28ユーファとリフ
犬用の、ただ干しただけの肉なんだけど。
腰のナイフに片手を添えながら話しかける。
「食べる?」
「いいの?」
少年の目が輝いたように見えた。
干しているとはいえ、元は良い肉。味付けも薄いけど、乾燥させて肉本来の旨味が凝縮されているとリリアは言っていた。だから美味しいのかもしれない。ユーファは、人間用のジャーキーの方がずっと好きだけど。
とにかく少年は、それをガツガツと食べた。餌を取られたクロが恨めしげに見ている。後で代わりを持っていってあげようと考えながら、背中を撫でた。
やがて少年は食べ終わり、気まずそうにクロを見る。彼もクロの表情の意味はわかったのだろう。
「ごめん。でも、食べるものがなくて」
「家は?」
「……無い」
「そう」
何か事情があるのだろうな。でも、聞いていいのだろうか。家が無いってことは、孤児? 浮浪者? でも、彼の言動からはどこか礼儀正しさがある気がする。
ユーファに無言でじっと見つめられて、少年は気まずそうな顔になった。
「オレはリフだ」
「ユーファ」
ようやく彼の名前がわかり、ユーファも返事をした。
「ユーファ。肉ありがとう。お返しはどうすればいいのか、わからないけど。いつか必ずする」
「うん」
「この近くに住んでいるの?」
「ううん。ヘラジカ亭に」
「……知らない。お店なの?」
「うん。酒場。働いてるの」
「そっか」
しばらく、お互いに無言になった。リフは苦々しい顔をしている。肉の味のせいではなく、働くという言葉に対して思うことがあったらしくて。
「そこで働くのは、楽しい?」
「うん」
「辛くない?」
「うん」
「そうか。羨ましな。オレも働いていて、辛かった。だから逃げ出したんだ」
「……」
だからお腹をすかせて、帰る家もないのか。
どんな仕事なのか、聞いていいのかな。それよりも気になるのが。
「これからどうするの?」
「わからない。今日は食べ物が手に入った。でも、明日からはどうかな」
リフも永遠に、ユーファの世話になって犬の餌をくすねる気はないらしい。それがみっともなく、やるべきではないことを知っている。
乞食ではないのだろう。世の中には、施しを受けるとそれを当然と考えて、もっと貰おうとする人間もいるらしい。
もしリフがそんな種類の人間だったら、腰のナイフで制圧するつもりだった。そうじゃなくても、危ない人間は世の中に大勢いる。警戒はすべきだ。
幸いにも違ったけれど。
「本当を言うと、帰る場所は無くはないんだ。けど、そこの家の人とは仲良くないし。オレを追い出したがってる」
家族ではなく家の人呼ばわり。よほど事情があるんだろうな。
聞いてもいいのか、ユーファはまだ迷っている。リフの方も言うべきか迷っているらしい。でも、肉をくれた礼はしなきゃいけないと考えているのだろう。
「なんていうかな。どこまで話していいのか、オレもわからない。目立つなって言われてるんだ。オレも追われてる身だしさ。追っているのは、オレに仕事させていた悪い奴なんだ」
「……」
話し始めると、止まらなくなった。ユーファに聞かせるというより、自分が抱え込んでいたものを吐き出すようだ。
話したかったんだな。自分の状況を心細く思っていたから。誰かに話せば楽になる。
そこに、たまたまユーファがいただけ。
クロの背中を撫でながら聴くユーファに、リフは続けて。
「仕事から逃げられたのは、勇敢なるイビルスレイヤーって奴が暴れたからなんだ」
「!」
その言葉には聞き覚えがある。最近、酒場の客もみんな話している。それにたしか、レオンも追っていると言っていた。そいつがいつか人を殺すだろうから。
ユーファの驚きにリフは気づかず、話を続けて。
「そいつに助けられて逃げて、逃げた先でも悪いやつに捕まりかけて、またイビルスレイヤーに助けられた。でもその時、あいつ人を殺したんだ。わざとじゃない。事故みたいなものだったけど……」
「その話」
「うわぁっ!?」
ユーファは思わず、リフの手を掴んでいた。
「詳しく教えて」
「えっ……」
「知り合いにいる。イビルスレイヤーを追っている子」
「ちょ、ちょっと待って。なんのこと?」
何かまずいことを言ってしまったのかもと思ったのか。リフは明らかに戸惑って、引っ張ろうとするユーファに抵抗した。勢い余って、言うべきじゃないことまで言ってしまったと、彼は不安顔だった。
怖がらなくていい。あなたは悪くない。ただ、必要だから話を詳しくしたいだけ。レオンの前で。そう説明するべきだけれど、ユーファは自分で言うことは出来ない。レオンたちなら根気強く聞いてくれるけど、リフは違う。
だから、とりあえずレオンの所に連れて行こう。リフが抵抗したとしても、人が死んでいるならば放置は出来ない。レオンから街の兵士に報告してもらって、イビルスレイヤーなる人物を捕まえてもらおう。そして、死者の霊をなんとかしよう。
ユーファが行動しているのは、レオンのためだった。
ふと足元で、クロが寂しそうに鳴いた。今日はお別れなのを察しているのだろう。肉もあんまりあげられなかったし、悪いことしたな。
「また今度。次は、もっと沢山あげるから」
そして、もっと構ってあげて、いっぱい撫でてあげよう。それに、もう少ししたら孤児院で保護してもらえるから。
そうだ。エドガーにヘラジカ亭まで来てもらわないと。とにかく、リフの用事の方が優先だけど。えっと。
とりあえず、次にどこに行けばいいのか、ユーファは判断に迷ってしまった。リフは相変わらず、何か怖いことが起こるのではと考えていてユーファに抵抗をしている。
腕力はリフの方が強かった。男の子だし、働いていて鍛えられているから。
でも、そんなに力が入るわけでもない様子で。ふと、彼のお腹がぐうと鳴った。
空腹なんだな。さっきのジャーキーじゃ全然足りなかったんだ。
よし。まずはリリアの所だ。
「あのね。お昼ごはん、一緒に食べる?」
「ご飯……」
リフの抵抗が弱まった。
「美味しいよ。それに、ケーキやお茶も出る」
「ケーキ!? そんなの食べて……」
「いいの。あなたに、悪いようにはしない」
彼は相当迷った様子を見せたが、空腹には抗えなかった。
「わ、わかった……」




