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トランキライザー莉理香 最後の事件ー演繹城の殺人ー  作者: Futahiro Tada


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13/22

生存の条件


「許さない…」と、茉莉香は静かに言う。すると、その言葉を聞いていた黒弥撒が答える。「許さないって誰を?」「決まってるでしょ。あなたを許さないって言ったの。罪のない人をたくさん殺してあなたみたいな人は生きている価値がない。死んで償うしかないわ」「だけど、どうやって私を殺すの?さっきあなたは私に襲い掛かったけれどあっさりとやられちゃったじゃない。それだけ私とあなたの間には戦闘力の差がある。決してその差は埋まらないわ」「何が目的なの?どうして人を殺すの?」黒弥撒は一呼吸置く。相変わらずホール内には焼け焦げた臭いが充満している。耐え難いというわけではないが、一々鼻腔を刺激する。「私の目的ねぇ。それは簡単よ。探偵や刑事に対し復讐をするってこと」それを受け茉莉香は答える。「復讐?探偵や刑事に恨みを持ってるってこと?」「簡単に言えばそういうこと。まぁ私自身はそれほど恨みを持ってるわけじゃないけどね。だけど、まぁ憎いって言えば憎いかな。他の黒弥撒もそう思ってると思うけど。だからここに著名な探偵を集めて皆殺しにすることに決めたのよ…」「探偵を呼ぶ理由は判ったわ。皆全国各地で有名な探偵だもの。今回呼ばれた探偵たちは全国で五本の指に入る探偵。だけど警察はどうなの?呼ばれたのはオール乱歩さんと六郎ピラミッドさん。どちらも普通の刑事さんよ。他に選ばれるべき刑事さんはいると思うけど…」状況は混乱していたが、頭の中は妙にすっきりしている。不可思議なことはたくさんある。茉莉香が尋ねると黒弥撒は直ぐに答える。「東京で起きた事件だからね。警視庁の刑事部が呼ばれるのは判るわ。その中でいつもあなたにくっついている刑事を代表して呼ぶことにしたのよ。よく新聞やニュースで取り上げられるから知ってるわ。六郎ピラミッドっていう刑事はキャリアだからその内いなくなるだろうけどオール乱歩はあなたと組んで事件を解決したおかげでここ数年で急に躍進した刑事なのよ。ノンキャリアとしては異例の出世をしているわ。だからここに呼ばれた。まぁ彼は今まで運がよかったのだから殺されることになっても文句は言えないわね」いつも一緒にいたオール乱歩は無残にも死んでしまった。巨大な氷の岩に押し潰されて殺されたのである。そんな惨いことをする黒弥撒。やはりこの狂人であり悪鬼である黒弥撒はここで止めなければならない。放っておけばこの先どんなことが起こるか知れたものではない。彼女はここに呼んだ人間たちを皆殺しにすると言っていた。となると、現段階で生き残っている茉莉香、ルールズ、両名もいずれは殺されてしまうのであろうか?「あなた狂ってる。自分の欲望のために人を殺していいわけないじゃないの」と、茉莉香が悲痛な表情で告げると黒弥撒はクククと笑いながら「そうかしら?まぁ私にはよく判らないわ。他の黒弥撒に聞いて欲しいってだけ」「黒弥撒は何人いるの?」「さぁ、私にも把握できないわ。きっとかなりの人数がいると思うけど誰が本物の黒弥撒なのかよく判らないのよ」よく判らないのに殺人を犯すことに加担しているのか?それは恐ろしい。新興宗教よりも性質が悪い。茉莉香は唇をかみ締める。「もう帰るって言っても無駄なんでしょ?」諦めきった声で茉莉香は尋ねる。黒弥撒は腰に手を当てながら「そうね、逃げられない。この演繹城というテーマパークもあなたたちを呼び寄せるために造ったものだもの。あなたたち全員が死ぬと共に崩壊するのよ。だからこの先テーマパークとして利用出来るとか出来ないとか建設費にいくら掛かったとかそういうことはどうでもいいらしいわ。まぁ詳しくは知らないけどね…それじゃ私はそろそろ行くわ。あまり長居出来ないからね。それに私も目標は達成した。莉理香ちゃん、また機会があれば会いましょ」「茉莉香…あたしは莉理香じゃない」「そう、今は茉莉香っていうのね。でも莉理香ちゃんじゃなくて大丈夫なの?あなたにどんな能力があるかは知らないけど見たところ普通の中学生みたいだし」


