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トランキライザー莉理香 最後の事件ー演繹城の殺人ー  作者: Futahiro Tada


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9/22

動く床、止まった心


「ど、どうしてオール乱歩さんが…」静まり返った洞窟内でルールズが口を開く。その問いに答えたのは六郎ピラミッドである。「判りません。ただ一番後方をを歩いていたのはオール乱歩さんでした。だから逃げられなかった。それか僕らを守るために一番最後に逃げようとしたんでしょう。それが仇になってしまった」「違います」莉理香が言う。「オール乱歩さんはあたしを助けるために犠牲になったんです。あたしがもっと早く逃げられれば彼は犠牲にならなかった」「莉理香ちゃん、自分を責めちゃダメよ」ルールズが汗を拭きながら言う。「氷の岩をどかすことは出来ませんよね」「そうですね。僕らの力ではどうしようもありません。しかし暑いですね。多分このままだと氷の岩も溶けると思いますが、それでもオール乱歩さんが救われるわけじゃない。僕たちはどうしたら」そう言い六郎ピラミッドは頭を掻き毟る。その仕草が少しだけオール乱歩と似ていて莉理香はハッと息を飲んだ。「氷の岩を最初に見た時若干浮いていたのは人を挟むスペースを確保するためだと思います」莉理香が言う。「そしてこの洞窟内を温めて氷の岩を溶かして人を踏み潰した」「しかしそんな都合よくいくやろか?どこまでも不可解な洞窟やで」ムチ打ち男爵が額に浮かんだ汗を拭きながら言う。対する莉理香は冷静に言葉を返す。「この洞窟は二つあります。くそったれ魂さんが殺害された謎の部屋がありメリーゴーランドにある出入り口と繋がっている第一の洞窟と氷の岩が転がってきた第二の洞窟です。どちらの洞窟も道は真っ直ぐだったりカーブしていますから楕円状になっている可能性が高いと思います。ええと、細長いドーナツのような形をしているということです。けど不可解なのは氷の岩がどうして勝手に動き出したのかということでしょう。これには何か秘密があると思います。恐らく、床の揺れも関係しているかと。後、ドーナツ状になっているのならもしかすると中心の空洞部分に何か隠されているかもしれません。第一の洞窟は中央部分にエレベーター式のメリーゴーランドがありましたから」


 突飛な莉理香の意見に誰もが舌を巻く。第一の洞窟と第二の洞窟がドーナツ状になっている可能性は高い。そして、ドーナツの穴の部分には何かが隠されているという莉理香の推理は一理あるように思える。彼女の推理を聞いたムチ打ち男爵とルールズは必死に洞窟の内壁を叩いている。そして、洞窟の中心部に繋がる場所を発見したようである。

「莉理香はんの言う通り内壁に大きな穴が開いてるで」

 と、ムチ打ち男爵が興奮気味に言う。ルールズも莉理香もムチ打ち男爵が発見した穴の前まで進む。穴といっても天然の穴ではない。完全に人工的に作られたものであった。穴の形状は四角で淵をコンクリートで固めてある。恐らくあまりに薄暗いため見逃していたのだろう。また皆神経が昂って周りに気を配る余裕がなかった。もちろん、洞窟には他にも秘密があるように感じるが現段階では何も判らない。

「穴の中に入れますね」

 ルールズが恐る恐る穴の内部を見つめながら言う。

その言葉を受けムチ打ち男爵が答える。

「どうしまっか?中に入ってみまっか?どうせこのままここにおっても何もすることがあらへんからね…」

 一旦六郎ピラミッドの許へ戻ると六郎ピラミッドはしゃがみ込みぼんやりとオール乱歩の遺体を見つめている。電池の切れたロボットのように動かない。オール乱歩の死は六郎ピラミッドにとってかなりの衝撃を与えたようである。

