33.ナイフ
「エドガーはリフと一緒に兵士の所に行ってくれ。事情を話して、ナベプタの家まで確保に向かわせる。それで大人しく逮捕されれば終わりだ。死んだ奴の冥界送りはまあ、なんとかする」
「わかりました。なんとか、とは?」
「そいつが未練を持っていたとして、ナベプタが捕まり罰を受けるだけで満足するかは微妙だから。とにかく、捕まえに行く時はエドガーも同行しろ。死者のために祈ってやれ」
「わかりましたよ。レオンは何をするんですか?」
「万が一、ナベプタが既に動き出している可能性に備える。ルイとユーファと一緒に、街を見回る」
「この街、広いわよ。ナベプタと都合よく会うなんてあるかしら」
「さあ。可能性は低いな」
「そうよねー」
気楽な仕事だ。
「出くわしてしまったら、今度もボコボコにぶん殴って散々痛めつけて、死者の恨みを晴らさせてもらおう」
死んだマデロスという男の葬儀は、きっとまだ行われていないのだろう。死体はもう見つかってはいると思うけど、犯罪の証拠ということで兵が持っているはずだ。
だからそいつの霊は今も現世にいて苦しんでいる。ナベプタに憑いている可能性が高い。殺された原因である彼をボコボコにすれば、マデロスという男は満足するはず。
会ったことの無いその男の心情なんかわからないけどね。
「私は留守番ですね! お夜食作って待ってますね!」
リリアは楽な仕事でいいわね。文句はないけど。
「さあ。さっさと終わらせるぞ」
レオンの言葉に、みんな立ち上がった。
――――
久々によく寝られたナベプタが目覚めた時、まだ日は高い位置にあった。真昼だ。
不意に、ドンドンと扉が叩かれて、彼は飛び上がってしまった。
「わたしです。アーシャです。ナベプタさんいますか?」
ああ。聞きたい声だ。扉まで小走りに向かって開ける。
「良かった。ナベプタさん会いたかった!」
「おっ」
顔を見た途端、アーシャは抱きついてきた。思わず変な声が漏れる。
不安そうな顔の彼女。
「い、一体。なにがあった?」
「役所がビョルドンの拠点に踏み込んで捜査を行いました。ビョルドンは組織の壊滅を恐れて人員を逃し、自身も逃亡しています。みんなに声をかけている様子です。しばらくバラバラに身を潜めて、ほとぼりが冷めたら集まろうと」
「みんなとは、アーシャにも?」
「わたしには、そばにいてほしいとビョルドンから遣いが来ました。世話係とか、そんな仕事を任されるのでしょう。その。身の回りの世話以外にも……」
言い淀んだアーシャは自分の体を抱きしめた。
あの男。娘みたいな年の差の女の体を本気で求めているのか。なんて非道な。許せない。
「ビョルドンも不安なのでしょう。お気に入りだけで周りを固めて、どこかに潜伏しているんです。わたしは、彼の命令に背いて逃げました。あなただけが頼りなんです、イビルスレイヤーさん。わたし、怖い……」
「大丈夫。俺が守る。絶対に」
今度はナベプタから、アーシャの体を抱きしめた。
「ナベプタさん。これからのことを話しましょう」
「あ、ああ。何をすればいい?」
そう言われて、体を離す。妙に冷静な口調だった。
「これはチャンスでもあります。ビョルドンの組織が危機に陥っているので、壊滅させるなら今です。なので、これを」
「これは……!」
アーシャがナベプタに何かを手渡した。
ナイフだった。よく研ぎ澄まされているのか、白い刃がきらめいている。
「ナベプタさん。単にぶつかりに行くだけでは倒せない相手もいます。けど武器があれば別です。これを腰の高さに構えて、全力で敵にぶつかりに行ってください。そうすれば、相手をほぼ確実に殺せるか、動けない程の傷を負わさられます」
「でも。武器は……」
「お願いします、ナベプタさん。わたしのためだと思って」
「……ああ」
ただ闇雲にぶつかりに行くだけではない。明確な殺意を持っての攻撃。
ナベプタがそれに抵抗を持ったのは、感性として当然だった。
けれどすぐに思い直した。それがなんだと言うのか。ナベプタは既に人を殺している。死んで当然のクズだ。これから殺すのもそうだ。アーシャのような可哀想な少女を囲って食い物にしようとする悪人と、その仲間。殺すしかアーシャを守れないなら、やるしかない。
「わかった。やる。誰を殺せばいい?」
「来てください。ビョルドンの組織の幹部たちの居場所はわかっています。仲間たちがおびき寄せた者もいます」
「仲間たち?」
「なんと言いますか。組織内にもわたしに同情する人はいるんです。ビョルドンの仲間ではありますから、完全に信頼はできません。でも利用できる」
そうか。力関係があるんだな。アーシャは可愛らしいから、守ってやりたいと考える男が他にいるのは理解できる。
それが少しだけ嫌だった。アーシャは俺のものだ。
「ですがナベプタさん。本当に信頼できるのは、あなただけです」
その言葉が聞きたかった。
アーシャについていき、家を出る。その際彼女は少し振り返って。
「ところで、リフはどこですか?」
「ああ。外に出しているよ」
「どこにいるか、ご存知ですか?」
「いや、わからない」
「そうですか……気をつけた方がいいかもしれません。彼、頭は回りますが子供です。わたしたちのこと、兵士に密告するかも」
「えっ」
「既に人を殺していて、これからも罪を重ねるとリフの前で言ってしまいました。彼はわたしに懐いている。わたしの援助がなければ暮らしていく術もない。家もない。だからわたしたちを裏切ることはしないと思うのですが……」
少なくとも、住む家から追い出してしまった。行き場を失ったリフが助けを求めて、その過程でナベプタたちのことを話すことは十分に考えられる。