 黒弥撒はそう言った後、壇上の奥へ消えて行く。例によって隠しトビラを使って。直ぐに追うことも出来たが茉莉香は深追いしない。まずはルールズを救出するのが大切だと思ったし洞窟には六郎ピラミッドの遺体を残したままである。茉莉香はルールズが磔られている十字架まで進み縛られている手足と首のロープの紐を解く。ルールズは解放されるなり激しく咳き込み床に手を突いて倒れ込む。

 その後、茉莉香はムチ打ち男爵の躯のほうまで足を進め彼を見つめる。完全に絶命している。蘇生の見込みはないだろう。しかし、どうやって燃やしたのだろうか?十字架自体に何か仕掛けがあったのか?火は突然ついてくるくるとムチ打ち男爵を巻き込むように覆いこんだのである。きっと何か仕掛けがあるに違いない。茉莉香が苦しそうに口元に手を当てながら躯を観察しているとよろよろとルールズが近づいて来る。

「大丈夫?莉理香ちゃん…ええと茉莉香ちゃんが本名なんだっけ?」

 茉莉香と言われ彼女はピンと背筋を伸ばす。事件に遭遇して茉莉香と呼ばれるのは初めてのことだ。今までずっと中学生探偵トランキライザー莉理香と呼ばれていたのだから。しかし、どう言えばいいのだろうか?探偵名ということにすればいいのか?まさか解離性同一性障害ですとは言えないだろう。言っても理解してくれるか判らないし話がややこしくなると思えたのだ。

「はい」茉莉香は言う。「あたし、何て言えばいいんでしょうか、莉理香でもあって茉莉香でもあるんです」

 曖昧に答えるがルールズはフッと笑みを浮かべて

「そう、なんか不思議な子ね。とっても穏やかだし人間味があるように思えるわ」

「人間味ですか?」

「ええ、超絶的な推理をする時のあなたは何て言うのかな…とにかく人工的な気がしたの。機械的とも言えるかしら中学生離れした感じ。でも今は違うわ。どこにでもいる普通の中学生って感じがするわ」

 莉理香は確かに感情の起伏に乏しい。どこまでも冷静であるし至って機械的である。それが彼女の特徴でありよさでもある。しかし、同時にそれは中学生という立場からは程遠い。

「そうですか…」

 と、茉莉香は静かに言う。少しだけ弛緩した空気が流れる。とはいってもムチ打ち男爵は元には戻らない。直ぐに暗く切ない現実感が二人を襲いどんよりした雰囲気を作る。

「ムチ打ち男爵さんが犠牲になってしまいました。本当は二人とも助けたかったのに」

 そう言う茉莉香の瞳から一粒の涙が零れる。

すると、ルールズはポンと茉莉香の頭を撫で

「どうしようもなかったのよ。私たちに出来るのはここから何とか脱出して外部に状況を伝えるってことね」

「でも脱出っていってもどうすればいいでしょうか?トビラは固く閉ざされているしここは地下ですよね。それもかなり深い」

「そうね、本当に困ったわ。そうだ茉莉香ちゃん、六郎ピラミッドさんはどうなったの?」

「六郎ピラミッドさんも殺されてしまいました。くそったれ魂さんと同じでズタズタに切り裂かれて。酷い殺され方です」

「そんな!私たちがいない間に六郎ピラミッドさんが殺された。残っているのは私とあなただけってことね。とりあえず一旦洞窟まで戻りましょうか?外に出る方法を考えないとならないし」

