鏡像の姉妹、回転する魂
「あたしたちはね凄く似ているの。そう思わない?」唐突に莉理香は言う。黒弥撒と莉理香が似ている。それを聞いていた茉莉香には理由が掴めない。しかし、冷静になって考えれば確かに似ていると言える。お互い事件をきっかけに生み出された人格であるし存在意義も近いものがある。莉理香がいるから黒弥撒がいる。そんな風に考えられる。一体どうしてこのようなことが起きたのであろうか?「あたしがいるから黒弥撒がいるの。それが意味しているのはあたしとあなたには同じものが流れているということよ」と、莉理香。同じものが流れている。それが意味することとは?黒弥撒は口を閉ざし莉理香を見据える。言葉はないが、かなり愕然としているようだ。莉理香は特に気にせず話を続ける。「あたしとあなたには同じものが流れている。ううん、こんな曖昧な答えは駄目ね。同じ血が流れていると言えるのよ」同じ血が流れている…それはつまり。堪らず茉莉香が言う。「ど、どういうこと?黒弥撒と莉理香に同じ血が流れているって」すると、莉理香は冷静さを保ったまま質問に答える。「同じ血が流れているのはあたしと黒弥撒が同じ存在意義を持つ別人格という比喩ではないの。文字通り同じ血が流れているのよ。家族や兄弟では血液型は違う時があるわ。だけど、一卵性の双子なら血液型は同じなの」一卵性の双子。どこまでも超展開する話。飛躍しすぎではないか?黒弥撒と茉莉香が双子?そんな馬鹿な話があってたまるか。こんな殺人鬼と同じ血を持っているというだけで吐き気が出てくる。それにどうして唐突に双子なんて言葉が出てくるのであろうか?「ど、どうしてそんなことが判るの?あ、あたしは一人だよ。姉妹なんていないはずだもん」「一〇〇%そう言いきれるかしら?」そう言われると、茉莉香は口を閉ざすしかない。物心つく前から虐待を受けていた茉莉香には自分の背景を聞く暇がなかった。継父からも母親からも虐待を受けていたのである。とてもではないが、自分が双子かどうかなんて調べられない。否、考えたこともない。「一〇〇%は言い切れないけどあたしはずっと一人だったし…」と、茉莉香。それを聞いた莉理香は「解離性同一性障害が発病する背景に幼い頃の虐待がある。つまり、黒弥撒の主人格も昔何らかの虐待を受けていた可能性があるの」「それは判るけど、それだけであたしたちが双子だなんて言えないよ」茉莉香はきっぱりと言う。しかし、莉理香は首を振りながら茉莉香の意見を肯定しようとはしない。「いい、あたしたちと黒弥撒は非情に良く似ているの。『事件』というキーワードを元に生み出された別人格。普通はこんなことにはならないわ。まるで対になっているような存在だもの。これが意味することは同じ何かが流れているからよ。同じ何か…あたしはこれを血であると推測した」
莉理香が言うのだから間違いはない。そう思いたい茉莉香であったが、流石に今回の推理には納得できない。黒弥撒という異様な殺人鬼と双子だなんて考えただけで寒気がする。茉莉香はサッと黒弥撒のほうに視線を送る。今まで冷静さを保っていた黒弥撒であったが、現在は違う。小さな肩が小刻みに震え仮面が奇妙にカタカタと動いている。
「黒弥撒、あたしをどうするの?」
と、茉莉香は恐る恐る尋ねる。
黒弥撒は一瞬沈黙したが、呼吸を整え質問に答える。
「…どうする?何度も言わせるなよ。お前と莉理香ちゃんが変わるんだ。お前という主人格を心の奥底に閉じ込めて二度と出てこないようにする」
「どうしてそんなことするの?だって双子の姉妹なんでしょ?」
「僕が生み出されたのはお前に対する憎悪からだ…」
「あたしに対する憎悪?」
茉莉香は言っていることを把握出来ない。自分を憎悪しているということは黒弥撒は予め双子であるという真実を知っていたということになる。しかし、どこでそれを知ったのであろうか?