「六郎ピラミッドさん、大丈夫ですか?」

 心配そうな声で莉理香が尋ねるが、六郎ピラミッドは顔を伏せただしくしくと泣き始める。

「もう帰りたいですよ。こんな変な場所にはいたくありません」

 突然狂ったように六郎ピラミッドは言い始める。人格が変わったかのようである。

「先に進めば帰れるかもしれませんよ。とにかくこのままここにいても何も始まりません。辛いのは判りますけど。あたしだって辛いです。オール乱歩さんとの付き合いは結構長かったんですから」

「僕らはきっと全員殺されるんですよ。各ステージに進むごとに一人殺されています。ってことは次に進めばまた一人殺されることになる可能性は高い。そんなことは僕には御免だ。僕はこんなところで無様に死んでいい人物ではないのに…」

 各ステージで人が一人死んでいる。となると六郎ピラミッドの言う通り次の場所に進めば何らかの事件が起きる可能性は高い。だからと言ってこのままこの場に固まっていても仕様がないであろう。とにかく今は先に進むしかないように思える。

 莉理香は後期クイーン的問題を思い出す。探偵が事件をかき回したため被害が大きくなるという例の問題である。演繹城に来てから莉理香はそれぞれのステージで率先して先に進もうと提案してきたがそれが全て裏目に出ている。裁かれるべきは自分だという思いが湧き出してくる。

 やがて第二の洞窟の内部を見てきたムチ打ち男爵が皆の許に戻って来る。

「穴の内部には螺旋階段があるで。下に降りられるようになってるんや」

「メリーゴーランドは巨大なエレベーターだったし次に現れた洞窟も降下した可能性が高いですよね?となると、すでにあたしたちは相当深く潜っているはずです。この先まだ下に進めるなんてこの演繹城というテーマパークは不可解極まりないですよ」

 莉理香はそう言うと皆のことをぐるりと見渡す。そして座り込む六郎ピラミッドの許へ向かい彼の背中をポンと叩く。

「六郎ピラミッドさん…行きましょう」

「僕には無理です」六郎ピラミッドは静かに告げる。「もう動けませんよ。というよりも先に進みたくありません。とにかく早く帰りたいんです」

 六郎ピラミッドは駄々をこねる子供のように言うことを聞かない。梃子でも動かないのではないか。すると、それを見ていたムチ打ち男爵が次のように言った。

「二手に分かれまっか?つまり、先に進むもんとここに残るもんを決めるんや。丁度四人おるから二人は先に進んで残った二人はここに残んねん」

「で、でも」ルールズが不安そうに言う。「先に進んで閉じ込められたりしたらどうするんですか?完全に分断されてしまいますよ」

「そうやな…ん、こうするのはどうやろ?皆はん時計は持っとりまっか?」

 ムチ打ち男爵の問いに六郎ピラミッド以外の全員が自分の時計を見つめる。

 ルールズは小さな腕時計を見つめたが、莉理香には時刻を確認するものが何もない。携帯電話なんて持っていないし時計も持っていないのだ。ネグレクトを受けている茉莉香はそのような品と全く縁のない生活を送っている。

「莉理香ちゃんにはこれを貸します。私は携帯と腕時計を持ってますから」

 そう言い、ルールズは小さな腕時計を外しそれを莉理香に渡す。莉理香が時計を受け取ったことを確認したムチ打ち男爵が口を開く。

「先に進むもんと残るもんを決めたら残ったもんは一時間様子をみてや。一時間経っても先に進むもんが戻って来ぉへんかったらここに残ったもんも内部に進むんや。それでどうやろか?」

 確かに合理的な手段だと思える。ルールズは首を上下に動かしながらムチ打ち男爵の言葉に答える。

「ええ、六郎ピラミッドさんはここに残るとして後は私たち三人の中からここに残る人と進む人を決めましょう。どうやって決めましょうか?」

「じゃんけんでええんやないか?負けたもんがここに残るんや。それでええやろ。一番手っ取り早いで」

 じゃんけんの結果莉理香が負ける。先に進む者はムチ打ち男爵とルールズ。残る者は莉理香と六郎ピラミッドになる。ムチ打ち男爵とルールズは息を飲みながら先に進んで行く。その姿を莉理香は緊張した面持ちで見送る。薄暗い洞窟内にルールズとムチ打ち男爵が消えて行く。