 ルールズはそう言うと茉莉香の手を取り壇上を降りる。素早くエレベーターの方へ向かって行く。エレベーターはよく見ると一つの巨大な部屋である。

「不思議な空間ね。エレベーターにしては大き過ぎるし」

 と、ルールズが呟く。

 あまり状況を把握できない茉莉香は目を点にさせながらもとりあえずエレベーターに乗る。最初に目を覚ました時、茉莉香は洞窟の部屋にいたのである。そしてそこでくそったれ魂という探偵が殺害されたのだ。その時のことをよく覚えている。確か、洞窟の土壁に一直線に部屋が並んでいたはずである。そしてそれはどこまでも不可思議な部屋だ。

 二人はエレベーターに乗り六郎ピラミッドの遺体の場所まで向かう。エレベーター内は無駄に広く二人は無言である。エレベーターに乗ると今度は逆にゆっくりと下に稼動して行く。圧迫感が体を襲う。そんな中茉莉香は口を開く。

「ルールズさんとムチ打ち男爵さんは何があったんですか?どうして十字架に磔られることになったんです?」

「それはね」ルールズは静かに言う。「私とムチ打ち男爵さんは洞窟を出てからこのエレベーターを発見し乗ってみたの。ムチ打ち男爵さんと私でエレベーターの中を見て色々調べてみたのだけど有益な情報は何も判らなかった。だけどとりあえず動くようだったから先に進んだのよ。エレベーターが稼働ししばらくしたら突然中にガスのようなものが撒かれて意識を失ったの。次に目覚めたら磔られていたわ」

「そうだったんですか」

 エレベーターは特に異変もなく動きゆっくりと止まる。どうやら洞窟のある場所に辿り着いたようである。しかし、ガスが吹き出るエレベーターとは穏やかではない。今こうしている間にも黒弥撒の魔の手が迫っているかもしれないのだから。

 エレベーターが停止したことを確認し二人は降りる。そして直ぐに六郎ピラミッドの許へ向かう。洞窟は薄暗いが壁沿いに明かりが設置されているので歩けないというほどではない。

「あれ、おかしいな」

 茉莉香はぼそりと呟く。

 洞窟を一回りすると無残に殺されたオール乱歩の遺体が消えていた。同時に六郎ピラミッドの遺体も消えている。

「オール乱歩さんや六郎ピラミッドさんの遺体がありません。どうしてだろう?」

 と、茉莉香が不安そうに呟く。

すると、ルールズは目を細めながら

「落ち着きましょう。きっと黒弥撒がどこかに隠したのよ。彼奴は複数いるのだから」

「何人くらいいるんでしょうか?」

「五人くらいはいるんじゃないかしら」

 五人と聞いて茉莉香は愕然とした。あんな人物が五人もいるなんて自分たちは本当に助かるのだろうか。人をゴミのように消し去る悪魔。それが黒弥撒だ。名前の通り完全に狂人である。

「黒弥撒は変装も出来るんです」

 と、茉莉香が力なく言うと

「変装?」

 ルールズが鸚鵡返しに尋ねる。

「そうです。黒弥撒は六郎ピラミッドさんに変装してあたしに接触してきたんです」

 厳密には接触したのは莉理香であるが、彼女の残したメモから茉莉香はそう判断する。

 それを受けルールズは答える。

「あたしの考えでは黒弥撒の変装は上手とかそういうレベルを超えていると思う。でも不可解ね。どうしてこちら側にあえて変装しているということを知らせるのかしら?変装は見破られてしまったら意味がないのに。それでも黒弥撒が複数いる可能性はとても高いわ」

 その通りかもしれない。今のところ探偵たちは合計で五人の黒弥撒に会っている。『最初に登場した黒弥撒(紳士風)』『子供の黒弥撒(メリーゴーランドで登場)』『成人男性の黒弥撒(第一の洞窟に出て来た人物)『六郎ピラミッドに変装した黒弥撒(第二の洞窟で登場)』『女性の黒弥撒(洞窟の先のホールで登場)』すべての黒弥撒が何らかの事件に関わっているに違いない。