「そうだ」黒弥撒は言う。「僕らの主人格はお前のように施設に預けられた。…それも生後一年経たずにね。だからずっと施設で暮らした。物心ついたある日、主人格は施設の職員が言っていることを聞いた。つまり、自分が双子であるということだ…」
「だからあたしに恨みを持ったってこと?でもそんなことないよ。あたしはちっとも幸せじゃなかったしたくさんの嫌なことを経験した。主人格もきっと地獄を経験してきたんでしょ?だから黒弥撒という存在を生み出した。嫌なことから逃げるために…現実から逃げるために。あたしも同じだもの」
現実から己を守るために新たな人格を生み出す。それが解離性同一性障害である。患者を責めることは出来ない。患者たちは皆ギリギリの状態を生きているのだ。それこそ精神を毟り取られるような過酷な状況の中にいるケースが多い。
茉莉香が常軌を逸したネグレクト、そして性的虐待を受けていた時黒弥撒も同じような環境を経験していたのであろう。でなければ別人格を生み出すということはしない。茉莉香の場合自分を救ってくれる存在として莉理香という万能な存在を生み出した。黒弥撒の場合は違う。きっとこの世に対する憎悪が尋常ではないくらい激しかったのだろう。だから悪魔のような人格を生み出し逆にそれに乗っ取られてしまった。
「主人格はね…」莉理香が言う。「刑事や探偵に恨みを持っていた。新聞の一面を飾る人間たちだというに自分を全く救ってくれない。その時、恐らくあたしの存在を知ったの。そして激しい驚きを覚えると共に憎悪を覚えた。自分だけがこんなに苦しい目に遭っているのに双子である茉莉香は新聞に載り成功した人生を歩んでいる。そう勘違いしたのよね。マスメディアはいいところだけを切り取って放送したり掲載したりするから余計に成功の部分だけが煌びやかにそして輝いて見えた。それが黒弥撒という悪魔を生み出した発端」
それを聞いて茉莉香はグッと顎を引き締め奥歯を噛み締める。
自分の成功体験が黒弥撒という悪魔を生み出すことになってしまう。まさかそんなことになろうとは夢にも思わない。責任は自分にあるのだろうか?自分も何らかの罪に問われるのだろうか?混乱した頭はどんどん良くない考えを生み出していく。
「あ、あたしの所為ってこと?」
カラカラになった喉から搾り出すような声を出す茉莉香。それに答えたのは黒弥撒である。自分とそっくりの容姿を持つ黒弥撒。彼は一応男性人格だから若干の差はあるが、きっと本来の主人格がこの場に出てくればもっと容姿は似ているのかもしれない。
「いえ、あなたの所為じゃない。あたしの所為なのよ。同時に、この事件を引き起こしてしまったのはあたしという存在なの。だからねあたしは償わなければならない」
と、莉理香が言うと黒弥撒は
「そうだ、お前たちの所為だ。だけど、礼を言わなくちゃ駄目だ。僕はお前たちがいたから生み出された。そしてこうして主人格の代わりにこの世界に出て来られたのだから」
「主人格に会わせてよ!」
茉莉香は懇願する。
しかし、黒弥撒は首を縦に振ろうとしない。
「それは駄目だ。ここで変われば精神の奥に追いやった主人格を呼び覚ましてしまう。彼女にはずっと精神の奥にいてもらわなければならない。否、彼女がそう望んだんだ。だから僕は彼女に代わってこの世界に出ている」
「駄目だよそんなこと。どんなに苦しくても精神の奥に隠れているなんてそれはきっと何よりも辛いことだよ。あなただって知ってるでしょ?知ってるからこそ主人格を閉じ込めてるのよ。早く主人格を解放してあげてよ」
必死の説得にも黒弥撒は頑なに拒絶の意志を見せる。そんな時、横に立つ莉理香が口を開く。
「茉莉香、この悪魔に何を言っても無駄よ。でも安心して。この空間は我々の精神世界。だからこそあたしたちは二人同時にこの世界に登場できる。それはつまり、一つの可能性を示唆している」
目をぱちくりと何度も瞬きながら茉莉香は答える。
「一つの可能性って何?」
「あたしたちが同時に顕現できるのなら黒弥撒だって同じことができるって意味。いいえ、この空間のどこかに黒弥撒の主人格が隠れているに違いない」
辺り一面は白い空間である。
