探偵の霊魂、悪魔の代償
「霊魂が別人格か」黒弥撒は感嘆の声を挙げる。「確かにそうかもしれないね。僕ら別人格は霊的な存在だ。異能の力が宿るからね。君は推理の天才だ。間違いないよ。探偵神だ。君のような天賦の才能を持つ人格がここで消滅しちゃうのは酷くもったいないことだ。君にはぜひ生き残ってもらいたい。否、生き残るべきなんだよ」
興奮しながら言う黒弥撒。
しかし、莉理香は平坦な顔を崩さないまま
「あなた本当に耳がついてるの?それとも単に馬鹿なのかしら?あたしの言ってることを聞いてたでしょ。あたしは茉莉香を補佐する別人格、つまり異物なのよ。茉莉香は事件を経験する上で耐性がついてきた。もうあたしがいなくても大丈夫なほどね。事実、今回の陰惨な事件の半分近くを経験したというのに茉莉香は何とか耐えている。昔の茉莉香だったら考えられないことよ。つまりね。あたしの消滅は時間の問題ってこと。もう何度も言っているから判っていると思ったけど、黒弥撒、あなたって意外に鈍感なのね…」
頭から馬鹿にされた黒弥撒であったが、特に怒り出しもしない。その代わり高らかに哄笑し
「ハハハ、君らしいね。でもやはり君は生き残るべき存在だよ。茉莉香なんてゴミなんて放っておきなよ。僕が主人格を閉じ込める方法を教えてあげる。そうすれば君はずっとこの世界に出ていられるんだ。精神の世界なんていうつまらなく鬱屈した場所にいることもなくなるし消える心配だってない」
「ホントに馬鹿ね。あたしがそんな問いにはいはいと乗るわけないでしょ。あたしの役目はもしかしたらあなたと共に消滅することなのかもしれない。全身全霊をかけてあなたという存在を止めてみせる」
きっぱりと言う莉理香。彼女は一体何者なのか?容姿は中学生そのものである。しかし、茉莉香が生み出した無数の人格の中でもっとも完璧であると思える。
「それで」莉理香は黒弥撒に尋ねる。「あなたは六郎ピラミッドさんに乗り移りオール乱歩さんを殺した」
「じゃあ次の問題」黒弥撒は言う。「君が言うみたいに僕が六郎ピラミッドに変装してオール乱歩を殺したとしよう。だけど僕はいつ六郎ピラミッドに化けたというんだい?」
その問いに莉理香は答える。
「それは簡単よ。あなたが六郎ピラミッドさんに化けたのはあたしたちに個別にあてがわれた洞窟の部屋に入った時。あの時、あなたは六郎ピラミッドさんの部屋に入り彼とすり替わった。彼は気絶しやすい体質だから部屋が回転した瞬間気絶した可能性が高い。そこですり替わったのよ。もちろん後に六郎ピラミッドさんを始末する必要はあったのだろうけど」
六郎ピラミッドを始末する。莉理香は確かにそう言う。しかし、これは不穏であると思える。なぜなら六郎ピラミッドが気を失うかどうか黒弥撒には正確に把握できないからである。六郎ピラミッドが気絶したのはあくまでも結果論なのだ。彼が気を失わなければオール乱歩殺しは実現しなかったかもしれない。
当然、そのことに黒弥撒も気づいている。冷静に莉理香の言葉を聞いた後黒弥撒は告げる。
「莉理香ちゃん、六郎ピラミッドが気絶するなんてどうして判るのさ?」
「決まってるわ。事前に調べたのよ」
「事前に調べる?」
「そう。六郎ピラミッドさんは自己紹介の時、オール乱歩さんに気を失いやすいと暴露されている。彼はキャリアだから、刑事部にも長くいない。それがキャリアの宿命だもの。いい、ここに集められた人間は無作為に集められたように見せかけ実は予め決められていたのよ。黒弥撒、あなたがそう言ったのよ。そうなれば事前にあたしたちのことを調査するのは容易。あなたは六郎ピラミッドさんが事件に遭遇すると気を失いやすいということを見抜き彼をここに呼んだのよ。でなければ、いくらキャリアとはいえ経験の浅い六郎ピラミッドさんが演繹城に来るはずがないもの。それにね六郎ピラミッドさんはズタズタに切り刻まれたくそったれ魂さんの遺体を見ても気絶しなかった。恐らく本当の彼ならあの遺体を見た瞬間に気を失っていたはず。そうならなかったのは黒弥撒が化けていたからなのよ」
「…なるほどそういうわけか。それにしても六郎ピラミッドが気を失いやすいという体質を持っていることをよく覚えていたね。流石は名探偵だ。脱帽だよ」