 まだまだこの先新たな黒弥撒が現れる可能性は高い。じっとりとした汗が茉莉香の額を流れる。緊張が高まる中茉莉香は声を出す。

「これからどうしますか?指示通り先に進みますか?あたしは凄く怖いんですけど…」

「先に進むしかないようね。このままここにいても仕方ないわ。恐怖は行動して消し去らなくちゃ。私たちは探偵。事件を解くのが仕事なんだから」

「でも、この事件は滅茶苦茶ですよ。もう、推理するとかそういう次元の話ではないようんに思えるんですけど」

「推理は難しいわね。たくさんの人物が殺されさらに人によっては経験している場面とそうでない場面がある。黒弥撒は上手く探偵たちを分断させているから相当に計画的に練りこまれたようね」

「黒弥撒はあたしたち探偵や刑事さんに恨みを持った人物らしいです。だからこうして著名な探偵や刑事を集めたって言ってました」

「でしょうね。でなければ皆殺しにするなんて言わないものね」

 結局、二人は再度エレベーターに乗り地下ホールへと戻った。地下ホールにはムチ打ち男爵の遺体が消え去っている。恐らく、黒弥撒か関係者が運び出したのであろう。最早黒弥撒が複数いることは確定的なのかもしれない。

 ホールに到着した二人は黒弥撒が消えた壇上まで足を進め、そこで壇上の壁に設置された隠しトビラを発見する。それほど難しい位置に隠されていたわけではない。むしろ逆に見つけてくださいといわんばかりにトビラの輪郭上に光が差し込んでいる。トビラはパタパタと開く観音開きになっており先に進めるようになっている。

「さ、先に行きますか?」

 緊張から茉莉香の声が震える。先に進めば何が起こるか想像に難くない。黒弥撒は全員を殺害しようとしているのだ。となると、次に殺されるのは茉莉香、ルールズのいずれかになるかもしれないのだから…

 観音トビラをゆっくりとそれでいて静かにくぐると細長い廊下に出る。両壁に古びた燭台が設置されろうそくが火を灯している。ろうそくの明かりであるためそれほど光量はなく薄暗い。ルールズと茉莉香は一歩一歩確かめるように先に進む。

 細長い廊下を進むとやがて行き止まりになる。板チョコレートに似たトビラがあり茉莉香がドアノブを捻ると鍵が掛かっていないということが判る。

「入れますね」

 緊張した声で茉莉香が言う。隣に立っているルールズは頷いて見せる。どうやら先に進もうという合図らしい。茉莉香がドアノブを捻りトビラを開ける。

 部屋の中は真っ暗である。周りは何も見えない。ただ異常なくらい静寂に包まれていて茉莉香は気味悪くなる。もう早くこんな環境から逃げ出したい。これ以上殺人が起きるのを見たくない。黒弥撒という最悪の敵を前にして茉莉香が願うのはそれだった。

 茉莉香とルールズが室内に入るとトビラが自動的に閉まる。「ガチャリ」とトビラが閉まる音が聞えたかと思ったら突然頭上から光が注がれる。地下ホールにあったような高級感のあるシャンデリアが突如光を放ったのである。たちまち室内は電球色の優しい光に包まれる。

 突然の光に眩しさを覚える茉莉香とルールズであったが、眩しそうに手で光を遮っているとやがて光に目が慣れてくる。茉莉香は直ぐに辺りを見渡しここがどんな場所であるのか確認する。そして愕然としぺたんと尻餅をつく。

 部屋の広さは一〇畳ほどの空間である。板張りの壁と床、どうやら小屋と表現した方が判りやすいだろう。小屋の内部にはものがほとんどない。恐ろしく簡素な部屋であるのに頭上にぶら下がっているシャンデリアだけが豪奢なものなのでどこかしらちぐはぐさを感じさせる。

 通常、これだけのことならば茉莉香は尻餅をついたりしない。部屋にあるものが異様なのだ。茉莉香の隣に立つルールズもピストルを突きつけられたかのように固まっている。部屋には今まで殺害されたすべての人物の遺体が横になり寝かされている。