 無事であって欲しい。願うのはそれだけである。これ以上遺体が増えるのは嫌だ。莉理香はそう思いながら六郎ピラミッドの許へ戻る。六郎ピラミッドはというと依然としてオール乱歩の横へ座り込んだままである。完全に精神力の糸が切れてしまったかのようだ。莉理香は六郎ピラミッドの隣に座り込み時が流れるのを待つ。

 界隈は恐ろしいほど沈黙に包まれている。声をかけようにも何と声をかけてやればよいのか判らない。体育座りをしたまま莉理香が岩の方に体を向ける。岩の下には確実にオール乱歩の遺体がある。早く氷の岩をどけて出してやりたい。そう思うのであるが、莉理香には岩をどかす力がない。洞窟内は暑いままで氷の岩も徐々に溶けてきているのであるが、完全に溶け切るまではまだ時間がかかるだろう。

 ただ黙って見ているしかないのである。そんな自分がやるせなく本当に嫌になる。そこでふと視線を変える。ルールズとムチ打ち男爵は無事だろうか?このまま遺体が増えるのは莉理香にとっても本意ではない。何のために黒弥撒は探偵や刑事を殺すのであろうか?すべては不可解である。いくら考えても答えは出そうにない。

 莉理香はふと立ち上がる。そして洞窟の中を見て回る。六郎ピラミッドには悪いが彼の横にいるとどんよりとした空気に巻き込まれて気が気じゃなくなる。念のため六郎ピラミッドに「少し周りを歩いてきます」と、言ったものの彼は何も言わない。視線を動かさず岩のように固まっている。

 莉理香はまず第二の洞窟を調べて見て回る。洞窟内は薄暗い。燭台に照らされた明かりしかないからである。ドーナツ状になった洞窟内。そして黄土色の土壁と空洞部分にある謎の螺旋階段。この先にルールズとムチ打ち男爵がいるのであるがすべては謎だ。現段階ではなんとも言えない。巨大な氷の岩が出てきたり地上に繋がるトビラが閉められたりと色々あったためなかなか冷静になれなかったが、落ち着いてみるとこの洞窟は酷く人工的であるように思える。

 誰かが故意に洞窟を作ったように思えるのである。その証拠に地面を見ると壁と床に間に隙間がある。こんなことは天然の洞窟ならばありえない。一周ぐるりと見て回った後、今度は第一の洞窟へ向かうためトビラを開けてみる。すると鍵が解除されたのかトビラは開く。莉理香は先に進み冷静に状況を判断する。第一の洞窟も大きさは第二の洞窟と同じくらいである。

 地上につながるトビラがあるメリーゴーランドまで足を進めトビラを開けようと試みるが開かない。完全にロックされている。判ったのはこの第一、第二の洞窟はドーナツ状になっている。第一の洞窟の中心部にはエレベーター式のメリーゴーランドがありその奥に地上に繋がるトビラがある。第二の洞窟の中心部には下に潜る螺旋階段があり先に進めるようになっており今ムチ打ち男爵とルールズが調査にあたっている。

そこまで考えた莉理香はふと床を見る。第二の洞窟と同じで地面と壁の間に隙間がある。繋がっていないのだ。これは何を意味しているのだろうか?莉理香はふと考えを推し進める。冷静になって考えるとおかしなことばかりである。

 オール乱歩を押し潰した氷の岩はかなり巨大だ。丁度洞窟の幅と同じくらいであるから最初は挟まって浮いていたのだが、熱で溶けて落下したという推理は合っているような気がする。そこでおかしいことが判明する。それは洞窟内の壁に設置されている燭台が全くの無傷であるということだろう。こんなことはありえない。岩の高さや幅は洞窟の横幅や高さとほぼ同じなのである。ということは岩がゴロゴロと動けば同時に燭台を破壊するはずだ。

