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5.ちょっとした騒動

 そんな中、一番冷静なのはレオンで。


「お客様。落ち着いてください。周りに迷惑ですから」


 どうせ殺せない武器だからと、警戒する様子もなく女性の前に立つ。その視線は女性ではなく、そのもう少し上に向いていた。

 彼が見えているそれは移動しているらしく、レオンの視線も動いた。厨房の方、というか私の方に向かった。


 あー。はいはい。私、憑かれたのね。いいわ。そういう案件ね。


「お客様。死者に関係する悩みをお持ちなら、俺が協力できます」

「えっ」

「誰か身内を亡くされましたか?」

「そ、そんなこと! あんたに何がわかるって言うのよ!?」


 ネクロマンサーとしてのレオンのことを、世間は知らない。今の言葉も、子供の妄言と片付けられる。言われた本人だけは心当たりがあるから、話を聞こうって気になる。

 とはいえ今回の女性は、レオンの言うことを信じようとしなかったけれど。


「う、うるさいのよ! 邪魔しないで!」


 テーブルナイフを振り回しながら突っ込んでくる女性。勢いだけはあるけど、構えなんて無い素人丸出しの襲い方。レオンは落ち着いた様子で踏み込んで、女性の腕を掴んでひねる。彼女の手が強制的に開かれてナイフが床に落ちて、それから床に組み伏せられた。


 明らかに非力な女性に対してやりすぎだとは思うけど、レオンも加減はしてると思う。逃れようともがく女性は、痛みに悲鳴を上げているわけではない。


 一応、私もレオンに駆け寄る。近くにいたユーファの方が先にそばに来ていた。何も言わずレオンを見ているだけだけれど。


「大丈夫。ニナたちと一緒に客を落ち着かせてくれ」


 何か手伝えることはあるかと訊きたかったユーファの気持ちを先に察して返事する。ユーファも話す手間が省けたとばかりに頷き、ニナの方へ行った

 私も同じことを命じられるなんてことはなくて。


「この人と、店の外で話したい。一緒に来てくれ」

「わかった。私についた霊を祓うためね」


 女性は抵抗を諦めて、すすり泣いていた。子供に組み伏せられて動けない無力さではなく、亡くなった身内への悲しみから来る涙だろう。

 手を離したレオンに代わって、私が女性を助け起こす。


「大丈夫ですか? 落ち着きましたか? よかったらお話、聞かせてください。きっとあなたの力になれますから」


 女性を宥めながら、体を支えて店の外に連れて行く。店の出入り口から出て、そこに敷かれてる板に躓いて。


「うわー!?」

「おっと」


 女性ごと転びかけて、レオンに支えられた。


「今のは霊が転ばせたのか? それとも足場が悪かったから? もし伝えたいことがあるなら」

「転ばせなくていいわよ! いいからね!」


 私の声に応えてくれたのか、霊はその後反応しなかった。


 露天でお茶を買って飲ませて、店の近くにある小さな公園に向かう。


 ベンチに座らせて夜風に当たらせれば、落ち着きを取り戻したようだ。


「ごめんなさい。お騒がせをしました」

「いえ。いいんです」


 ベンチに並んで座る。私は女性の隣。そのさらに隣にレオンがいて、こっちを見ている。喋るのは私に任せるらしい。


「さっき、彼がおかしなことを言ってましたよね。死者がどうとか。あれ、本当なんです。彼は死者の霊が見える。どうやらあなたの近くにいたようです」

「ほ、本当ですか!? あなた! そこにいるの!?」

「うわっと」


 座っているから転びはしなかったけど、背中を押された感覚がした。

 確かに霊はいる。


「霊とは話しができないんです。でも、あなたの声は聞こえているはずです」

「そして、この状態だと自力で冥界へは行けない。ルイに取り憑いたから、あなたと一緒に過ごすこともできない。死者は一刻も早く冥界に送らなきゃいけない」

「では、どうしたら」

「彷徨う死者よ。あなたの冥界での暮らしが幸せなものになると願います」


 レオンはそう唱えながら、地面に花を置いた。さっき公園の芝生から千切ってきたのか。


 私には見えないけど、これで冥界へ行ける門は開いたはず。

 でもレオンは首を横に振った。


「ここから離れようとしない。たぶん、死者の未練を解決しなきゃいけない」

「それはどんな?」

「復讐よっ!」


 詳しく訊こうとする前に、女性はそうに決まっているという顔で答えた。


「あの女たちと経営陣! 皆殺しにしてやるわ! そうじゃなきゃ気が済まないって、あの人は思ってるのよ!」

「待って! 落ち着いてください!」


 すごい気迫だ。しかも殺すなんて物騒な言葉が飛び出してくる。


 レオンは困った顔をしていた。彼は殺しは絶対にしない。似たようなことはやったとしても。


「とりあえず! 事情を教えてください! 亡くなった方のことも含めて! 力になりますから! 殺す以外で!」


 すると彼女はゆっくりと話し始めた。


 なんとなく予想していた通り、死者は彼女の夫。数ヶ月前に結婚したばかりだという。

 夫はこの街の土木作業員として働いていた。


「というと、最近多い道の整備?」

「はい。それが主な仕事です。道路だけではなく、川に架かる橋の整備もしています。道路工事よりも大変なので、ある程度仕事に慣れた者が任される仕事で、もちろん稼ぎも良いのですが。夫が先日その仕事の班員に選ばれました」


 他にも大勢いる作業員のひとりだとしても、少しだけ上位の仕事を貰えた。つまり昇進であり、将来の出世のための一歩だ。


 けれど彼は死んだ。

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