 首と胴体が切り離されたルナルナ17の遺体。

 無残にも引き裂かれたくそったれ魂の遺体。

 押し潰されたオール乱歩の遺体。

 全身が焼け焦げたムチ打ち男爵の遺体。

 そして…

「ろ、六郎ピラミッドさんの遺体もあります」

 辛うじて茉莉香はそう言う。遺体は綺麗に横並びにされているが、その端っこに六郎ピラミッドが寝かされている。六郎ピラミッドはくそったれ魂と同じようにズタズタに切り裂かれておりさらに服を脱がされている。茉莉香が尻餅をついたまま愕然としていると隣に立ち尽くしていたルールズがゆっくりと遺体に近づいて行く。

 彼女がまず近づいたのは六郎ピラミッドの許である。ごろりと彫刻のように動かない六郎ピラミッド。ルールズはスッと膝を折り六郎ピラミッドの首元に触れてみる。そして顔を歪める。苦悶に満ちた表情である。へたり込む茉莉香にはルールズがどんな表情をしているのか判らなかったが、後姿を見るだけあまりいい傾向ではないと判った。

「酷いわね。一体どうやってこんなに傷付けたのかしら?」

 誰に言うでもなくルールズはそう呟く。演繹城に来て多くの人間の命が失われてしまっている。茉莉香は鉛のように重くなった体をなんとか動かし立ち上がりよろよろとルールズの許へ向かう。

 そして六郎ピラミッドの躯を見下ろす。天井から明かりを放つシャンデリアが六郎ピラミッドを非情にも照らし出している。苦悶の表情を浮かべており殺され方の凄まじさを物語っている。しかしどうやって殺されたのだろうか?茉莉香が横に立ったことを確認するとルールズが静かに言う。

「おかしいわね。首元は微かに死後硬直が始まっているわ。これは殺されてから時間が経っていることを意味している」

「でもあたしが六郎ピラミッドさんの遺体を見つけてからそんなに時間が経っていないですよ」

「そうよね。死後硬直は色んな要因が重なって早くなったりするケースがあるみたいだけど現段階では何とも言えないわね」

「し、死因は判るんですか?」

「恐らく」ルールズは六郎ピラミッドの首元を指差し「出血死だと思うわ。これだけズタズタにされているんだから。茉莉香ちゃんがいなくなったときを見計らって殺されたと推測できるわね。でもそれだと死後硬直が不可解ね。もっと早い段階で殺されていたのかもしれないわ」

「あ、あたしの所為だ。あたしが六郎ピラミッドさんを一人にしちゃったからこんなことに!」

 厳密には六郎ピラミッドを一人にしたのは莉理香の方であるが、人格が違うだけで元は同じ人物である。それ故にパニックになる茉莉香。頭の中には六郎ピラミッドの死がこびりつきとにかく離れない。莉理香に全て任せるのではなく自分できちんとした対処をしていればこんなことにはならなかったのではないか?考えるのはそればかりである。

「落ち着いて茉莉香ちゃん、あなたの所為じゃないわ。悪いのはどう考えたって殺した人物に決まっている。あなたは何も悪くない」

「で、でも嫌だ。皆殺されてしまう…早く逃げましょう。こんなところにこれ以上いたくない」

 茉莉香はギュッと目を閉じ耳を塞ぐ。先ほどは自分が殺されてもいいような気がしていたが、こんなところにこれ以上いたくない。やはり死にたくないという気持ちが沸々と浮かび上がってきたのである。とにかくこんな場所にいたくない。早く解放して欲しいという気持ちが強い。

「全員の遺体が安置されている。これってどういうことなのかしら?」

 遺体を見慣れているのかルールズは落ち着き払って言う。しかし、茉莉香は答えられない。最早誰が死んだとかどういう死に方だったのかそんなことはどうでもよかったのである。茉莉香が考えるのはこの地獄から無事に脱出したいということである。死にたいと心のどこかで願っていた茉莉香であったが、無残な死に方は嫌だ。

 どんな過酷な生活をしていたとしても酷い殺され方はしたくない。とにかくこの状況は自分が抱えられる容量を遥かに超えている。早く莉理香に出てきて欲しい。どうして出て来てくれないの?必死に願うのであるが、莉理香は全く反応しない。一人、大海原に投げ出されてしまったような感覚である。