 しかし、燭台は無傷のまま残っている。こんなに不可解なことはない。考えられるのは岩は実は動いていないということだ。突如突飛な考えが莉理香を覆う。岩が動いていない。しかしオール乱歩は岩の下敷きになってしまった。それは何故か?答えは一つである。岩が動いたのでなければ床が動いたのだ。スポーツジムにあるルームランナーを思い浮かべると想像しやすいかもしれない。この洞窟は巨大なルームランナーなのだ。だから床と壁の間に隙間があり人工的な造りをしているのである。

 そこまで考えた莉理香は一旦六郎ピラミッドの許へ戻る。薄暗い中、六郎ピラミッドは依然としてぼんやりと座り込んでいる。ルールズとムチ打ち男爵が先に進んでから既に一〇分が経っているが、今のところ何の変化もない。莉理香は六郎ピラミッドの隣に座り込み口を開く。

「もしかしたらこの岩をどけられるかもしれません」

 莉理香ははっきりと言う。

その言葉に六郎ピラミッドは亡霊のように顔を白くさせながら

「無理だよ」

 と、言う。

 やる気がない声である。しかし、このペースに巻き込まれてはならない。莉理香はキッと表情を引き締め六郎ピラミッドを説得する。


「あたしの推理聞いてもらえますか?」と、莉理香が言うと六郎ピラミッドがうつっぽい表情を浮かべながら答える。「推理?こんな時に推理したって無駄だよ。僕たちはきっと全員殺される。そういう有名な推理小説があるだろ」古典的な名作で確かにそのような作品はある。莉理香も好きな作品の中の一つだ。しかし、今は名作の話をしている場合ではない。「この洞窟の床は動くんです。それも結構高速に」と、莉理香。六郎ピラミッドは眉根を寄せて反応をする。床が動くというのは彼の想像の範囲外だったようである。「床が動く?そんなことあるわけないだろ」「床と壁を見てください。この洞窟は床と壁が一体化してないんです。こんなおかしなことはありませんよ」莉理香は自分が推理したことを丁寧に一つずつ六郎ピラミッドに話して聞かせる。六郎ピラミッドはじっと話を聞いていたが、直ぐには信じられないといった表情をしている。それはそうだろう。話している莉理香本人にも不可解であるのだから…。莉理香の言葉に六郎ピラミッドは少しだけ力を取り戻したようである。彼は座ったまま壁と地面を見つめ莉理香の言葉が正しいということを悟った後、ゆっくりと立ち上がる。「莉理香ちゃんの言うことが本当ならどこかに床を動かすスイッチがあるのかもしれない。そうすればオール乱歩さんの躯を岩の下から救い出せるよ」そう言うと六郎ピラミッドは前に進み始める。その急な変わり身に莉理香は不審なものを覚えたが、今はそんなことを言っている場合ではない。いつまでも座り込んだままよりかはマシであろう。莉理香は六郎ピラミッドの後に続く。六郎ピラミッドは第二の洞窟を一周回り、その後第一の洞窟を一周回る。


 今のところスイッチのようなものは見受けられない。床がルームランナーのように動くということが正しいとしてもスイッチがこの洞窟内にあるとは言えないのである。どこか別室にスイッチがあり遠隔操作が出来るのかもしれないのだから…

 やがて二人はルールズとムチ打ち男爵が先に進んだ第二の洞窟のドーナツ状の内部に辿り着く。まだ時間は十五分ほどしか経っていないので先に進めないが、何かあるとしたらここしかないように思える。二人は丁寧に螺旋階段のある部屋を見る。完全に人工的に造られた部屋である。

