心の牢獄
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界隈は闇に覆われていた。しかし、莉理香は全く慌てることなく冷静に状況を見守る。この空間に来るのは初めてではない。むしろ毎日いるのである。自分の待機場所といったらいいのであろうか。ここは茉莉香の心の中。自分がここにいるということは茉莉香と再び交代してしまったのであろう。
歯痒い気持ちが莉理香を襲う。六郎ピラミッドが殺害され黒弥撒が現れた空間で人格交代する羽目になるとは情けない話である。今、表の世界に出ているのは茉莉香ということになる。一応簡単なメモは残してきた。茉莉香はそれに気づくであろう。その後、茉莉香がどう行動するかは茉莉香と神のみぞ知る。
最初は二時間ほど保っていた意識であったが、今回は一時間ほどしか保てなかった。確実に表の世界に出ていられる時間は減っている。莉理香はふわふわと宙を浮きながら自分の体を見つめる。足は幽霊のように暗闇に溶け込んでいる。おまけに指先も消えかかっている。確実に自分は消えようとしている。もう茉莉香の許へいられる時間は少ないようである。
「チッ」と、莉理香は舌打ちをする。冷静だった体が火照るように熱くなる。こんなところで悠長に漂っている場合ではないのに。今自分が動かなければ茉莉香にどんな危険が及ぶか判らない。とはいうもののこの状況でどうやって人格を交代させればいいのか判らない。いつもはこの真っ暗闇の空間の先が火が灯ったように明るくなるのであるが、今回はそれが見えない。古びた鉄の門のように硬く閉ざされている。自らの力で開けられれば…何度もそう考えるがどうしようもない。
宙に浮いたまま莉理香は目を閉じる。考えることは演繹城の事件のことである。殺害されたのはルナルナ17、くそったれ魂、オール乱歩、六郎ピラミッドの四名。そして行方不明がルールズとムチ打ち男爵の二人である。二人は果たして大丈夫なのであろうか?携帯電話を持っていないし仮に持っていたとしても電波が届かないためルールズやムチ打ち男爵とは連絡がつかない。何とか無事であって欲しい。
問題なのは黒弥撒が複数いる可能性があるということだろう。仮面をかぶっているのでその姿は判らないが、声を聞く限り大人から子供まで幅広い。成人が事件を起こすのは判るが、どうして子供まで事件に加担しているかは意味不明だ。茉莉香のように虐待されていて無理矢理命令に従っているのであろうか?莉理香はふるふると首を左右に振る。その可能性は低い。何しろ子供の黒弥撒は嬉々としていたし率先と事件を起こしているような感じだったではないか。
もう一つ気にかかるのはどうして仮面をかぶっているのかということだろう。推理小説ではよく仮面の人間が出てくる。主にそれには意味がある。大抵は変装のためであるが、今回も似たような理由だろう。しかし、こんなにも雑な変装があるだろうか?変装するためにはまず体型を合わせる必要がある。でないといくら仮面をかぶったからといっても直ぐにバレてしまうからだ。
事実、黒弥撒の変装はバレバレである。最初に現れた黒弥撒と次に現れた黒弥撒は体格が全く違うし声質も別人だった。どうして仮面をかぶり変装なんてしようと思ったのだろうか?全く以て不可解な話である。
黒弥撒は変装する気がないのではないか?あえて複数いるということを見せ付けることでこちらを混乱させる可能性はないだろうか?だが、そう考えると仮面をかぶった意味が判らない。仮面をかぶるからにはやはり意味があるからなのだろう。つまり、黒弥撒にはまだ何かこちらが把握していない秘密があるのだ。それがもしかしたら殺人と繋がっているかもしれない。
莉理香は顔を曇らせる。黒弥撒はどこに潜んでいるか判らない。おまけにどこからか監視しているのである。そんな野獣がうごめく中に茉莉香を一人残してきてしまった。莉理香は茉莉香を守るための人格であるのにその役目を果たせない。莉理香は一人うな垂れる。何とかして早く表の世界に戻らなくてはならない。両手両足は既に消えかかっている。戻れるとしたら後一度だろうか?それも今度は何分出ていられるか判らない。何もかも情報が少ない中で推理できるとは到底思えない。莉理香にとって最後の事件、その事件はあまりに強大でミステリアスに包まれている。