 ルールズは六郎ピラミッドの許から離れルナルナ17の遺体を見つめその後はくそったれ魂、次にオール乱歩と、順番に遺体を確認していく。いくら見たところで皆が蘇るわけではない。ルナルナ17やくそったれ魂の遺体は既に死後硬直が始まっており硬く冷たくなっていた。ルールズは時刻を確認する。午後五時を回ろうとしている。たった一日でこれだけの人物が殺されてしまった。悪夢以外何者でもない。

 やがてすべての遺体を確認し終わったルールズは茉莉香の横で膝をつきポケットの中からハンカチを取り出しそれを茉莉香に渡す。

「大丈夫?かなり具合悪そうだけど…」

 この状況で具合がよくなるわけがない。断続的に吐き気は襲ってくるし何より全身の力が抜けていく。体全体が酷く重くこれ以上動きたくはない。

「あ、あたしたち…」茉莉香は言う。「皆死んじゃうんでしょうか?」

 ルールズは茉莉香をそっと抱きしめる。柔らかい香水の香りが茉莉香の鼻をつく。

「大丈夫、あたしたちは死なないわ。きっと生きてここを脱出できるはずよ」

「でもどうやってここを出るんですか?洞窟があったり床がゴムの部屋に閉じ込められたりエレベーターがあったりとにかくこのテーマパークはおかしいです。今ここがどこなのか判りませんし全く出られるという保証だってないじゃないですか」

 半ばヤケになり茉莉香は言う。半日以上閉じ込められているというストレスが彼女を苦しめている。精神的に脆い茉莉香にとってこれ以上のストレスを受けるのはいいことではない。

 ルールズはというと徐に立ち上がり部屋の壁まで進みどこかに抜け出せる隠しトビラでもないか確認し始める。しかし、都合よくそんなトビラが現れるわけでもなく時間だけが無常にも過ぎていく。

 どれくらいだろうか?ルールズが壁を調査していると突如入ってきたトビラが開かれる。ルールズと茉莉香の視線が一斉にトビラに注がれる。トビラは逆光でよく見えないが、誰かが立っている。あまり背は高くない。黒弥撒なんだろうか?

「誰?」ルールズが言う。「私たちを早くここから出しなさい」

 問われた人物はトビラをくぐり室内に入って来る。トビラが閉まったことによりシルエットの正体が判る。背はあまり高くない。茉莉香と同じくらいであろう。

「よくここまで生き残ったね」

 少年期特有の甲高い声である。まだ変声期前なのだろう。今までの黒弥撒とは少し違う。この黒弥撒も複数いると仮定されている黒弥撒の一人なのだろうか?

「生き残ったってあなた自分が何をしているのか判っているの?立派な連続殺人よ。あなたたちはキチンと罪を償わなければならないわ」

「罪を償うか…それはお互い様だよ。人間は大なり小なり皆罪を抱えて生きているからね」

 ここで罪に関してあれこれ議論をするつもりはない。ルールズは毅然とした態度で黒弥撒を睨みつけ

「とにかくここから出しなさい。あなたはまだ子供だから他の黒弥撒の言いなりなのかも知れないけれど警察を呼びしかるべき手段をとらなければ駄目。他の黒弥撒たちはどこにいるの?そしてここはどこ?さらに言えば早く私たちを解放しなさい」

「質問が多い人だなぁ。とにかく落ち着きなよ。僕は君たちを救ってもいいと思ってるんだから」

 助けてもいいと思っている。その台詞は茉莉香を蘇らせる。希望が目の前に咲いたような気がする。どんよりとしていた茉莉香の目に輝きが戻る。どうでもいいから早くこの場を出たくてたまらない。

「出してくれるの?」

 茉莉香は食い入るように尋ねる。

それを見ていた黒弥撒は答える。仮面をかぶっているのでどんな表情をしているかは全く判らない。

「助けてもいいと思ってるんだけどそれには条件があるんだ」

「条件?」

「そう、君たち二人の内、生き残るのは一人だけってこと」

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