そうは言うものの黒弥撒は全然悔しがっているようには見えない。むしろ逆に恍惚としている。莉理香の推理に聞き入っている。それはまるで有名オーケストラの音楽を生で聴いているかのようである。
「話を戻すけど」莉理香は静かに口を開く。「探偵や警察に恨みがあるのだから当然六郎ピラミッドさんを始末する必要がある。まぁ元々始末する予定だったんだろうけど。第二の洞窟であたしと六郎ピラミッドさん、ルールズさんとムチ打ち男爵さんの二手に分かれて行動した時があったわ。この時あたしから茉莉香に人格が戻ってしまったけど彼から目を離した時間があったからこの時に遺体を洞窟の中に置いたってわけ。その後茉莉香に人格が戻り彼女もズタズタになった六郎ピラミッドさんを見つけた」
「僕がしたっていう証拠はあるのかい?」
六郎ピラミッドが死んだのは事実である。
しかし、彼もくそったれ魂同様ズタズタに切り刻まれて殺されている。これはつまり彼があの回転する部屋でくそったれ魂と同じ風にして殺された証拠なのかもしれない。ルナルナ17は首を飛ばされくそったれ魂はねじ切られオール乱歩は押し潰されて殺された。ここまでの人物が皆悲惨な殺され方をしている。
「もしもあたしがもっと早く人格形態変化に気づいて入れば惨劇は止められたかもしれない」
と、莉理香が言う。
「無理だよ。探偵は事件が起きないと活躍できないからね。事件前に事件を解く探偵はいないよ。それは不可能だ」
慌てずに黒弥撒は答える。
「そうかもしれない。確かに探偵は事件が起きなければその活躍の場所がない。探偵がいるから事件がややこしくなり結果的に陰惨な事件が起こる。今回の事件だったあたしがいたからたくさんの人間たちが殺されたのよ。となるとやはりあたしのような探偵は必要ないのかもしれない」
「嘆くねぇ。僕が六郎ピラミッドに化けたとするといつ六郎ピラミッドを殺したっていうのさ」
「六郎ピラミッドさんは恐らく早い段階で殺害されたの。確か、彼が登場したのはルナルナ17さんの遺体が発見された地下に潜るメリーゴーランドに乗った後だった。そして地下のホールで個別の部屋が用意された時、彼はくそったれ魂さんの隣の部屋にいたわ。つまり、六郎ピラミッドさんの部屋もくそったれ魂さんの部屋同様の仕掛けがあったと推測できる。だからくそったれ魂さんが殺された時、同時に六郎ピラミッドさんも殺されていたの。茉莉香はルールズさんがもしかすると早い段階で六郎ピラミッドさんが殺されたかもしれないと推理したと言っていたわ。つまり個別の部屋に入った段階で殺されたのよ。そしてその後六郎ピラミッドさんの姿をしていたのは黒弥撒あなただったの。事実、くそったれ魂さんが殺されてから黒弥撒はあたしたちの前に登場していない。これは六郎ピラミッドさんに変装しているから登場できなかったのよ」
莉理香の説明に茉莉香は恐怖を覚える。
茉莉香が六郎ピラミッドだと思っていた人物はずっと黒弥撒であったという推理なのだから。同時に六郎ピラミッドはその時すでに殺されていた。茉莉香と六郎ピラミッドはほとんど交流がないが、それでも殺されてしまうのは悲しい。
「六郎ピラミッドが早い段階で殺されていたか…なるほど、面白い推理だ。事実、僕は六郎ピラミッドに化けていたし君の言う推理も否定はできない。しかし本当にすごい探偵だ」
「あなたが感じている探偵や刑事への恨みはそれほどまでに深いということ。だからこそここに呼んだ人間は惨殺された」
「なるほどね。六郎ピラミッドの遺体もズタズタだったからね」
「彼が早い段階で死んでいたと裏付ける情報があるわ。それはルールズさんやあたしが彼の遺体に触った時既に死後硬直が始まっていたと言うことよ。六郎ピラミッドさんはギリギリまであたしと一緒にいたからあたしが目を離した時に殺害されたとすると死後硬直が起こるハズがない。だからくそったれ魂さんと同じ時に殺されたのよ」
「ふ〜ん。でもさ、僕が六郎ピラミッドさんに化けていたのなら黒弥撒である僕と六郎ピラミッドさんに化けた僕は同時に現れられないよね。でも君たちは洞窟内で黒弥撒と六郎ピラミッドさんの両方を同時に見ている。これはどう説明するの?」
