45.膝枕
リリアの所へ戻ると、彼女は夜食を用意してくれた。色々あって疲れて、お腹すいてたのよね。私は別に戦ったりしてないけれど、散々転ばされたから。これはこれで疲れるのよ。
ありがたく頂こう。
ユーファとリフは既に寝ているらしい。ふたりとも、今日はいろいろありすぎたからな。ゆっくり休んで欲しい。
というわけで、夜食は静かに食べた。腹が満たされると眠くなる。私たちもここで寝させてもらおう。
「あ! 部屋がもうないので、ふたりは同じ部屋で寝てください!」
「いやなんでよ!?」
「ふたりとも静かに。ユーファたちが起きる」
「あ。じゃなくて。なんでわたしがレオンと一緒の部屋で寝るのよ」
「おふたりとも、それくらい仲はいいですよね?」
「そこまでは仲よく無いわよ」
「普段寝る部屋も別々だからな。……まあでも、仕方ないか」
「仕方ないで済ませないでよ……」
ソファで寝るなりしなさい。
なのにリリアは面白がって、わたしたちをひとつの部屋に押し込んだ。客間として使われてるのかな。ベッドがひとつしかない。
「仕方ない。俺はあそこの椅子で寝る」
「そう。……じゃあ、眠るまではベッド使っていいわよ」
「え?」
レオンの驚いた顔。私も不本意だけどね。
「あなたも疲れたでしょう? 寝たら椅子まで運んであげるわ」
「出来るのか?」
「それくらい私にも出来るわよ」
レオンは小さいから。ギリギリいける。
ところが彼は信じていないようで。ベッドに腰掛けて不審な顔をした。なによ。もっとお姉さんを信じなさい。
「確かに私、力持ちではないけど。レオンに振り回されて体力はついてきたのよ」
「そうかー?」
合わせて隣に腰掛けた私を見る目はやっぱり疑っていて。でも、直後に笑みを見せた。
「確かに、俺が説得できなかったリフの親の例を説き伏せてたな。体力は怪しいけど、考え方は成長してるのかも」
そう。まさにこの部屋でやったことだ。今みたいに、私の隣にリフが座っていた。
レオンも、少しは私の言うことを信じようと思ったらしい。
そのまま体を横にした。私の膝に頭を乗せる。
いや、なんでよ。
「この方が、俺が寝た時に抱えやすいだろ?」
「そ、それは。そうかもしれないけど。なんで膝枕なんて」
「いいから」
「良くない……」
恥ずかしいじゃない。いえ、こんな子供なクソガキに膝枕なんかしても、別になんとも思わないけど? 大人の格好いい殿方にやるならともかく、レオンでしょ? 子供でしょ? こっちは大人なんだから、別に子供に膝枕なんて普通なのよ。
なんて考えているのだけど、胸のドキドキは止まらなかった。
やがて、レオンは寝息を立てた。疲れているのは本当らしい。
少しだけ、彼の頭を撫でてみた。こうして見ると、かわいい顔をしてるのよね。さて、椅子まで運ぼうかしら。
「……」
やめておこう。可哀想だ。普通にベッドで寝かせてあげよう。
起こさないよう慎重に、レオンの体の向きを変える。それだけで結構疲れた。あ、これは駄目だ。そもそも椅子まで運ぶのは無理だった。いえ、本気を出せば出来るけどね? やれば出来るのよ。レオンのために、あえてやらないだけ。
自分に言い訳しながら、私もレオンの隣で横になる。彼の寝息を聞いていれば、私が眠りに落ちるのにも時間はかからなかった。
「リフですが、引き取りたいと言う方がいましたよ」
数日後。エドガーが開店準備中のヘラジカ亭に訪れた。
「国中を旅している商人なのですが、これから忙しくなるので人手がいるとのことで」
「忙しくなる?」
「燻製を他の街に広めると言ってました」
「へー」
燻製が金持ちの間に流行っていると言っても、それは王都だけのこと。近隣の街にも噂は広まっているかもしれないけど、単に噂だけだ。
でも、王都の流行を地方都市は後追いしたくなるものだ。金持ちたちに燻製機を大量に売り込んで儲けるチャンスが来た。
多くの商人が燻製機を用意して、各方面の都市に向かっているらしい。エドガーの知り合いで信徒の商人も、そのひとつ。
忙しくなるから、手伝いが欲しいのか。
「リフは孤児ですが、両親からちゃんと教育を受けています。計算の心得もある。商人として、立派に活躍できますよ」
「そう。良かった。ちゃんとした仕事を見つけられたのね。王都から出ていくのは寂しいけれど」
「また会えますよ」
ええ。きっとね。
その翌日。私とレオンとユーファは揃って休みになった。
三人で街を歩く。あれだけたくさんやっていた道路工事も、そろそろ落ち着いた頃らしい。大通りには、工事の様子は見られなかった。他の道にはあるかもしれないけど。
「役所も仕事を頼む業者の選定には、注意するようになったらしい」
「ビョルドンの所みたいな、あくどい業者に仕事を与えることは無くなったのね」
「だなー。そういう輩は、また別の仕事を探すだろうけど」
こういうことを繰り返して、悪はだんだん儲けられなくなっていく。
リリアの所に数日保管してもらっていた、クロの死骸を受け取った。布に包まれていて、その姿は見えない。けど、ずっしりと重かった。これを抱えて墓地まで行く。
ユーファの友達が集まっていた。みんな、クロの死を思い出して悲しそうな顔をしている。




