第2話 ある日、林の中で王子様と出会った
オーレルム領はレアル王国の一番西にある領地だ。王国の中央にある王都リルカからは馬車で移動しても3日ほど掛かる。たった1人で馬を走らせた場合なら丸2日掛からずに到着する事は可能だ。
そんな王都からオーレルム領の間には広大な草原が広がっている。緑豊かなレアル王国の象徴と言われる草原を抜けた先には雑木林が広がっている。
その林はオーレルム領の中まで続いており、領地の境が少しややこしい。街道に沿って移動していれば立て看板があるのですぐに分かる。
しかし正規のルートを離れた場合はその限りではない。そう、例えば暗殺者から必死に逃げている要人が乗る馬車などの場合だ。
「クソッ! しつこいヤツらめ!」
「お前たち! 絶対にお守りするのだ!」
「主君を守れずして何が騎士か!」
レアル王国の紋章が入った豪奢な馬車が、街道から逸れて林の中を移動していたが立ち往生した。馬車を諦めて逃走を図るも、暗殺者達に囲まれてしまった。
複数人の護衛騎士達が、守るべき主君を囲む様にして守っている。しかし相手は暗殺者だ、投擲武器の類にも警戒せねばならず騎士達の焦りは高まる一方だ。
移動速度を重視し、少数精鋭で来た事がここで災いしていた。こう囲まれてしまっては、下手に動きが取れない。
相手は暗殺さえ成功すれば良いのに対し、騎士達は主人を守りきらねばならない。林の中という悪条件も宜しくない。木々のすき間や木の上から狙われれば非常に危険だ。
高まる緊張感と、ジリジリと迫りくる暗殺者達。万事休すかと思われたその場所に、颯爽と駆けつける1人の女性。
「はぁ!!」
「ぐあっ!?」
「がはっ!」
長い付き合いのある彼女の愛馬は、主人の意思を良く理解している。主が背から飛び降りるのに合わせて、その場から離脱しつつ暗殺者の1人を勢い良く跳ね飛ばした。
そして馬上から飛び降りたその主、エストリア・オーレルムは1人の暗殺者に斬り掛かった。元々は暗殺者15人に対して護衛6人と主が1人だった。
15対7の戦いが、一瞬にして13対8の戦いへと変わった。戦況に大きな影響を与えながら登場したエストリアは、高らかに宣言する。
「このエストリア・オーレルムの目が黒い内は、我が領内で勝手は許しません!」
どこからどう見ても正規の騎士が囲まれていて、明らかに怪しい風貌の者達が武器を手にしているのだ。どちらが悪かなど確認するまでもない。
たまたま近くを通り掛かったエストリアが、人の声に気づいて見に来てみればこの状況。領主の娘として、オーレルム家の一員としてこの様な状況を見過ごすわけには行かないのだ。
何よりも近くには王国の紋章が入った馬車まであるのだ。間違いなくこの国の貴族が関係している。同じレアル王国の貴族としても、助けに入らないなどという選択肢はない。
「おお! オーレルム家の方か!」
「すまない! 協力して貰えないか!」
「お任せ下さい!」
エストリアは盗賊等とも戦闘経験があるし、何より対人戦闘もしっかり学んでいる。オーレルム家の者が戦う相手は魔物だけではない。
民の財産を奪おうとする不届き者達ともまた、戦わねばならない。あらゆる悪意から民を守る、それがオーレルム家なのである。
そんな武闘派で脳き……正義感溢れるエストリアの参戦により、瞬く間に暗殺者達は倒れて行く。もう後少しだというタイミングで、エストリアは気づいた。
本来守られていた筈の要人も暗殺者と戦闘しており、その真横から別の暗殺者が投擲武器で狙っている状況に。
「そこの貴方! 下がりなさい!」
「えっ!?」
「はあっ!!」
要人の危ない所を助けに入ったエストリアにより、最悪の事態は回避された。それからは特に問題はなく、最後まで粘っていた暗殺者達は不利を悟ると逃走して行った。
暗殺者の半数ほどは手傷を負っており、血痕だけがその場に残されていた。逆に騎士達と要人には被害はなし。
実に素晴らしい結果であると言える。しかし最大の功労者はエストリアであり、開幕の2人と合わせて4人も倒していた。
あくまで目的は要人の護衛であるとは言え、十分過ぎる戦果だと言える。
「そこの貴方! 守られる側が前に出て戦うなど論外ですし、戦うならもっと周囲を気にしないといけませんよ!」
「あ、あぁ……」
「腕は悪くない様ですし、優先順位には気を付けて下さい」
エストリアが注意した相手、今回守られていた要人はエストリアとそう変わらない年齢の青年だ。首元まである鮮やかな金髪に、紺碧の瞳。
エストリアよりも高い背丈に鍛えられた身体。しかし分厚い肉体ではなく線の細さもある。一目見れば美形と分かる整った顔立ちは、さぞ女性にモテるであろう事は想像に難くない。
見た目の年齢は18歳ぐらいだろうか。まだ少しだけ少年としての面影を感じさせる。成人したかしていないか、ちょうどそれぐらいの年齢だと思われる。
「初対面でダメ出しをされたのは初めてだ」
「あ、これは申し訳ない。私はエストリア・オーレルムと申します」
「さっき聞いていたよ。俺はオズワルド・レアル・ファルガスだ」
「………………えぇっと」
頭を使うのが得意ではないエストリアだが、何も馬鹿な訳では無い。この国でレアルのミドルネームを持つ者が何者かぐらいは分かる。
つい気になった部分をいつもの調子で指摘してしまったが、これはまた随分と失礼な事をしたかも知れない。そんな嫌な予感から冷たい汗がエストリアの頬を伝う。
「一応はこの国で第3王子をやっている。まあ呼ぶ時はオズワルドで構わない」
「ええええええええええ!?」
何故王子様がこんな所に、私は不敬罪で死罪なのでしょうか、色々な事がエストリアの脳裏に浮かんでは消えて行く。その叫び声と共に。