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トランキライザー莉理香 最後の事件ー演繹城の殺人ー  作者: Futahiro Tada


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10/22

裂かれた探偵


「君からは僕と同じ匂いがするんだ。いや僕らの根本は一緒なんだよ。だから一度会っておきたくてね。よろしく」そう言うと、黒弥撒はスッと手を差し伸ばす。白く細い腕だ。六郎ピラミッドも細くスッとした体型でありそっくりそのまま同じである。薄暗い闇の中だから変装することが可能だったのかもしれない。当然、莉理香は差し出された手を無視する。こんな殺人鬼の腕と握手などする気にはなれない。「大分僕を嫌っているようだね。僕は君が好きなのに」黒弥撒はサラッと気持ちの悪いことを言う。莉理香は眉根を寄せながら視線を黒弥撒から外し圧死体となったオール乱歩のほうに注いだ。「あなたと握手するつもりはないわ。あたしが言いたいのは一つ。ここから出して欲しいということよ。そしてルナルナ17さん、くそったれ魂さん、オール乱歩さんの遺体を弔ってやりたい。黒弥撒、早くここから出してよ。あたしが好きなんでしょ?好きな人が言ってることを叶えるくらいわけないと思うけど」「出してやりたいのは山々なんだけど僕だけの意思では決められないなぁ。悪いねぇ。だけど安心しなよ。君は生き残るはずだよ。否、生き残らないとダメなんだ」この言葉が意味しているのは黒弥撒が複数いるということだろう。ルールズやムチ打ち男爵が危ない。莉理香の額を冷たい汗が流れる。もしも、ルールズやムチ打ち男爵に何かあったら…それに六郎ピラミッドのことも気にかかる。「あ、あなたの目的は何なの?」莉理香は尋ねる。「どうしてこんなことをするのよ?」「さぁ、僕には判らないよ。でもさ、莉理香ちゃん。君って本当に凄いよね。君は今までどのくらいの数の事件を解決してきたの?」愚問であったが、仕方なく莉理香は答える。「九件よ」「へぇ、ってことは今回で一〇件目ってことか、記念すべき一〇回目の事件。いやぁめでたいなぁ」莉理香はドンと壁を叩いた!めでたいわけがない。人が三人も死に他の人間たちも窮地を迎えているかもしれないのだ。こんなに大量の人間が死ぬのは未だかつて経験がない。「ふざけるのもいい加減にしてよ。あなた自分が何をしているのか判ってるの?」黒弥撒の言葉からは現実身が感じられない。ゲームをしている子どものようである。「怒ることないだろ。僕は今回の殺人にはほとんどノータッチなんだよ。演繹城の仕掛けを作るために色々アドバイスはしたけどね。ただ君に会いたかった。それだけさ。天下の名探偵が本当に推理の天才なのか確かめたかったんだよ。でも、君の力は本物だね。僕らが仕掛けたトリックを逐一解き明かしている。いやぁ凄いことだよ」


 今までの推理がすべて正しいということなのだろうか?言葉から察するに判ったことがいくつかある。

 黒弥撒は複数いるということ。殺人のトリックを考えた人物は黒弥撒であるということ。少なくとも殺人はまだ続く可能性があるということ。そしてどこかで監視しているということ。

 完全に状況は悪い。やはり、行動を分断するべきじゃなかったのかもしれない。皆と一緒に行動していればこれから起きる可能性のある殺人を食い止められたのかもしれないのだ。

「じゃあ僕は行くよ。君に嫌われているみたいだからね。それにあまり長居できないんだ」

 壁から体を外しパンパンと肩の部分を叩いた黒弥撒は静かにそう告げた。

「どこに行くの?」と、莉理香。

「う~んとそれは言えないなぁ。ただ、まだ惨劇は続くということだよ」

「演繹城はオープン前のテーマパークでしょ?それなのに殺人が起きた。それも大量に…そんなテーマパークに人が集まるかしら」

「ミステリを主題にしたテーマパークだからね。もしかしたら本当に殺人が起きたということで人が集まるかもしれないよ。人って案外物好きだからね。でもね目的さえ達成すればこのテーマパークがどうなろうと僕らには関係ないんだけどね」

 そんなことがあるわけない。

 今や公園の遊具で怪我をしただけでも大問題になる時代だ。殺人が起きたテーマパークを世論がそのまま許すわけがない。つまり、演繹城は最早死に体なのだ。オープンを前にして廃業に追い込まれるだろう。

 どれだけの巨額を投資したのか判らない。お台場という一等地に建てたのだから数百億の金を使ったことは想像に難くない。それを一瞬で崩壊させてしまった。こんな馬鹿なことを考えるなんて正気の沙汰とは思えない。

 確かこのテーマパークを建てたのは日本でも有数の資産家である演繹ビッグバンという人間だ。あまり詳しくないが、この人物は人格が崩壊した結果このような酔狂なテーマパークを建てたと言われている。

 人格崩壊。

 解離性同一性障害。

 黒弥撒は自分と似ていると言っていた。これが意味するのは?