 六郎ピラミッドは床を叩きながら辺りを見渡すが何も発見できない。莉理香も後に続き何かないかを探すが、何かあるようには思えない。しかし、不意に状況は一転する。突如「ゴゴゴゴ」という音が界隈に響き渡ったのである。六郎ピラミッドが何かを押したのだろうか?呆然と立ち尽くす六郎ピラミッドからは何の感情も読み取れない。何かこう不可解な印象を与える。

 音の正体は直ぐに判る。それは床がベルトコンベアーように動いているのである。莉理香の推理は当たる。莉理香たちは岩が迫っていると錯覚していたが、実は床が動き莉理香たちを襲っていたのである。音はやがて止まり床の動きも止まる。

「六郎ピラミッドさん何かしたんですか?」

 と、莉理香が尋ねるが六郎ピラミッドは何も言わず第二の洞窟に戻る。そしてオール乱歩の遺体がある場所まで足を進める。薄暗い中圧死体が見える。もちろんオール乱歩の遺体である。

 邪魔だった岩の下からオール乱歩の遺体が顔を出したのである。ルナルナ17は高速で回転するメリーゴーランドで首を切り取られくそったれ魂は螺旋状に切り刻まれた。そしてオール乱歩は動く床に巻き込まれ巨大な岩の下敷きになった。

 六郎ピラミッドはゆっくりとオール乱歩の遺体に近づいて行く。先ほどまでの彼とは完全に別人のようである。一体、何が彼を突き動かしているのであろうか?莉理香が不穏な空気を感じ取り六郎ピラミッドの背中を見つめていると六郎ピラミッドは徐に口を開く。

「駄目だ。完全に死んでるね…」

 それはそうだろう。どう見ても生きているようには見えない。

「死因は圧死なんでしょうか?」

 莉理香が尋ねると六郎ピラミッドは直ぐに答える。

「だろうね。これだけ巨大な岩に潰されたんだ。肋骨や頭部、腰骨。すべてがズタズタに折られている。臓器だってすべて破裂しているだろうよ」

 酷い殺し方だ。到底人間がすることとは思えない。悪魔の所業である。どうして犯人はこんな酷いことが出来るのであろうか?そこまで探偵や刑事に恨みがあるのであろうか?

「六郎ピラミッドさん大丈夫ですか?」

「僕は大丈夫だよ。それにしても莉理香ちゃん、よくこの洞窟の謎が解けたね。流石は名探偵だ。岩が動くのではなく床が動くと推理するなんて誰にでも出来るわけじゃない。恐れ入ったよ」

 突然褒められて莉理香は変な気分になる。六郎ピラミッドは極限状態を向かえ頭をおかしくなってしまったのだろうか?

「あ、ありがとうございます」

 莉理香はそれだけを言う。六郎ピラミッドの顔は薄暗くてよく見えないが、にたにたと笑っているように見える。どこまでも不可解である。莉理香は沸き上がる恐怖を抑えながら六郎ピラミッドを見つめる。

 それからしばらくの間二人は何も話さずただオール乱歩の躯を見下ろしていた。早く丁重に葬ってやりたいが、この状況では何も出来ない。歯痒い時間が流れる。莉理香はふとルールズに借りた腕時計を見つめる。きっと高価なものなのだろう。小さくても非常に高級感のある代物である。ルールズとムチ打ち男爵が先に進んでから三十分が経過しようとしている。しかし彼らが戻って来る気配は感じられない。

「ルールズさんとムチ打ち男爵さん、大丈夫でしょうかね?」

 沈黙状態が続く中、莉理香が六郎ピラミッドに向かって尋ねる。六郎ピラミッドは地面を指で摩りながら莉理香のほうを向く。依然として表情は無表情である。どこかに感情を置き忘れてしまったような感じだ。

