46.勇敢なるイビルスレイヤー
墓地は当然、石畳で舗装なんかされていない。土地の片隅、遺体が埋められることのないような場所に穴を掘って、クロを埋める。木製の板にクロがここに眠っていることを書いて、地面に刺した。
木製だから、この墓標は時間が経てば雨風に晒されて朽ちるだろう。けど、子供たちはこの墓を忘れない。クロのことも。
「冥界でも幸せにな。あなたを愛してくれた子供たちがいた事を、どうか忘れないで。それが、冥界で過ごすあなたの幸福に繋がる」
墓の前で祈るレオン。犬は冥界には行かないのだけど、そう信じる子供たちのための祈りだ。
葬儀は死者のためだけにあるわけじゃない。生者が死者に別れを告げる儀式でもある。
この祈りで、子供たちの心は間違いなく救われた。
葬儀と埋葬が終われば、子供たちも少しは晴れやかな顔になった。今日は何して遊ぶ、と話し合いながら街の方まで駆け出していく。
ユーファは私やレオンと一緒にいた。
「行ってやれよ。友達の所に」
「え?」
「クロは死んだけどさ。クロのおかげで出来た友達は、これからも友達だろ? これからも一緒に遊んであげろよ」
「うん」
短く返事をするユーファは、少しだけ笑顔になっている気がした。
子供たちを追いかけて街の方まで行くユーファだけど、大通りに出来た人だかりを見て立ち止まった。
通りの真ん中に人が来ないように、兵士が群衆を押し止めている。
さっきまで、こんな人だかりは無かったのに。なんでだろう。
答えはすぐにわかった。馬が歩いている。殆どは鎧を着た騎士だ。そして一頭だけ、背中に太った男を載せていた。
ナベプタだ。両手両足を縛られていて、無残なことになっている目も布を巻いて隠されていた。馬に載せられ、どこかに運ばれている。
「刑場まで連れて行かれるんだ」
「もう処刑されるのね」
「話せることは特にないだろうしな。生かしてても意味はない」
ビョルドンの組織は壊滅した。そもそもまともに動ける人員がいなくなったから、消滅するしかない。ひとりだけ無事なビョルドンの妻は、今は親戚の家に転がり込んで、静かに過ごしているらしい。
世間はこの事件を、ビョルドンと娘のアーシャの対立の結果と受け取っている。どうしてここまで凄惨な殺し合いに発展したのか、死体が蘇ることを知らない世間にはわからないだろう。
だから、人々は想像を膨らませた。
娘のアーシャは非道な方法で金を稼ぐ父を嫌い、組織を潰すことで世の中の平和を守ろうとした。そのために手を組んだのが、正義の英雄である、勇敢なるイビルスレイヤーだ。
ふたりは恋仲になり、共に父に立ち向かい、潰した。けれど自分たちも深い傷を負うことになる。
恋人たちの尊い犠牲によって、世界は少しだけ平和になった。そんな物語を語る吟遊詩人が出てきたそうだ。
勝手に、あんなデブと恋仲にされたアーシャは無念だろうな。そこは完全に、人々の妄想でしかないし。けど、世間はロマンチックな話を求めるものだ。恋に殉じる戦いなんて、いかにも好まれる。
アーシャの処刑は既に行われている。ナベプタの恋人として死んだ彼女の霊がどんな気持ちなのか、私は知らない。知ることもないだろう。彼女は刑場で霊となり、そのまま冥界に行ったか、今も苦しみながら漂っていて、いずれ行くことになるだろうから。
ナベプタもこれから後を追う。本人が望まなくても。
「誰か! 誰か助けてくれ!」
馬上でナベプタが叫んでいる。その言葉に、誰も従おうとはしない。
群衆は彼が、勇敢なるイビルスレイヤーだと知っている。街の悪を倒す英雄として、数日の間だけ人々の噂になった。
けど、それだけ。燻製の流行ほどは人々の話題に上がらず、今も噂の英雄の最後を見るために人だかりは出来ているけど、それも数日で忘れ去られる。真実が歪められた吟遊詩人の歌が流れれば、時々思い出されるだけの存在。
誰も、ナベプタを助けようとしていない。別に彼のことは好きでは無いし、役人や兵士に逆らってまで助ける価値はない。
本人だけが、それをわかっていなかった。
「助けてくれ! 俺だ! 俺が勇敢なるイビルスレイヤーなんだ! 街を救う英雄なんだ! 俺がいないと悪を倒せない! だから助けてくれ! 俺は勇敢なるイビルスレイヤーだぞ!」
その空虚な言葉を、群衆は失笑混じりに聞いていた。
「レオン。ナイフ貸して」
「ん? ほら」
「ありがとう」
ユーファがこっちに寄って、そんなお願いをした。怪訝な顔をしつつ手渡したレオンにお礼を言い、ユーファは自分のナイフも抜いた。
二本のナイフの刃をぶつけて、金属音を立てた。
「うわああああああ!?」
それを聞いた途端、激しく動揺するナベプタ。何が恐ろしいのかは知らないけど、激しく震えて逃げようとして、兵士たちに取り押さえられていた。
「やめろ! やめてくれぇ! 誰か! 誰か助けてくれ!」
誰も助けはしない。英雄を自称する太った男は、ただの笑い者でしかなかった。
最後に少しだけ復讐を果たしたユーファは、レオンにナイフを返すと、ナベプタに背を向けて走って行ってしまう。
きっと、友達の所へ行くのだろうな。
<おしまい>