一見すると人が隠れるようなスペースはない。どこに隠れているのだろうか?茉莉香は必死に辺りを見渡す。何としてでも救い出してやらなければならない。姉なのか妹なのか判らない存在を…
「黒弥撒、あなたの主人格はどこにいるの?」
莉理香が強い口調で言う。しかし黒弥撒は全く答えようとしない。但し顔には脂汗が浮かび上がり莉理香の言葉を態度で肯定してしまっているように察せられる。この空間に黒弥撒の主人格がいることは間違いない。しかし、どこにいるのだろう?隠れる場所はないように見える。
「エドガー・アラン・ポーの有名な推理小説『盗まれた手紙』というものがある。大事なものは隠すよりもむしろ堂々と隠さないほうが案外見つからないものだとポーは言っているわ。それと同じ。主人格は隠されていない。きっとあたしたちの目の前にいるのよ」
と、莉理香は言い切るがどこにもいるようには見えない。白い空間に堂々といるのならば直ぐに見つかるような気がするものであるが…
「ど、どこにいるの?」
堪らず茉莉香は言う。
莉理香はほっそりとした首をコクリと動かしながら
「演繹城の全体のテーマ。それが何なのか判る?」
いきなりそう振られ茉莉香は面を食らう。テーマとはどういうことなのだろうか?テーマパークにはそれぞれ何らかのテーマがあるのかもしれない。しかし、そんなものが演繹城にあるのだろうか?いくら考えても答えは出ない。
沈黙が辺りを覆うとそれを莉理香が破る。
「演繹城のテーマというか、カラクリの根幹には『回転』ということが隠されている」
「回転?どういうこと?」
と、茉莉香が尋ねると直ぐに莉理香は言葉を継ぐ。回転という言葉を聞き黒弥撒も固唾を飲み莉理香に視線を注いだ。
「第一の殺人、ルナルナ17さんを回転するメリーゴーランドで首を切られて殺害したように見せかけた。第二の殺人、くそったれ魂さんは回転する部屋でミキサーにかけられたかのように惨殺された。第三の殺人、オール乱歩さんはぐるぐると回るような円状になった洞窟で走っている最中に氷の岩に圧殺された。第四の殺人、ムチ打ち男爵さんは螺旋状に襲う炎に焼き殺された。第五の殺人、ルールズさんはコークスクリューブローを受け殴り殺された。そして第六の殺人、六郎ピラミッドさんはくそったれ魂さんと同じ回転する部屋で殺された。すべて回転ということがキーワードになっている」
言われてみれば確かにその通りではあるが、考えすぎではないだろうか?何もそこまで回転ということに結び付けなくてもいい気がする。茫然自失と立ち尽くす茉莉香は淡々と莉理香の話を聞いている。
対面に立つ黒弥撒はどうだろう?仮面をかぶっているから判りにくいが、焦っているようにも感じられる。それは莉理香の推理を認めてしまっているかのようにも思える。百歩譲って演繹城が回転をテーマとしているとしよう。それと主人格がどう繋がってくるのであろうか?
「な、何を言ってるんだ君は?」
パクパクを打ち上げられた魚のように口を動かしながら黒弥撒は言う。流石の悪魔でも莉理香の言った推理が理解できないという体である。
莉理香は真剣な顔を崩さず冷静に言葉を放つ。
「あなたは気づかなかったのね。でも、無意識のうちにすべての殺人に回転ということを盛り込んでしまった。どうしてか判る?」
「馬鹿な!それをはこじつけだ。偶然に過ぎない。流石の莉理香ちゃんでも推理を間違えるんだな。驚いたよ」
「いいえ、間違っていないわ。一つや二つの殺人であるならば確かに偶然と言ってもいいかもしれない。でも今回の殺人は六件連続して起きた大量殺人。そのすべてに回転というキーワードが盛り込まれるのはこれはもはや偶然ではないわ。そして事件を解かれた以上あなたに存在意義はない」
「仮に回転がキーワードだったとしてもそれに何の意味があると言うんだ!」
黒弥撒は叫んだ。
白い空間に虚しく黒弥撒の声が響き渡る。声が消えるのを見計らい莉理香は言う。
「あなたはね、主人格を乗っ取ったつもりかもかもしれない。でも本当はそうではないのだとしたらどうする?」
「それこそ愚問だ。僕はこうして表の世界に出て来れる。それに自在に人格をコントロール出来るんだ。人格によって体躯まで変更させられる。これは黒弥撒という僕だから出来るんだ。主人格には絶対に出来ないはずだ」