「さぁ、殺されてるかもしれないね。黒弥撒は僕らを皆殺しにするつもりなんだよ」

「何のためにそんなことをするんでしょうか?」

「探偵や刑事に恨みを持っているんだろうね。だからこうやって刑事や探偵たちをここに呼んだんだ。殺すためにね…」

 刑事や探偵に恨みを持っている。そういう人間は多いかもしれない。警察はその組織の性質上、事件が起きなければ動かないことが多々ある。ストーカー事件などは実際に被害者が殺されてから動き出すことが多い。このような体質は鷹揚に世間からバッシングを受ける。特に警察官の不祥事が多くなり人々の警察を見る目は厳しいものになっているのだ。

 探偵はどうだろうか?莉理香という中学生探偵が現れたことにより探偵という職業にスポットが当たり始めたのは確かである。東京では莉理香が、全国の他の都市ではルールズ、ルナルナ17、くそったれ魂、ムチ打ち男爵、といった有名探偵が事件を解決していた。そう、推理小説のように。

 しかし、これにも大きな問題があるとされている。それこそが後期クイーン的問題である。探偵たちが捜査に協力するようになり事件が陰惨なものになる傾向が強くなったのだ。探偵が犯人を指摘し刺激したことにより二次犯罪が起きることが増えた。さらに、探偵ブームを受けて素人探偵が勝手に捜査をし事件をかき回し結果的に事件が判りにくくなってしまうという弊害も増えたのである。やはり、探偵は事件に必要がないのかもしれない。莉理香はそう考える。

 それと同時に自分にスポットが当たる今の状況を危険だと察していたのである。やはり、自分の役目はもう終わっている。茉莉香にはこれからは普通の少女として生活をしてもらいたい。中学生が探偵をするなんてやっぱりどこか変である。中学生には中学生の生活があるのだからそちらを謳歌した方がいいだろう。

 但し、茉莉香は虐待を受けている。早く大人になり一人で生活していけるようになればいいのだが、今の段階ではそうは言えないだろう。この先高校にだって進学しなければならないし大学にだって行くかもしれない。継父や母がなんというか判らないが、茉莉香には未来があるのだ。

 それをこんな事件に巻き込まれてばかりの探偵として生きて欲しくはなかった。それが莉理香の考えである。それに一応これから茉莉香が一人でもやっていけるように彼女のために残せるものは残して来たつもりだ。

(あたしは今回で消える。今回の事件が最後の事件だ)

 と、莉理香は念じながら「ふぅ」とため息をつく。

 隣に座っている六郎ピラミッドが不意に莉理香のほうを向く。そして、無表情のまま口を開く。

「莉理香ちゃんって凄いよね。この二、三年でたくさんの事件を解決してきたんだから…」

「凄くなんかないですよ」

「そんなに謙遜しなくてもいいじゃないか。僕が中学生の頃は勉強ばかりして社会とのつながりはほとんどなかったからね。学校と塾と家、これらの往復だったよ」

 エリートにはエリートの悩みがある。莉理香はそう感じた。

「でも六郎ピラミッドさんは東大を出てキャリアになったじゃないですか。これは十分凄いと思いますけど。これからとんとん拍子に出世していくんじゃありませんか」

「さぁ判らないよ。キャリアなんてものは出世にしか興味がないからね。オール乱歩さんのように事件を解き犯人を捕まえるという確固たる目的がある人は少ないと思うよ。そんなオール乱歩さんももういないけどね」

 六郎ピラミッドはそう言うとガックリとうなだれる。表情は無表情のままだが、どこかしら哀愁が漂う感じがする。再び二人は黙り込んだ。しかし、直ぐに六郎ピラミッドが口を開く。

「莉理香ちゃんはどうして探偵になったの?」

 そう問われ莉理香は記憶を巡らせる。茉莉香が最初に事件に巻き込まれたのは中学一年生の時の体験学習で奥多摩の方に一泊で行った時のことであった。古びた旅館で事件は起きたのである。

