8.鳩の駆除
「いやー。悪いねー。業者さんに頼むよりも早いかなーって思って」
翌朝。言われた通り弓を背負ったユーファと一緒に、私とレオンは付き添いとしてナディアの店に向かった。
開店準備中だった彼女が指差したのは店の軒先。二階建ての建物の屋根の裏と言うべき所に、なにかあった。
「鳩か」
「そうなんだよー。いつの間にか巣を作ってて、困ってます」
「臭いもするし、糞も落とすからなー」
飲食店としては最悪だ。しかも裏手ではなく、思いっきり正面入口の方だし。
店に並んでいる客の頭に糞が落とされるみたいなことがあれば、食欲なんか無くすだろう。
こういう時は、街の便利屋さんとか、勇敢な冒険者に頼むべき。でも冒険者は、街のあちこちでやってる工事で忙しくて人手不足。便利屋さんも駆り出されてるかも。それでも声をかければやってくれそうだけど。
「一度、自分たちで駆除しようとしたけど。失敗しちゃった」
「というと?」
「凶暴だったんだよねー。はしごを登った彼が鳩に襲われて。落ちそうになって慌てて降りてきた」
彼とは、この店の店員だ。大怪我する前に撤退したのは賢明な判断だと思う。
なるほど。だからユーファが指名されたのか。
「わかった。俺がはしごで近づいて、鳩をおびき出す。ユーファはそれを狙ってくれ」
「うん」
ここからだと巣の中の鳩は見えないから、近づく必要はある。レオンは自らその役を買って出た。
ローブのフードを被って頭を保護しながら、はしごに足をかける。すぐに鳩が出てきてレオンの頭を突こうとした。全部で二羽いる。つがいなんだろうか。
直後に矢が一羽の首を貫いた。間髪入れず次の矢が放たれ、もう一方も射抜く。
相変わらず正確な狙いだ。下手したらレオンに当たるというのに、躊躇いなく射るのもすごい。自分の力に絶対の自信がなきゃ出来ない。
「終わった」
「おおー。すごい!」
「別に。普通」
ナディアから頭を撫でられて、ユーファは少し照れたようだった。
「落とすぞ」
レオンの声がして、直後に巣が地面に落ちてくる。中には卵があったけど、落下の衝撃で割れてしまった。
放置してたら鳩が増えてたわけで。今対処して良かったな。
はしごの上でレオンがガサゴソと何かやってる。なんか色々入ってるローブの内側から何か取り出して、軒先に塗ってる。
「香料をつけておいた。鳩は嫌うから、しばらくはここに巣は作らないはず。下には届かないくらいの香りだから、お客さんは気づかない」
「おおー。ありがとう。ふたりとも偉いねー。せっかくだから上がってー。お礼にご馳走しちゃう」
ナディアはそう言って、落ちた鳩を拾って店の中に入る。
「待って。もしかして、その鳩を調理するの?」
「ふふっ。どうだろー」
意味深に笑うナディア。いや、いいんだけど。命はありがたく頂くものだけど。
ナディアの料理は美味しいし、鳩だってちゃんと調理してくれるだろう。だから心配はないわ。目の前で死んだ命を頂くっていうのが、なんか新鮮すぎて困惑するだけ。ちゃんと食べるわよ。
「ユーファちゃん? どうしたの?」
ふと、ユーファが店の入口で立ち止まって、振り返って動かない。
視線の先には、この近所に住んでいるらしい子供たちが集まっていた。
「一緒に遊びたい?」
「ううん」
そういうわけではないのか。すぐに店に入ったから、この口数の少ない女の子が子供たちの何に興味があったのかは、わからないままだった。
鳩ステーキはしっかり美味しくて、もっとゆっくり堪能したかったけど、開店の準備を邪魔するわけにはいかない。私たちも自分のお店があって、そこで仕事をしなきゃいけないわけで。
「あー。仕事したくない」
「なんだよ急に」
「毎日野菜の皮剥きしてると、飽きてくるのよねー」
「いいだろ座ってやれる仕事なんだから」
「それは楽だけど。というか、座らないといつ転ぶかわからないから、そうするしかないんだけど」
何かの拍子に霊に転ばされて、お皿でも割ったら申し訳ないから。
そういうわけだから、調理とかの他の仕事は私には任されない。永遠に野菜の皮剥きと皿洗いだ。
「あー。休みがほしい」
「もうしばらく待て」
「……」
「そういえばユーファちゃん、明日休みだっけ。ねえ、代わってくれない?」
「駄目」
「そっかー」
「子供から休みを取り上げようとするな。というか、仕事の種類が違うから代われないだろ」
「うへー。ユーファちゃん休み楽しんでね」
「うん」
「そういえばユーファちゃんって、休みの日は何してるの?」
元は村の狩人の娘。それがこんな都会に来て、さすがに環境にも慣れたとは思うけど趣味とかはよくわからない。
「……リリアの所に遊びに行く」
「そっかー」
あの声と胸のでかいメイドと、何やってるのでしょうね。家事について聞いてるとか? でもユーファって家事とかしないわよね。
けれどなんとなく、休みを楽しみにしてるのは伝わった。
詳しくは今度訊こう。ヘラジカ亭に到着したから。そして話題が変わったから。
「お。綺麗になってる」
店の前の石畳が交換されて、凹みが無くなっていた。不要になった木の板は壁に立て掛けられている。
これで、お客さんが転ぶ心配が無くなった。
工事業者の皆さんに感謝しながら、私たちは開店準備にとりかかった。
今日の仕事を無事に終わらせて、ユーファを無事に休みに入らせるためだ。
「あのデブ今日も来てるな」
「どのデブよ」
「ほら。昨日話してた。よし、ユーファは近づくな。俺が接客する」
ユーファに興味を持ってるかもしれない男だっけ。歳が離れすぎてる異性とは、あまり仲良くすべきではないわよね。
というわけで、レオンが笑顔で男の方に向かっていった。ユーファは別の客の方に。
全てはユーファが今日を乗り切るためだ。