「いえ、正確に言うと黒弥撒と六郎ピラミッドさんは一緒に登場していない。一緒に登場したのは六郎ピラミッドさんがまだ生きている洞窟の部屋に入る前の時間だけ。あたしたちがくそったれ魂さんが殺害された後黒弥撒に会った時、六郎ピラミッドさんはいなかった。洞窟内でトイレを探していてはぐれたと言う話だったわ。だからあの時間帯あなたは六郎ピラミッドさんに化けるのではなく黒弥撒としてあたしたちに接触したの。同時に、あたしたちの前に姿を現した後、一旦消えて六郎ピラミッドさんに化け直したのよ。黒弥撒はマントを着ているから服装を隠すのは簡単よね」
「彼の服はどうするのさ?」
「洞窟の部屋に入った時、気絶した六郎ピラミッドさんから着ていた服を奪った。だから六郎ピラミッドさんの遺体が発見された時彼は下着姿だったのよ。それはあなたが服を着ていたからね」
「へぇ、そこまで判るとはね。やっぱり凄いなぁ。莉理香ちゃんは」
茉莉香は莉理香の推理を聞いていてどんどんと背筋が凍りついていく。黒弥撒という人間はどこまで悪魔的なのだろうか?人を人だと思っていない。いくら刑事や探偵に激しい憎悪を抱いていたとしてもここまでの殺し方が出来るのであろうか?茉莉香は首を左右に振る。
彼女は小さい頃から虐待を受けている。それでも母親は好きだったし離れられなかった。継父は嫌いだったしこの先も好きにならないであろうが、惨殺しようとは思わなかった。殺したいといよりも死んでほしいという気持ちが強い。同時に死んでくれるのなら別にどんな死に方であっても構わない。
特殊な積年の恨みを晴らすような惨殺なんてしなくてもいいし推理小説のような首切りでなくてもいい。ただ自然に死んでくれればそれでいいのである。しかし黒弥撒はそうは考えなかった。ただ殺すだけではもの足りず人をそこらへんに落ちている石ころと同じように平然と殺す。
「これがオール乱歩さんと六郎ピラミッドさん殺しの真相」
と、莉理香は仔細ありげな表情で言う。
対する黒弥撒はじっと莉理香の言葉を聞きゆっくりと頷く。
「やっぱり君は凄い、天才だよ。ここまでぴったりと真相を突きつけられると悔しいという気持ちさえ起きない。むしろ清々しいという感じだよ」
「残された人物は茉莉香、ルールズさん、ムチ打ち男爵さんの三人。この内、ルールズさんとムチ打ち男爵さんは演繹城の捜索中にあなたに捕まってしまった。そしてまずムチ打ち男爵さんが無残にも殺されることになってしまう」
ムチ打ち男爵の死。その記憶が茉莉香の脳内に映画のように映像として流れる。茉莉香は彼を救えなかった。その重さが尋常ではないくらい大きなものになり茉莉香の心を覆う。彼を殺したのは実は自分なのではないか?そうとさえ思えてくる。
思い出したくない映像がどんどん湧き出てくる。時計仕掛けのオレンジの主人公が狂気を矯正するために実験にかけられ映像を見せられたかのように…
「黒弥撒、あなたは茉莉香にこう言ったそうね。ルールズさんとムチ打ち男爵さんの二人を捕まえてこの内一人しか助けられないと。残酷なこと。中学生の茉莉香にこのような選択をさせるなんて信じられないわ」
天敵を睨むように莉理香は言う。黒弥撒はというと特に何も変わらない。ただ莉理香と茉莉香のことを交互に見比べどう答えようか考え込んでいる。
「人は生きていく上で色んな選択を迫られる。何も特殊なことではないよ」
泰然と黒弥撒は言う。
それを受けて莉理香が答える。
「戯言は十分。とにかくあなたはムチ打ち男爵さんを殺すことに決めていた。いいえ、ムチ打ち男爵さんの殺害は予め決められていた。茉莉香であろうとあたしであろうとあの極限の状態の中生存者を一人決めろと言われても決められるわけがない。必ず黙り込む。その内時間が過ぎ選択権は奪われる。あなたはそう考えていたの。つまり、ムチ打ち男爵さんが殺されるのは最初から決まっていたということになる。彼は突如現れた業火によって焼かれた。残酷にも茉莉香の目の前で」
莉理香はそこまで言うと言葉を切る。空間内は完全に凍りつき死のように静まり返っている。一体、いつまでこんな悪夢が続くのであろうか?