 当然、事件が起きた時には茉莉香の中に莉理香という人格はなかった。茉莉香が極限状態の中生み出したのが莉理香なのである。莉理香は茉莉香を支えるために生み出された一つの人格。だからこそ事件を解けたのだ。

「判りません」莉理香は言う。「探偵になった理由なんてありませんよ。ただ事件に巻き込まれただけなんです。そこで推理したらそれがたまたま当たって警察に表彰されることになったんです」

「学校の体験学習の最中での事件だよね。僕もあのニュースを覚えてるよ。最近は嫌なニュースばかりで明るいものが少ないからね。そんなときに彗星のように現れた事件だから皆食いついたよね。中学生が事件を解くなんて本当に小説やアニメの世界の話だもの」

「そうでしょうか?あたしにはよく判りません。ただ、事件を解きそのまま表彰された。本当はそんなことされたくなかったんです。ひっそりと暮らしていきたかった」

「その時オール乱歩さんと会ったんだね。オール乱歩さんはよく莉理香ちゃんの話をしてたよ。自分の娘のような感じだった」

「そりゃそうですよ。あの人、ロリコンの刑事さんですもん。最初からあたしをじろじろ見てましたよ」

「オール乱歩さんがロリコンか…でもいい刑事だったな。僕はそう思うよ」

「あたしもそう思います。オール乱歩さんがいたからあたしはここまで有名になれたし事件の捜査協力をしてこれたんだと思います」

「でも、あっけなく死んでしまったね」

 どんよりとした空気が流れる。六郎ピラミッドは不意に立ち上がるとオール乱歩の躯を見下ろし何やらブツブツと呟いている。やはり六郎ピラミッドはおかしくなってしまったのだろうか?

「警察や探偵なんて皆、死ぬべきなんだよ」

 六郎ピラミッドはぼそりと言う。当然、莉理香はその言葉を聞く。なぜ今そんなことを言うのか?莉理香は怪訝な顔をして立ち上がる。そして、六郎ピラミッドの後ろ姿を見つめながら

「そ、そんなことないですよ。オール乱歩さんはいい刑事さんだったじゃないですか。あたしたちは何とかして黒弥撒を止めなければなりません。それがルナルナ17さん、くそったれ魂さん、オール乱歩さんを弔うことになるんです」

「弔う?そんなことは出来ないよ。どうせ皆死ぬんだからね」

 声質が変わる。莉理香はサッと身構え六郎ピラミッドの背中を睨みつける。

「あなた誰?六郎ピラミッドさんじゃないの?」

「六郎ピラミッド?そういやそんな名前の刑事もいたっけなぁ」

 何を言っているのだ?少なくとも今莉理香の目の前に立っている人物は六郎ピラミッドではない。莉理香はそう察する。額から脂汗が流れ極度の緊張が莉理香を襲う。得体の知れない人物が目の前にいるのである。こいつは六郎ピラミッドではない。全身の神経がそう伝えている。

「あなたもしかして黒弥撒?」

 莉理香の問いかけに六郎ピラミッドは答えない。しかし、答えない変わりにゆっくりと身を翻す。闇に溶け込んだダークスーツ。そして顔面にはいつの間にか黒弥撒の仮面がはめられている。六郎ピラミッドが黒弥撒?否、黒弥撒が変装し六郎ピラミッドに化けていたのか?莉理香の頭は混乱する。

「初めましてじゃないけど莉理香ちゃんには会いたかったんだ。よろしく」

 気の抜けた声で黒弥撒の仮面をかぶった人物は言う。

「あ、あなた黒弥撒?どうしてこんなところに」

「いかにも僕は黒弥撒だよ」

「声が今まで聞いていたものと違うわ。誰なのよ?」

「黒弥撒だよ。僕は色々化けられるんだよ。探偵がいるように怪人二十面相がいてもおかしくはないだろう」

 くっくっくと笑みを浮かべながら黒弥撒は言う。どうやら今目の前に立っているのは黒弥撒で間違いないようである。しかし、いつの間に六郎ピラミッドに化けていたのであろうか?莉理香が一人で洞窟を調べている時間があったから化ける時間はいくらでもあったはずだ。それに確かに六郎ピラミッドは急に態度がおかしくなったのである。あれはオール乱歩の死で気が動顛していたのではなく黒弥撒が入れ替わったから態度が変わったのだろうか?だとすると本当の六郎ピラミッドはどこにいるのか?

