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トランキライザー莉理香 最後の事件ー演繹城の殺人ー  作者: Futahiro Tada


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16/22

魂の選定 ―選ばれるのは、どちらか―


     †


「流石だね…」

 不意に声が聞える。その声は間違いなく黒弥撒である。黒弥撒がどこかにいるのだ。莉理香も茉莉香も懸命に目を凝らし辺りを見渡し始める。丁度、光の中心が窪んでいるように見える。煌々と照らされた光の中に一人の人物が立っているのが見える。

 その姿は茉莉香や莉理香と同じで何も着ていない。生まれたままの姿である。しかし、不思議なことにどこにも恥ずかしさやいやらしさが感じられない。どこまでも不穏な人物であった。黒弥撒は光の中心から動き始めゆっくりと茉莉香と莉理香の許まで足を運ぶ。

「初めましてじゃないよね。久しぶりって感じかな。まぁ久しぶりというほど時間は経っていないんだけど一時間ぶりくらいだしね。でも、流石は莉理香ちゃんだね。あれだけ僅かなヒントの中でこうして僕の存在を当てちゃうんだから。伊達に天才探偵を名乗ってるわけじゃないんだ。よかった安心したよ」

「あなた、自分が何をしてるのか判ってるの?」

 莉理香は黒弥撒を睨みつけながらそう言い放つ。対する黒弥撒は決して大勢を崩さない。腕を組んだまま莉理香の視線を受け止めている。

「僕は探偵や刑事たちに裁きを与える天使みたいな存在さ。だから何をしても許されるってわけ。でも僕の力を見抜いたっていうのは流石かな」

 クスリと黒弥撒は笑う。仮面をかぶっているので黒弥撒の表情は判らないが、余裕が感じられる。いくらここで睨みつけたところで何も変わらないであろう。そう察した莉理香は次のように言う。

「天使とは思えないわ。天使はむしろ人を救う存在だしね。でもあなたは人を救うどころか無残にも殺害している。こんな馬鹿な天使はいないわ。いるとしたら堕天使。あなたは堕落した天使…いいえ、やはり悪魔よ。一体何が目的なのよ?」

「僕の目的か。それはほとんどもう果たされたよ。何度も言ってるから判ると思うけど」

 それはつまり刑事や探偵を皆殺しにするということだろうか?恐るべき陰謀。莉理香は奥歯を強くかみ締めながら悔しそうな表情を浮かべ

「あなたのその陰謀によって数多くの尊い命が失われた。あなたにはその罪を償わなければならない義務がある。さっさとその妙な仮面を取って御縄につきなさい。そして自らの死によって罪を償うの。それがあなたには相応しい」

「死によってか。それってつまり死刑ってことだよね。確かに日本では死刑はあるけど僕を法律で裁けるのかな?何しろ僕は年齢的に死刑にはならない。それに解離性同一性障害という病を患っている。その人間が何を犯したところで罪に問われることはないよ」

「馬鹿なこと言わないで。これだけの大罪を犯したのだから何も罪に問われないなんてことにはならない。キチンと罪を償うためにあなたはしかるべき場所に行かなくちゃ駄目よ」

「しかるべき場所。それってつまり少年院ってことだよね。それはないよ。僕の行く先は精々精神病院の閉鎖病棟。閉鎖病棟くらい知ってるだろ」

 莉理香より先に茉莉香が深く頷く。解離性同一性障害と診断された時、茉莉香は市の養護施設にいたが、そのまま精神病院へと入院になった。それからおよそ半年間、茉莉香は閉鎖病棟に入ったのである。鉄格子までとはいかないが、鍵つきの一人部屋で生活したのである。毎日同じ時間に注射をし食事を食べるだけの生活。それは人間が通常送る生活とはかなりかけ離れていた。

 何度も同じ天井を見て目覚めた。家庭内も学校も施設内も最悪だったが、閉鎖病棟も十分最悪だった。茉莉香の中で思い出したくない記憶の一つである。

「黒弥撒」茉莉香は言う。「あなたは閉鎖病棟にいたことあるの?」

「さぁ、僕はないよ。否、正確にいうと僕という体は閉鎖病棟にいたことがある。だけど、僕という人格はそんな場所にいたことはない」

「そう、それよりも早くここを出してよ。頭がおかしくなりそう」

 しかし、黒弥撒は言うことを聞こうとしない。むしろ邪険に扱う。黒弥撒は茉莉香に対していい印象を持っていないようである。しかし莉理香に対しては好意的だ。なぜ同じ人間なのに人格によって差別するのであろうか。