 莉理香が考えていると黒弥撒はゆっくりと莉理香の脇を通り奥のほうへ消えて行く。

「もう一度聞くわ。どこへ行くの?」

 と、莉理香が尋ねると黒弥撒は答える。

「戻るんだよ」

「あたしがこのまますんなりとあなたを行かせると思う?」

「怖いこと言うねぇ。でも無駄だよ。誰も僕を止められない」

 そう言うと黒弥撒はコツコツと踵を鳴り響かせながら闇の中に消えて行く。当然、莉理香もその後を追う。ここで彼奴を逃がすわけにはいかない。黒弥撒はそんなことお構いなしに先に進んで行く。

 やがて黒弥撒は洞窟の内部へ足を進める。ルールズやムチ打ち男爵がこの先に進んだのである。黒弥撒は莉理香を振り切ろうとはしない。ただ漫然と先に進んで行く。洞窟の内壁をくぐり内部に入ると壁沿いに螺旋階段があることが判った。鉄で出来た階段である。手すり越しに下の様子を見るが、暗くて何があるか判らない。

 階段を下りて行くとやがて完全に真っ暗になる。ふと目の前を歩いていた黒弥撒が消える。慌てた莉理香は闇雲に前に進もうとする。すると「ドサ」と何かが倒れるような音が聞えた。莉理香は堪らず足元を確認する。電気が全くついていないので何が起きているのかさっぱり判らない。

「黒弥撒!電気をつけなさい。どこかで見ているんでしょ。ここはどこなのよ」

 必死に叫ぶ莉理香。黒弥撒が複数いるのならばこの状況を別室から見ている可能性は高い。しばらく莉理香が佇んでいるとふと明かりが灯る。ドーナツ状の空間の天井には豪奢なシャンデリアがぶら下がっておりそこから明かりが降り注いでいるのである。元からこんな仕掛けがあったのだろうか?莉理香は頭上を見上げた後、直ぐに辺りを見渡す。

 そして、足元に転がる人物に気がつく。直ぐに駆け寄りそれが誰なのかを確認する。倒れている人物は直ぐに判った。それは六郎ピラミッドである。着ていた筈の細身のスーツが脱がされており代わりにTシャツと短パンという姿になっている。恐らく本物の六郎ピラミッドが着ていたスーツは先ほどの黒弥撒が着用したのだろう。ちなみに仮面はつけていない。端正な顔が苦痛に歪みさらに目を閉じている。但し彼の体はくそったれ魂同様ズタズタに切り裂かれている。咄嗟に莉理香は六郎ピラミッドの手首を触る。生存しているかどうか確かめるためである。

 半ば当然であるが、六郎ピラミッドは死んでいる。これだけ体を切り刻まれたのである。恐らく死因は失血死であろうが司法解剖をしないことには詳しい死因は判らない。莉理香は首元に触れてみる。殺されてからそれほど時間が経っていないはずなのに既に首元には死後硬直が始まりかけている。そうなると問題なのはどの段階で六郎ピラミッドをここまで壊したのかということであろう。

 またさらに不可解なのはいつのまに六郎ピラミッドは黒弥撒に変わったのかということである。前述した通り莉理香は一旦六郎ピラミッドを残し洞窟内を調べていた時間がある。だからその空白の時間を使って黒弥撒は変装したのだろう。しかし不可解なのは黒弥撒の形態がどんどん変化しているということだろう。少なく見積もっても三人以上の黒弥撒がいるのではないか?と、莉理香は考えている。

 黒弥撒は確実に事件に関わっている。同時に複数いる可能性がある。あんな常軌を逸した人物が複数いると考えただけでゾッとする。それに先に進んだムチ打ち男爵やルールズの身が危ない。何とかして連絡を取りたいが、ここには連絡する手段がない。六郎ピラミッドの遺体を置いて自分だけで先に進むか…否、それは危険か。

 突如視界が歪む。意識が飛びそうになる。時刻を確認するとムチ打ち男爵とルールズが先に進んでから五〇分が経とうとしている。莉理香と茉莉香が再度人格を交代してから既に六〇分を超えている。消えかかっている人格である莉理香にとってこの六〇分の消費は大きい。何というか自分の体なのに自分の体ではないような不可思議な感覚が全身を襲っていたのである。このまま自分の意識を保つのは難しいであろう。しかし、ここで茉莉香と人格を交代してしまっては推理が出来なくなる。

 朦朧とし始めた意識の中、莉理香は六郎ピラミッドの遺体の上に折り重なるように倒れた。そんな中、莉理香は力を振り絞って制服のポケットの中からメモ帳を取り出す。そこにいそいそとメモを書きこむ。混濁する意識。とてもではないが抗えそうにない。何とかメモを書ききった莉理香は静かに目を閉じた。

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