「六郎ピラミッドさんはどこにいるの?」

「さぁ、どこにいるんだろうね?」

 すっ呆けた口調で黒弥撒は言う。仮面をかぶっているのでどんな表情をしているのか判らないが、どこまでも人を舐めているような感じである。しかし、いつの間に変わったのだろうか?変わるチャンスはいくらでもあっただろうが、そうなると黒弥撒は皆と行動を共にしていたということになる。

 否、それよりも先に進んだムチ打ち男爵やルールズは大丈夫なのであろうか?黒弥撒が複数いるのではなく一人であるならばムチ打ち男爵たちの許には誰もいないということになる。しかしこれまで現れた黒弥撒は皆それぞれ違っているのだ。そのため黒弥撒が複数いる仮説は捨てきれない。だが莉理香は今危険だ。今までの殺人はすべて黒弥撒が犯人であると想像できるのだから。

「あ、あなたはあたしを殺しに来たの?」

 と、莉理香は緊張を含ませた声で尋ねる。

対する黒弥撒は洞窟の土壁に体を預けながら答える。

「君は死にたいの?」

 死にたいわけはない。だが目の前にいる人物は本当に黒弥撒なのだろうか?以前現れた人物と比べると口調も違うし髪型や体型も違うように思える。今まで黒弥撒は何度か莉理香たちの前に現れた。そのどれもが同一人物であるとは思えないのである。となると、黒弥撒は複数いるのであろうか?こんな不可解な人物がたくさんいると考えるだけで頭をもたげたくなる。

「あ、あたしは死ぬわけにはいかないの」莉理香は強く言う。「絶対にね。こんな場所で死ねない。茉莉香のためにもあたしは生きなければならない」

「茉莉香?」

 黒弥撒が尋ね返す。そこで莉理香は口を滑らせたことを恥じる。茉莉香の存在を黒弥撒に知らせるわけにはいかない。否、多重人格であるということを知られると色々面倒であると感じる。

「何でもないわ。とにかくあたしは死ぬわけにはいかないの。あ、あなたはどうして探偵や刑事を殺すの?何か恨みでもあるの?」

「恨みはないよ…僕にはね。ただ、恨みを持っている人は他にもいるんじゃないかなぁ。そう思うけど」

 意味深なことを口走る黒弥撒。

 恨みがないのなら殺す動機がないということになる。厄介な人物だ。動機はなく自分の快楽のために殺人を犯してきたのだろうか?そうなると性質の悪い事件である。

「あ、あなた、自分が何をしているのか判ってるの?人を殺したのよ。それも酷い殺し方で。死んだら完全に地獄行きよ。覚悟したほうがいいわ」

「死んだ後のことなんてどうだっていいよ。僕には関係ない。僕は消えるかも知れないんだからね。とにかく僕は君に会いたかったんだよ。無理してここにやって来た。君と話すためにね」

 莉理香に会いに来たということはどこかで洞窟の映像を監視していたのだろうか?でなければ話の辻褄は合わない。莉理香はルールズとムチ打ち男爵とじゃんけんをした結果、負けてここに残ったのである。つまり、黒弥撒は一連の流れを知っているということになる。

 洞窟は人工的に造られた場所だ。たとえ監視カメラがついていても今更驚きはしない。それよりもムチ打ち男爵とルールズは無事なのであろうか?

「あ、あたしに何の用なの?」

 腫れ物に触れるかのような口調で莉理香は尋ねる。黒弥撒は依然として仮面をかぶったまま莉理香を見下ろしている。

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