「そうかしら?そう言いきれるの?」
黒弥撒はグッと詰まる。一〇〇%そう言いきれるわけではない。だが、確かに体を支配しているのは自分であると考えている。事実、主人格の体を乗っ取ってから主人格は表の世界に出てきていないのだから…
「そう言い切れるさ。僕は既に単なる主人格を補佐するための別人格ではない。僕こそが主人格なんだ」
きっぱりと言う。しかし、その声には若干の迷いがあり覇気が感じられない。黒弥撒は迷い始めているのである。その仕草を見逃す莉理香ではない。金属で出来たしっかりとした仮面が不気味に光って見える。特注で作らせたものだろう。
「今この空間にも主人格はいるのよ」
その台詞は黒弥撒と茉莉香を固まらせる。この空間に主人格がいる。それは本当なのだろうか?仮にいるとするならばどこにいるのか?茉莉香も黒弥撒も狂った野獣のように辺りを見渡す。しかし何も見えない。天井にも床にも側面も何もない。視界に映るのはどこまでも真っ白で煙のような空間である。とてもではないが、誰かが隠れるようなスペースはない。
乾いた笑いを浮かべる黒弥撒。しかしその笑みには力がなく精一杯強がっているようにしか見えない。既に環境は莉理香を中心にして動いている。これまで事件の主導権を握ってきた黒弥撒であったが、それはもう完全に崩れてしまう。
「莉理香?どこに主人格はいるの?」
慌てて茉莉香が尋ねる。
すると莉理香はフッと笑みを零し
「これからその証拠を見せるわ」
「証拠だと…」と、黒弥撒。
突如辺りは神聖な空気に包まれる。同時にサバンナの風のような乾いた音が聞こえ始める。
黒弥撒も当然その事実に気づいたようである。仮面をカタカタと揺らしながら辛うじて声を出す。今までの余裕ぶった声は完全に消えている。歳相応の慌てふためく声が聞える。悪魔という仮面が破れ本性が現れたのかもしれない…
「そ、そんな馬鹿な!」
黒弥撒はそう言うと莉理香と茉莉香に背を向けて音のしたほうに歩き始める。そしてゆっくりと手を伸ばす。すると、白い空間の側面に何やら黒い影がうごめいているのが判る。黒い影は白い空間を高速で回っているのである。
「あなたの主人格はずっとこの空間にいたの。メリーゴーランドで回転するようにこの空間で回転していた。そのスピードがあまりに高速だったからあたしたちは気づかなかった」
静かに莉理香が指摘する。
手を伸ばしていた黒弥撒はだらりと両手を下げ
「そ、そんな馬鹿な。嘘だろ」
と呟く。それが精一杯の言葉であるようだ。
「あなたは主人格を乗っ取ったつもりでいたけどそれは誤りだったの。すべて主人格の手のひらの上で踊らされていたに過ぎない。さぁ答えは出たわ。主人格出て来なさい!」
莉理香が叫ぶ。白い空間に彼女の言葉が反響しそれに共鳴するかのように黒い影がゆっくりと人の形を形成していく。
影は完全に人型になる。その姿を黒弥撒も茉莉香も黙って見つめている。
黒い影は黒弥撒の前で停止する。その姿を見て茉莉香は息を飲み卒倒しそうになる。なぜなら黒い影は黒弥撒と同じで仮面をつけているからだ。
それを見た莉理香はフンと鼻を鳴らした後、つかつかと黒い影の前まで進む。黒い影は微動だにしない。体が彫刻のように固まってしまったようだ。一体、莉理香は何をするのであろうか?茉莉香が目を細めて莉理香の様子を窺うと莉理香は躊躇せずに黒い影のかぶっていた仮面に手をかけた。
そして、それを勢いよく引っぺがした。黒い影は相変わらず全く動揺せずに状況を見守っている。
「あたしの姿を見るのね。莉理香」
黒い影は冷静にそう言った。同時に、その声はほとんど莉理香と同じである。
しかしそれ以上に茉莉香が驚いたのは黒い影の真の顔である。その顔はまさに…
「う、嘘でしょ」茉莉香は愕然とする。「どうしてこんなことが…」
「これで判ったでしょ。仮面をかぶっていたら絶対に何か秘密が隠されていると考えるべき。意味のない仮面は事件の中で機能しないわ。あたしはあなただけでなくすべての別人格たちが全員仮面をかぶっていた時点で何かあると察していた。あなたは真の顔を隠すためにこうして仮面をかぶっていたの。普通なら火傷とか酷い傷があるとかで仮面をかぶるだろうけどあなたは違う。それはなぜなら…」
