44.幕引き
視界を永遠に奪われたナベプタは、周りで起こっている騒ぎの正体がわからず、恐怖に震えるしかなかった。
いくつもの悲鳴と、暴れる音。それから声。あのクソガキの声も聞こえた気がした。
そしてユーファだ。彼女もいるらしい。何故かは知らない。この暴力に満ちた空間に優しい彼女がいるのは場違いな気がした。
けど、ここに自分のことが好きな女の子がいる。助けてくれるなら彼女しかいない。声をかけようとしたナベプタに与えられたのは、蹴りだった。
ズタズタの股間や、だらしない腹に何度も蹴りが入る。誰のものかは、見えないからわからない。アーシャだろうか。さっきナイフの音もしたし。
助けを求めようにも声が出なかった。ただただ、心の中でユーファに助けを求めた。けれど彼女が動く気配はない。
やっぱり、聞き間違えだったのかな。
――――
ユーファは何度もナベプタを蹴って、やがて彼は動かなくなった。息はある。けど、生きるのに疲れたみたいな様子だ。
「そこまでにしましょうか」
「うん。でも」
「ええ。怒りは消えないわよね。仕方ないわ。それは、殺しても消えない。抱えて生きて、いつか薄れるのを待つしかないの。私もそうしている。たぶん、レオンも。そしてユーファちゃん。あなたもそうしてきたはず」
彼女が失ったのはクロだけではない。私たちと出会う前に両親を亡くしている。その復讐は、やはり死者を出さない形でやった。
それと同じだ。
クロはこれから、ユーファの中に残り続ける。彼女の両親と同じように。
「わかった。ねえ、レオン」
納得したユーファは、この地獄を作り出した張本人に声をかけて、レオンも頷いた。
「おーい。みんな。そろそろ冥界に帰れよ。ほら、お前たちのいるべき場所に戻れ。祈ってやるから。死者の魂が安らかだといいな」
食卓に飾られていた花を掴んで、床に雑に置いた。そして雑な祈りの言葉を口にする。
冥界への門が開いたらしくて、ビョルドンたち蘇った死体はバタバタと倒れていった。動かしていた霊がいなくなったからだ。
みんな、ちゃんと冥界に行ったのね。
「ここまで案内してくれた霊も向こうに行ったみたいだな。よし、撤収だ。あんたも逃げろ。朝になったら兵の本部に出頭するんだ」
ビョルドンの妻に声をかけるレオン。捕まりに行けというわけではなくて。
「ビョルドンとアーシャの一派が抗争をして、こうなったと言え。あんた自身はすぐに逃げたからよくわからないって証言すれば、大して追求されないだろ」
レオンはこの件を、やはり教会の力を使って丸く収めるつもりなのかな。こんなに死体と、もうまともに暮らすことが出来なさそうな生存者が出てきた大事件。関係者はしっかり追求されるはずだ。
けど、教会が庇えば追求は弱まる。それだけ権力のある組織だし、軍関係者にも信徒は大勢いるから。
ビョルドンの妻はこの場から逃げたい一心で、一目散に駆け出した。
「さあ。俺たちも行くか。いくら周りと家の距離が離れていても、さすがに騒ぎに気づく人もいるだろ」
「ええ。帰りましょう」
「いや。帰らない。今から兵士に、ここで事件があったことを伝えに行く」
「えー」
「ユーファはリリアの所に戻ってくれ。疲れただろうから休んでいいぞ。リリアに、明日は俺たち使い物にならないだろうから代わりに働くよう頼んでくれ」
「なんでユーファちゃんだけ休めるのよ。てか、勝手にリリアを労働力にしないで」
やってくれるでしょうけど。そして、私よりかは役に立つでしょうけど。
まぁ、いいか。私たちは今から、兵士を前にいけしゃあしゃあと嘘をつく。事件現場は目撃したけど、別に関わってはいないと。
とても疲れるだろうな。悲しみの中にいるユーファは、休ませてあげたい。
「わかった。エドガーがいたら、ここに来るよう伝えておく」
リリアの家の方に走ったユーファを見送り、私たちも兵のいそうな所へ向かった。
レオンから軍への通報はスムーズにできた。レオンが教会関係者であることを知っている兵士が見つかって、信頼も得られた。エドガーの教会の手伝いをしているレオンは、そこを訪れる信徒に顔を覚えられている。その中にはもちろん兵士もいるわけだ。
リリアの所にエドガーが帰ってきていて、ユーファから報告を受けてすぐに現場まで来てくれたのも助かった。力仕事はしないけど、あちこち歩き回るのはしてくれるから、なんだかんだで役に立つ。
というわけで、神父様と教会の移項により、私たちはなんら疑いを持たれなかった。
この事件の場所を突き止めることが出来たのは、元々ナベプタたちを探していたから。リフを保護した関係で、神に仕える者として放っておけない。リフの言葉からなんとなくビョルドンがこの区画にいると推理して、騒ぎを聞いて中を見た。そんな説明をレオンが平気な顔をしているのを、私は黙って見ていた。
なにが神に仕える者だ。当たり前のように嘘をつきやがって。
とにかくこれで、死体は回収された。アーシャとナベプタも兵士に捕縛された。アーシャは喋れないし、ナベプタは目が見えない。私たちが現場にいたことを説明できないだろう。そもそもアーシャたちは、私たちが何者なのかも知らないし。
これだけの大事件だ。捕まった者はみんな死罪になるだろうな。
「事件の幕引きとして、人が死ぬのはいいの?」
帰り道。自分の教会へ戻るエドガーを見送りながら尋ねた。
「仕方ないさ。役人の方針には逆らえない。罪人が死ぬ刑場は決まっている。街の外れだ。そこに近づかなければルイに憑くことはないし、定期的に聖職者がお祈りしてる。だから大丈夫だろ」
未練を残した霊が、ずっと現世に留まることはないのね。




