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4.ユーファの接客

 名前は知らないけれど、ナベプタもまた彼女が好きだった。小さい体で店内を動き回る様子は見ていて飽きない。


 今もナベプタからの大量注文を紙にしっかり書いている。ステーキにビーフシチューにチキングリル。その他揚げた芋や酒なども。普通ではありえない量の注文も、彼女は表情ひとつ変えずそのまま聞き入れていた。

 他の店員だとそうはいかない。そんなに食べるのかとか、だからデブなんだと言わん目つきでナベプタを見る。受け入れてくれるのは彼女だけだった。


 もしかしてこの子は、俺のことを好意的に見ているのか?


「ね、ねえ。君」

「?」


 厨房に向かおうとした少女に、思わず声をかけて引き止めてしまった。その顔からは表情は読み取れない。けどナベプタの次の言葉を待っているのは間違いない。

 ナベプタ側も、何を言えばいいのかわからなくて、少しだけ言葉に詰まった。普段から人と喋るのは苦手だ。


 けど、少女はこちらの言葉を促すこともなく、無言で待ってくれた。早くしろだなんて無礼な態度を顔に見せることもない。


 相手が女の子なのもあって、ナベプタは少し気が大きくなっていた。


「いつもすまないな。たくさん頼んで」

「別に。気にしない」

「そうか。食べすぎって思ってない?」

「……思わない。多く食べられる人は、強い」


 褒めてくれた。こんな俺を。


 舞い上がる気持ちってこんなことだろうか。しかも、無口な彼女と世間話をすることができた。

 なんて幸せなんだろう。


「き、君。名前は?」

「……ユーファ」

「可愛い名前だね。俺はナベプタだ」

「そう」


 ユーファはそれ以上の返事はしなかった。他の客に呼ばれているのを見て、そっちに向かったから。

 なんて無粋な客だ。俺とユーファの会話を邪魔しやがって。

 でも、幸せだった。他の客はユーファと世間話なんかしない。俺だけが特別なんだ。俺が、あの子と誰よりも親しいんだ。

 別の店員から運ばれた料理は、これまでよりもずっと美味しく感じられた。


 運んできた店員は、あまり好きではなかったけど。ユーファと同い年くらいの少年だ。生意気そうな顔つきをしている。なんでこんなのが接客をしてるんだ。給仕は女にさせろ。

 この少年もまた、酒場に来る女性客には人気らしい。それもナベプタには気に食わなかった。



――――



「あのデブ、相変わらずよく食うな」


 厨房に戻ってきたレオンが呆れた風に話しかけてきた。あのデブって何よ。私はホールの方は見てないから、どんな客が来てるかとか知らないんだけど。皿洗いで忙しいし。


「あのお客さんねー。よく食べてくれるから、うちとしては儲かっていいんだけど」

「俺としては、太りすぎて心配になる。ああいう人間は寿命も短いらしいから」

「亡くなったら未練すごそうだもんね。霊って食事しないんでしょ?」

「しない。ただそこに漂ってるだけ」

「ナベプタのこと?」

「お?」


 私は知らない客を、レオンとニナは把握している。ふたりで話してるところに、ユーファが入ってきた。


「ユーファちゃん、あの人と話したの?」

「名前を訊かれた」

「そっかー。悪意があるかは知らないけど、ちょっと用心した方がいいかなー。あの人への残りの注文は」

「俺が持っていく」

「ありがと。ユーファちゃん。お客さんのほとんどは良い人だけど、時々悪いこと考える人もいるからね。お客さんとあんまり仲良くしちゃ駄目だよ?」

「酒飲んで気が大きくなってる奴もいるからな」

「うん」

「こらそこ! 忙しいんだからサボらないでよ!」

「いいでしょ母さん! ユーファちゃんの安全のためなんだから!」


 給仕係が三人も手を止めてちゃ、接客が滞る。店主のサマンサに怒られたけど、ニナは怯むことなく言い返す。


「ほら。ユーファちゃんはあそこの、お姉さんばっかりのテーブルに行きなさい」

「あの女たち、俺に来てほしいって言ってるんだよな。俺のファンって堂々と言ってた」

「レオンを狙う悪い大人もいるのかー」


 そんなお喋りはしつつ、三人はそれぞれホールに戻っていく。ちゃんと仕事はしてる。


 私はと言えば、大量に戻ってくる汚れた皿をひたすら洗っていた。皿洗いの仕事も得意になってきたわよ。元公爵令嬢だけど、こういう仕事も出来るの。偉いでしょ?

 なんて、レオンたちが私のわからない話題で盛り上がってたのが悔しいから、その気持ちをぶつけるように皿をごしごししてたら。


 ふと、ホールが騷しくなったのに気づいた。


 いや、酒場だから騒がしいのはいつものことだけど。「殺してやる!」なんて声が上がるのは異常事態よね?

 というわけで、皿洗いの手を止めてホールの方を見る。


 若い女性がひとり、立ち上がってナイフを持っていた。ナイフと言ってもテーブルナイフで、ステーキは切れても人を殺すほどの切れ味はない。けれど殺意は本物のようだった。

 ナイフが向けられているのは、ひとつのテーブルについていた女性の集団。年配の方が多いようだ。


 驚いた顔をしながらも、ナイフを持った女性とは顔見知りらしく、宥めようとしていた。


 周りの客は騒然としていて、何事かと連れと話していたり、逃げ出すべきか見物すべきか迷ったりしてた。

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