莉理香が言う前に茉莉香が叫んだ。
「同じ顔…あたしと同じ顔だ」
それは不思議な感覚である。どうしてこんなことが起きているのだろうか?今まで生きてきて自分が双子であるとは考えたことなどない。だが、その非現実的なことが今ここで真実に変わっていく。
双子―姉なのか妹なのかそれは不明である。継父からも母親からも聞いたことのない存在。どう声をかければいいのか判らない。茉莉香はただ黒弥撒を見つめその場に固まった。
黒弥撒はというとすっかり顔を覆うのを諦めて憤怒の表情を浮かべ莉理香を睨みつけている。
「これで判ったでしょう。事件の全貌が…探偵小説のルールを定めた【ノックスの十戒】には双生児および瓜二つの他人は読者が事前にその存在を予想できる場合以外は登場させてはならないとあるわ。だけどね、あなたが双子かもしれないというのはある程度予想できたの。まず茉莉香と同じで解離性同一性障害を患っている。そして同じような虐待の背景を持っている。あなた言ったわよね?『僕たちは似ているね』と。これは双子であるとことを示唆した無意識のメッセージよ」
と、莉理香は一定のリズムを刻みながら告げる。
その言葉に茉莉香が反応する。
「で、でも、あたしにはもう何がなんやら判らないよ」
混乱する茉莉香。この状況ではそれも致し方ない。突然現れた殺人鬼、悪魔的な人間が自分の双子の姉妹だと告げられれば誰だって混乱するのは当たり前である。
「主人格はあたしに会いに来た。いいえ、茉莉香や莉理香という存在に会うためにここに呼んだといえば話は合うかもしれない。もちろん他にも確固たる目的があるのだろうけど…」
「あ、あたしに会いに来た?」
「そう、事件を解くことで、トランキライザー莉理香という人間は一躍有名になった。ニュースにも出るし新聞にも出る。もちろんインターネット上にもね。それを見た黒弥撒は直ぐに莉理香という人間と自分が双子であるということを見抜いた。だからこそ興味を抱いたのよ」
「で、でも、お母さんは何も言ってなかったわ。どうして双子であるということを隠していたんだろう?…待って、一度お母さんがあたしにやっぱり似ているわって言ったことがあったわ。これって双子を意味していたのかもしれない」
「あなたをネグレクトする母親だもの。何か重大なことを隠していたとしてもおかしくはないわ。恐らく離婚した際に黒弥撒は父親の許に茉莉香は母親の許に行き育てられた。あなたは昔から虐待されていた。だから施設に入れられて過ごした。黒弥撒も同じで父親から引き離されて生活したのよ。ただ単にその事実を母親が言わなかったというだけ。元から育てるつもりがなかったのだから…」
酷い事実だ。しかし、こういう話を聞いたことがある。双子の内一人だけを可愛がって残った一人を虐げる。茉莉香の場合両方が虐げられることになったのであるが、茉莉香は母親の許で育ち黒い影は別の環境で育った。
お互いに辛い環境であったのは想像するのに難しくない。だから黒弥撒はその環境を抜け出すために…否、逃げ出すために黒弥撒という悪魔を生み出したに違いない。
彼女もまた茉莉香のように地獄を経験していたのであろう。そう考えると突然目の前に現れた姉妹が不憫に感じられた。しかし、黒弥撒がやった陰惨な殺人はどう足掻いても許されるものではない…既に黒い影の別人格である黒弥撒は六人の人間を殺している。この罪は決して消えないのだから。
「黒弥撒の主人格ってあたしの双子の姉妹なの?」
茉莉香が驚くのも無理はない。そっくりというレベルを超えている一卵性の双子。これは最早同一人物といっても過言ではない。
莉理香の前に立つ主人格。二人の間に見えない鏡が設置されているかのようであった。それくらい二人は瓜二つである。
「あなた名前は何て言うの?」
莉理香が黒い影に向かって囁いた。
その声を聞いた黒い影は静かに口を開く。
「判ってるんじゃないの?莉理香」
声まで莉理香そっくりである。