それは圧倒的な沈黙である。その中をたおやかに流れる莉理香の推理。茉莉香は推理をじっと聞き莉理香の次の言葉を待っている。着実に一歩一歩真相に近づいていく。同時に莉理香との別れの時も近い。推理が終わり事件を解決すれば莉理香は消えるのだろう。一旦消えた人格とは二度と会えない。
それは経験上茉莉香であっても容易に推測出来る。今までの人格で一度消えた者ともう一度会うということはなかったのだから。文字通り煙のように消えてしまうのである。
「茉莉香」
と、莉理香が言う。綺麗な声。
自分の声とは違うと茉莉香は思う。そして
「何?」
「ムチ打ち男爵さんとルールズさん。二人の内一人しか救えないと言われてあなたは困ったはず。それはどうして?」
「そ、そんなの当たり前じゃない。どっちも助けたい。選べるわけないよ」
「そうね。それが正解。あたしだってそう。二人の内一人しか助けられないのだとしたら言葉に詰まってしまう。解答なんて見つからない。きっとあなたと同じで二人とも助けられなかった」
莉理香は悩ましげな表情で告げる。
流石の莉理香であっても二人を救えない。それは当たり前のことだ。人間としてまともなら誰だってあの状況では躊躇するはずである。
「まぁ仮にどちらかを選んだとしても結局は難癖つけてムチ打ち男爵さんを焼き殺しその後でルールズさんを殺すつもりだったでしょうけど」
「そ、そんな!どうしてそんなに酷いことが出来るのよ」
茉莉香は堪らず叫んだ。感情が爆発しそうだ。これ以上この空間にはいたくなかった。だけどそれは出来ない。この精神空間から出るすべを茉莉香は知らない。恐らく莉理香だって知らないだろう。
恐らく答えを知っているであろう黒弥撒は腕を組みながら余裕の態度で莉理香を見つめている。彼に救いを求めても無駄だ。彼奴は完全に狂っている。それは茉莉香であっても判る。
空間全体は白く煌くような世界で三人のほかに何もない。ここは本当に地球上の世界なのかと思いたくなる。
しばしの沈黙が流れた後莉理香が口を開く。
「ムチ打ち男爵さんは炎で焼かれることになったのよね?」
「う、うん、そうだけど。十字架が高速で回転していきなり炎に包まれたの」
と、茉莉香は答える。
そう、あの時ムチ打ち男爵は地獄の業火に焼かれたのだ。不可解なことは多い。どうして火が熾ったのかも謎であるし炎が生きているかのように螺旋状にムチ打ち男爵を包んだのだ。
「ムチ打ち男爵さんは炎で焼かれることになった。そして不可解な火の回り方。それが意味していることは黒弥撒が人工的に火を熾しムチ打ち男爵さんを焼いたのよ」
「ど、どうしてそんなことを…」
「動物のように丸焼きにしたのね。無残にも…ムチ打ち男爵さんの体や磔にしていた十字架には予め火が回りやすいように細工されていたと考えられる。だから火の回りが速くあっという間に彼は焼き殺されることになった。茉莉香、ムチ打ち男爵さんの解決してきた事件って知ってる?」
「ええと、確か放火を中心に事件を解決しているって言ってた気がするけど」
最初の自己紹介の時の記憶を巻き戻す。確かにムチ打ち男爵は放火事件を中心に探偵業を営んでいると言っていたはずである。茉莉香自身の記憶も莉理香の推理を聞くにつれて徐々にクリアになっていく。
対する莉理香はその答えを最初から知っていると言わんばかりに柔和な笑みを零し
「そう、よく覚えていたわね。ムチ打ち男爵さんは放火事件を中心に事件を解決していたのよ」
「うん、確かにそう言っていたよ。ムチ打ち男爵さんは放火魔を中心にそしてルールズさんは暴力事件や喧嘩事件を解決しているって言ってたわ。それってつまり」
鈍い茉莉香でも何となく莉理香の言いたいことが判ったようである。もちろん莉理香はそれを察している。だからこのようにして茉莉香に質問を飛ばしたのだ。
「その通り、ムチ打ち男爵さんは放火事件を中心に捜査に協力していた。だから炎で殺された。見立ての殺人みたいな感じね。それにあなたは十字架が高速に回って炎に包まれたと言ったわね?」