「そういえばさ」黒弥撒は言う。「莉理香ちゃんってもうすぐ消えちゃうみたいだけど本当にそれでいいの?」

 意外な言葉に莉理香は面を食らう。自分という存在が消える。これは間違いない。時間の問題であろう。しかし、そこから脱却する唯一の手段を莉理香は知っていた。決して茉莉香の前では口を開かなかったが…恐らく、黒弥撒もその方法を知っているのだろう。だから今ここでそんなことを言うのである。

「黒弥撒、あなたは主人格ではないわね。別人格。でも主人格を乗っ取ってしまった。きっと主人格は己の心の中に閉じ込められている。故に、あなたはこうして主人格の代わりに現実世界に出ている」

 莉理香が言うと黒弥撒は手を叩き小さく拍手を始める。

「流石莉理香ちゃんだな。そこに突っ立ってるゴミとは違うね。やはり君が主人格の代わりになったほうがいいよ。というよりもね、僕はその方法を教えてあげようと思ってここに来たんだよ。君にとって僕はまさに救世主。天使というよりも神に近い存在かな。茉莉香を精神的に抹殺すればすべての目的は達成される」

 完全にトチ狂っている。自分のことを神と言う時点でアウトである。莉理香はこれ以上ないくらい瞳を燃え上がらせ黒弥撒を刺すように見つめる。茉莉香だけが一人蚊帳の外で二人の様子を見守る。先ほど、自分がゴミと言われたことはショックだったのではあるが、茉莉香も馬鹿ではない。少しずつではあるが状況が判ってくる。今、目の前にいる黒弥撒は主人格ではないのである。莉理香が推理したように主人格は心の閉鎖病棟に隔離されているのだ。閉じ込められていると言っても過言ではない。同時にそれは一つの可能性を示唆している。黒弥撒もぼそりと告げたように茉莉香の代わりに莉理香が表の世界に出てくることが出来るのだ。茉莉香という人格を心の中に幽閉することで…

 茉莉香は考えを凝らす。今まで生きてきて一番考えたかもしれない。もう直ぐ莉理香は消えてしまう。莉理香がそう言うのだから間違いないだろうし何よりも感覚的に自分でもそう察している。莉理香が消えてしまうのは茉莉香にとっても辛い。無二の親友以上にそして家族の絆以上に莉理香とは強い繋がりがあるのだ。

 その繋がりが絶たれてしまう。それは恐怖以外何者でもない。これから何を頼りに生きていけばいいのか判らなくなる。それを回避する方法がたった一つある。それが前述した莉理香を主人格代わりにして表の世界に顕現させるということだ。そうすれば莉理香はこの世界で生き続けられる。

 莉理香と茉莉香。どちらが優秀か?比べるまでもなく莉理香である。動物の世界は弱肉強食だ。強いものしか生き残れない。人間の世界でもそれに当てはまる部分はたくさんある。だとしたら生き残るべき人間は莉理香なのではないか?茉莉香はそんな風に考え莉理香のほうを見つめる。

 察しのいい莉理香は茉莉香に対し首を左右に振る。茉莉香の考えなどお見通しである。

「茉莉香、あなたは余計なことを考えなくてもいいの。生き残るのはあたしではなく茉莉香、あなたなのよ。茉莉香という存在が唯一この世に生を受けた正規の存在。あたしはその補助に過ぎない。だから消えるべき存在はあたしなの。あなたが生き残るの。それだけを考えなさい」

「で、でも」茉莉香の瞳から涙が零れる。「あたしはやっぱり莉理香を失いたくない。絶対に失いたくないよ!」

 その言葉に莉理香は哀愁を帯びた顔を浮かべる。普段は冷静沈着な莉理香であるが、やはり消えたくはないのであろう。そんな気がする。いくら表面上は取り繕い強がって見せたとしても莉理香は茉莉香と同じ十五歳の少女なのである。そんな少女が自分の存在が消えるということに耐えられるわけがない。茉莉香はなんとなくそう思っている。

 茉莉香と莉理香はお互いを見つめ合う。そこに言葉はない。ただ単にじっと見つめ合うだけである。切れ長の瞳と垂れている瞳が交錯する。なんとなく居心地の悪い空気が感じられる。何を話せばいいのだろうか?茉莉香には判らなかった。莉理香には消えてもらいたくない。その気持ちはヒシヒシと心の中で渦巻いている。

 しかし、莉理香は決して納得しないだろう。意志の強い少女なのだ。自分がこうだと決めたら梃子でも動かない。恐らく、莉理香は自分が消えるということを納得している。否、受け入れているのだ。若干十五歳の少女であるにもかかわらず莉理香は消えるということを完全に受け入れている。

