠に嵌められれば大変な目に遭ってしまうからだ。
偽りの依頼を掴まされない様に、常に彼らは警戒をしている。オーレルム邸の近くまで侵入出来る様な、優秀な暗殺者が簡単に騙されたというのは考えにくい。
そこがギリアム宰相犯人説の一番決め手となる部分だ。まさか盗まれる筈も無いし、ここが解決しないと容疑は晴れない。
「………………待て、まさか、あの時か?」
「どうしたギリアム? 何か心当たりがあるのか?」
「1ヶ月程前、あのバカ……第2王子のギルバート様が押印してくれと書類を持って来たのだ」
「……それで?」
当時は非常に忙しい時期であり、ギリアムは宰相として殆ど不眠不休で働いていた。
そんな所に第2王子のギルバートが、オーレルム領にいる弟に私物を送りたいとやって来たらしい。
領地を跨ぐ荷物の移動には、ギリアム宰相の許可が必要となっている。それ故に訪れたのは分からくもないが、王子だからと特別扱いは出来ない。
本来であれば順序を守って、申請書を運輸部に提出せねばならない。
ただでさえ医者の手配で忙しいと言うのに、押せ押せとあまりにしつこく迫って来た。
聞く限り荷物は大した物ではなく、勝手に押せと一度だけ印を貸したという。
「お前……」
「仕方がないだろう!? 王の命に係わるという時にあの男は!! 大体王子がそんな代物を持って来るとは思わんだろうが!」
「それで、今ギルバート様はどこにいる?」
「……不味い、婚約式の会場だ!!」
王子に出席の義務はないし、基本的に2人の兄達は婚約式にはあまり顔を出さない。
その様な席は全てオズワルドに丸投げしていた。そして祝福の言葉を述べる王の代わりは、王妃が務める事になっている。
だというのに、今回に限ってオズワルドの兄達は婚約式に出席する予定になっていた。
不測の出来事が起こる予感を覚えた2人は、急いで婚約式の会場に向かった。