「うん、言ったけど」
「恐らくだけどまいぎり式の火熾しの原理でムチ打ち男爵さんは焼き殺された」
「まいぎり式の火熾しって何?」
「簡単に言うと原始人が火を熾すために使っていた道具。十字架のような形をしていて先端が細くなっているの。それを擦って火を熾すって道具よ。ムチ打ち男爵さんたちが磔られていた十字架は巨大なまいぎり式の火熾し器なのよ。同時にガソリンの匂いがしたのはこの十字架に塗布されていて火力を一気に引き上げるためだと推察できるわ」
茉莉香は唖然としていた。まいぎり式の火熾し器はなんとなく想像できたが、実際にそれを巨大化させて人を焼くなんて正気の沙汰とは思えない。
「今回の事件はね、すべての探偵が自分の得意な推理によって殺害されている。見立て殺人とも言えるわ。否、それに無理矢理絡めていると言っても過言ではない。だからムチ打ち男爵さんは炎に焼かれルールズさんは新たに現れた暴力神的な人格に殴り殺されることになったのよ」
「で、でもオール乱歩さんは?オール乱歩さんはどうしてなの?」
「オール乱歩さんは刑事。恐らく多くの事件を経験している。だからこれといった殺害方法はなかった。それでも警察はよく圧力をかけるわ。それにかけて圧死という死に方を選んだのかもしれない。そして六郎ピラミッドさんはキャリアという特性上権力を持つ存在。だからこそその権力ごとズタズタに切り裂いてしまったのよ。これはあたしの推測なんだけど。このように首尾よくムチ打ち男爵さんとルールズさんを殺害することに成功したってわけ。そして残されたのが茉莉香。あなたよ」
茉莉香は震える。心を冷たい手で鷲掴みにされているような感覚である。自分は殺されるのだろうか?莉理香の得意な推理とは何だろう?彼女はオールラウンダーな探偵である。馬に乗れるかは判らないが、物理トリックも放火も暴力も圧死体であっても解けるだろう。それくらい凄い探偵なのだ。
今回のようなほとんどを想像に頼るしかない絶望的な事件であってもここまで紐解いていけるのである。とにかく莉理香は一つのきっかけをこじ開ける力に優れている。どんなに微細な穴でもそこを掘り答えに辿り着ける。同時にそれこそが莉理香の超絶推理なのである。
その稀有な力は莉理香だから得られたのだろう。本当に自分が生み出した人格なのか?そして本当に消えるべき存在なのか?茉莉香は判らなくなる。どう考えても自分のようなどんくさい人間よりも生きていて社会のためになるのは莉理香である。
探偵の発生により事件は増加傾向にあったが、その増加した犯罪を莉理香は解いてきたのだから…それに比べて茉莉香は何もしていない。事件が起きればすべてを莉理香に任せて自分は殻に閉じこもっていた。全部莉理香がやってくれると安心していたからだ。
よく考えれば自分が今まで何かをしてきたということはないように思える。人格を生み出すことを覚えた茉莉香は嫌なことがあればそれを別人格に任せていたのである。つまり逃げていたのだ。自分から立ち向かおうとしなかった。
とはいうものの茉莉香を責められないだろう。彼女の経験したのは普通の子供が経験するようなことではない。無論、大人であっても。それくらいの地獄を経験してきたのである。誰であっても逃げたくなるはずだ。
だが、茉莉香はそうは考えない。生き残るべきは莉理香なのではないか?その思いがぐるぐると茉莉香を取り囲み始める。
そんな時莉理香が言う。
「これであたしの役目は終わり。今回の事件は探偵や刑事に対する怨恨が生んだ殺人事件。随分と手の込んだ事件だけどこれが事件の全貌よ」
その言葉を聞いた黒弥撒は腕を組むのを止め大きな伸びをする。
「流石は莉理香ちゃんだ。ここまでの推理が出来るとは思わなかったよ。君をテレビや新聞で見た時、僕は直ぐに君が同類だということを見抜いた。だから君の力を試したかった。君は僕の思いに見事応えてくれた」