「そうね、ここまできたら最後まで推理しなきゃ駄目ね。あなたは莉理香。つまりあたしなんでしょ?」
その言葉はどこまでも不可解である。黒弥撒の主人格が莉理香?こんな馬鹿なことがあっていいのであろうか?莉理香というのは茉莉香が生み出した別人格に過ぎないのだ。茉莉香は頭の中がパニックになる。最早殺人の事実も忘れ目の前で起きた出来事を把握するのがやっとである。
「莉理香」茉莉香は言う。「どういうことなの説明してよ」
莉理香は頷き
「そうね、実はあなたが生み出した『あたし=莉理香』という存在は実物の人物なのよ」
「実物の人物ってそんな、あたしは莉理香に会ったことがなかったのよ」
「いいえ、会ったことがあるのよ。同じ子宮を通り生まれてきたのだから。つまり、莉理香と茉莉香は双子なのよ。煩わしいからあたしのことはトランキライザー莉理香、黒弥撒の主人格である黒い影は黒弥撒莉理香と仮に名づけましょう。黒弥撒莉理香はあなたの双子の姉妹なのよ」
生き別れた双子の姉妹。
姉なのか妹なのか判らないが、確かに存在することは間違いないようである。
「どうして出てきた?」
黒弥撒が吐き捨てるように言う。その声には焦りが含まれており悪魔と呼ぶにはいささか幼稚に思える。もはや彼は悪魔とは言えない。表情は仮面によって隠されているが、動揺しきっているのは容易に推察できる。
黒弥撒莉理香は空間にいる三人をぐるっと見渡した後最後に茉莉香のほうを向く。
「あなたが茉莉香ね。まぁ新聞やニュースで見ていたから知っていたけど。それに黒弥撒、あなたの役目はこれで終わりよ。あなたの存在意義は警察や探偵を苦しめるということ。同時に事件を探偵に解かれた以上あなたの役目はもう終わりなの。判らなかったの?あなたは探偵に事件を解いてもらいたいと思っていたみたいだけど実はそれは自分の消滅を意味しているのよ。さぁさっさと消えなさい」
と、黒弥撒莉理香は冷たく言い放つ。何もかも見抜いていたかのような口調。黒弥撒は理解できないという体で唖然としていたが、やがて我を取り戻したようである。震える声で告げる。
「な、何を言ってるんだ?」
「聞えなかった?あなたの役目は終わり。今までご苦労だったわね」
「僕はこのまま生き続ける。役目が終わりなのはお前の方だろ…」
「違うわよ。あなたは復讐のために生まれまた人格。その復讐ももう終わりよ。あなたはあたしを乗っ取っていたと自覚していたみたいだけど本当はそんなことはないの。人格の中心、コアとなるのは必ず主人格なのよ。決して別人格ではない。どんなことがあってもね」
そう言うと黒弥撒莉理香は茉莉香のほうへ視線を送る。見つめられた茉莉香はどこか居心地の悪い印象を受ける。
双子の姉妹が目の前に立っている。しかし、決して感動的な再会ではない。黒弥撒莉理香は茉莉香が生み出したトランキライザー莉理香そのものなのだ。自分は無意識の内に本当の姉妹を別人格として生み出してしまっていたのである。その事実はどこまでも不可解である。
確かに一卵性の双子には不思議な点が多々ある。学力や運動能力には近いものがあるしテレパシーに近い何かを感じることもあるようだ。双子であるということを記憶してないが、遺伝子のどこかがそれを覚えていたのだろうか?でなければ説明が出来ない。
人が窮地を迎える時思い浮かべるのは誰だろうか?やはり家族ではないのだろうか?それともいるはずのない神だろうか?いずれにしても茉莉香は神を生み出しそして双子の姉妹を呼び出した。それがトランキライザー莉理香という存在。トランキライザー莉理香と黒弥撒莉理香は瓜二つである。まさしく同じだ。これはつまり二人が同じ能力を宿している可能性が高い証明ではないだろうか。
茉莉香がしばらく口を閉ざしていると黒弥撒莉理香がフッと笑みを零す。
「場所を変えましょうか茉莉香」
そう言いパチンと指を鳴らす。すると真っ白な空間に小さな黒い点が現れる。それはみるみると大きくなりやがて白い空間を完全に侵食する。
「止めろ!」
突然黒弥撒が叫ぶ。しかし、黒弥撒莉理香は対して慌てもしない。トランキライザー莉理香も冷静に事態を見守っている。
「さようなら黒弥撒、今までありがとね」