 果たして怖くはないのだろうか?自分だったら恐怖で押しつぶされてしまうだろう。茉莉香はそう感じた。消えるとはどういうことなのだろうか?それは死ぬということか?人は皆いつか死ぬが、消えるということはない。死んだとしてもその存在の跡は後にも残る。

 だけど、消えたらどうなるのだろう?イシュタルもヘルメスもその他の人格たちも皆消えてしまった。それを知っているのは茉莉香と通っている精神科の先生しかいない。先生でも知らない人格はいる。自分しか知らない人格はいるのだ。消えてしまったら二度と出て来ない。少なくとも茉莉香は一度消えた人格を再び生み出したということはなかった。

 つまり、消えたらそれっきりなのだ。別れの時間は近い。莉理香が何を考えているのか判らないが、依然として黒弥撒のことを非難するように睨み付けている。そんな中、莉理香は口を開く。


「黒弥撒、どうしたらここから出してくれるの?」すると黒弥撒は「ここから出たいの?でもどっちが出るのさ?茉莉香が出るの?それとも莉理香ちゃんが出るの?」「茉莉香が出るに決まってる。あたしはここでその存在の義務を終えるんだから」「なんだか難しいことを言うね。君だって本当は消えたくないはずだよ。消えちゃ駄目だと思う。少なくとも君は優秀だ。茉莉香なんていう何も出来ないメンヘラよりも格段にね。なら君が表の世界に出ればいいじゃない。そうすれば楽しいよ。僕はそう思う」「あなたの言うことは聞かないわ。それに主人格を閉じ込めて別人格であるあなたが出てくる時点で終わってる。本来、消えるべき存在はあなたなのだから。あたしに課せられた最後の使命はこの事件を解きあなたから主人格を取り戻すことなのかもしれない」と、莉理香はきっぱりと言う。主人格を取り戻す。元をたどれば莉理香と黒弥撒は何の関係もない。ただの別人格である。同じ点を言えば二人とも主人格の窮地を救うために生み出された人格ということである。決して主人格ではない補佐的な人格。だからこそ黒弥撒は莉理香に惹かれたのかもしれない。「僕を消し去るつもりかい?」と、黒弥撒。それを受け莉理香は真剣な眼差しで「そう。消し去るつもり。覚悟は出来てる?」すると、黒弥撒は高らかに笑う。狭い空間に黒弥撒の笑い声がこだまする。一体何がおかしいのだろうか?莉理香は決しておかしなことを言っていない。にもかかわらず黒弥撒は笑い続ける。不気味な笑い声。それは悪魔と形容してもあながち間違いではない。「僕を消し去るなんて無理だ。僕が新しい主人格なんだ。僕はこれからも生き続ける」「あなた最悪ね…」と、莉理香は呟く。仮に黒弥撒を滅ぼすことに成功したとしても黒弥撒という人格が犯した罪は消えない。つまり、何も知らない主人格であっても何らかの罪に問われるということになるだろう。これだけの大罪を犯しておいて何もならないということにはならない。恐らく精神鑑定の結果、責任能力の欠如というのは導き出されるであろうが、その先の未来はどこまでも暗い。もう光り輝かないかもしれない。悪魔という存在を生み出した黒弥撒の主人格。名前すら知らない。一体どんな人間なのだろうか?会ってみたい。莉理香も茉莉香もそんな風に考えている。「黒弥撒…」莉理香は言う。「あたしが事件を解決したらここから出してくれる?」「今までの殺人を君が推理するということか。それは別に構わないけど本当に判るのかい?今回の事件はいくら莉理香ちゃんでも荷が重過ぎると思うけど…」「事件を解くことがあたしの存在意義。そして茉莉香を救うこともね」「余程自信があるみたいだね。話してごらんよ。聞いてあげるから」意外な方向に話が転がる。莉理香はどこまで事件について知っているのであろうか?黒弥撒と会うまでは記憶が飛び飛びで想像で推理を組み立てるしかないと言っていたはずである。今回の事件、莉理香は半分ほどしか関わっていない。つまり、すべてを知らないのである。探偵の推理はすべてを客観的見て必要な情報を手に入れなければ展開出来ない。なのに、莉理香は推理をしようとしている。それは何故なのか?決まってる。茉莉香を救うためであろう。自らの最後の時間を使い莉理香は茉莉香を救うための推理を始める。それは文字通り最後の超絶推理だった。

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