「戯言はいいわ。さっさと消えなさい。そして主人格を返しなさい。事件が解かれた今、あなたの存在価値はないわ」
「僕の存在価値がない?何を言っているんだよ。僕はこれからも生き続ける」
「あなたの主人格は刑事や探偵に対する怨恨から黒弥撒という悪魔を生み出したの。でも、それが解決され目的を果たした今あなたの存在価値はなくなるわ」
「まださ、君がいる。天才探偵莉理香という人間がね」
「残念ね。あたしはもう直ぐ消える。あたしが消えれば天才探偵という存在もなくなる。つまり、あなたの存在意義はなくなるということ」
莉理香は淡々と語る。もう直ぐ自分が消えるというのにその恐怖は微塵も感じられない。恐らく覚悟が出来ているのであろう。別れの時は近い。
「僕は消滅しないよ…君は何を言っているんだ?」
黒弥撒は莉理香の言っていることが理解できないようである。辺り一面が白い空間の中で三人はいつまでこうして話し合っているのだろうか?ここから出られないのか?茉莉香は静かに黒弥撒と莉理香を見ている。
「消滅するわよ」莉理香は言う。「あたしには判ったの」
「判った?何が判ったって言うんだよ?」
「つまり、あなたが生まれた背景のことよ」
莉理香が言うと黒弥撒は口を噤み何やら思い返しているようである。彼女の言う通り黒弥撒には生まれてくるきっかけがあったはずである。茉莉香が殺人事件に遭遇し莉理香という特殊な人格を生み出したように…そんな理由があるはずなのだ。しかし、その理由とは何なのか?現段階の茉莉香はさっぱり不明である。
「黒弥撒、あなたが生まれることになった背景にはあたしという存在がある」
「君が僕に関係あるというのかい?」
今まで飄々としていた黒弥撒であったが、図星を突かれたかように声に焦りが出てくる。当然、莉理香はそれに気づく。
しかし、黒弥撒の発生に莉理香が関わっているとはどういうことなのだろうか?確かに黒弥撒は刑事や探偵に恨みを持っている。それは間違いないであろう。でなければこのような殺人事件を起こすわけがない。でも、逆にこうは考えられないだろうか?刑事や探偵に恨みを持っているからこそ黒弥撒は永遠に生き続けることが出来ると…
「いい?」莉理香は言う。「あなたの存在意義は探偵や刑事に対する恨み。だからこうして生き永らえるの。それも主人格を乗っ取ってまで。確かに探偵ブームの今あたしたちがこうしている間にも新しい探偵が生まれている。つまり、あなたの存在意義である探偵が次から次へと湧き出ているということ。そうなればあなたは消えないわ。あたしもそう。あたしは事件を引き寄せる体質がある。それがどうしてなのか今まで判らなかった」
と、莉理香が言うと覆いかぶさるように黒弥撒が口を挟んだ。
「今ならその理由が判るっていうのかい?」
「そう、判るわ。あたしが茉莉香の中で存在し続けるためには事件が必要。だから事件を引き寄せてしまうの。餌みたいなものね。だけどそれも今日で終わりにしたい。やはりあたしやあなたのような存在はあってはいけないのよ」
「…あってはいけないか。君はどうしても消えるつもりらしいね」
そう、莉理香の覚悟は固い。この先も決して曲がらないだろう。十五歳という若年にも関わらずここまで己の決定を貫ける。それは凄いと同時に恐怖でもある。
「あたしは消えるわ。そしてあなたも消える。それで今回の事件は終わり。すべて丸く収まるわ。そしてそれが今回の事件を引き起こしてしまったあたしの償いなの。探偵が最後に犯人を殺すというあり得ない形で今回の事件の幕は閉じるわ」
「僕は消えないよ。このまま生き続ける。君の言う通り探偵や刑事たちがいる間は生き続けられるんだ。君が事件を惹きつけるように僕は探偵や刑事を生み出し続ける。それが僕らなんだ」
と、黒弥撒が言う。仮面越しの表情は全く判らないが、どこかこう焦りの旋律を感じさせる。




