11.燻製
やがて、近所の子供たちもやってきた。普段はいないユーファの姿を見つけて歓喜の声をあげた。一緒に遊ぼと言ったり、共にクロを撫でたり。
楽しい時間だった。
遊びも一段落ついて、ユーファはリリアの所に戻る。彼女はキッチンにいた。
「おかえりなさいませ!」
「ただいま」
「クロは元気でしたか?」
「うん。可愛い」
「そうでしたか! ユーファさん、よほど大事にしているんですね。子供たちも。寝床まで用意してあげるなんて、さすがです!」
「別に……」
褒められると恥ずかしくて、ユーファは顔を背けた。
リリアが相変わらず、ニコニコとこっちを見ているのはわかった。
「さあさあ。お肉の燻製ができましたよ! ケーキも焼きました! お昼にしましょう!」
王都のお金持ちの間で流行っているという燻製機を使っていたらしい。ユーファが市場で買った木のチップを使って燻製を作っている。さっきの味付きジャーキーの他、ナッツ類や茹でた卵も燻製にしているらしい。
この方が独特の風味が出て美味しくなるとのことだ。ユーファには、独特の煙たい香りが、なんだかとっつきにくいと感じた。
大人の味なんだろうな。まだもう少し、子供でいたいユーファは、少し齧るだけにする。ケーキの方がずっと美味しかった。
リリアは燻製を美味しそうに食べていた。やっぱり大人なんだな。
――――
「レオンー。ルイー。これ食べて!」
「なにこれ?」
「燻製か」
「そう! 兄貴が仕込んだの! お店に出せるかな?」
開店準備中に、ニナが話しかけてきた。渡されたのはジャーキー。独特の匂いがする。
「なんか最近、燻製がお金持ちの間で流行ってるんだって。うちで出したら売れるかもって思って」
「金持ちの暮らしにはみんな興味を持ってるものだからな。そこから生まれる流行もあるか」
「そうそう! ただ、どれだけ売れるか予想がつかないんだよねー。燻製機は買ったけど、量は作れない」
「高いお金出して大きいの買って大量に作っても、売れないってなったら困るものね」
「でも保存食だから、しばらく腐らないのは良いかもな」
「だねー。味は?」
「……こういうのは、大人の方が美味しいって感じるんだと思う」
「へえー。レオンには、ちょっと早かったかな?」
「わからないけど。食べ慣れたら美味しく思うかな」
「やーい。子供舌」
「おいこら。じゃあルイはどうなんだよ」
「私はほら。大人だから? 学校も卒業したし結婚だって出来る年齢だし? 燻製なんて余裕よ」
「じゃあルイ、このチーズの燻製食べてみて?」
「うー。これあれじゃない。結構癖があるタイプのチーズよね? それを燻製したら、味が濃くなるんじゃないかしら?」
「ルイは大人だから食べられるよな?」
「あ、当たり前よ。大人だから食べられるに決まってるじゃないうえっ。ひ、一口だけで十分ね、こういうのは」
「やーい。子供舌」
「うるさい!」
レオンにやり返された。お互い様だから、馬鹿にするのも変よ。
「んー。母さんも兄貴もいけるって言ってたから、やっぱり大人の味なのかな。お客さんにも何人か食べて貰って評判聞こうかな」
「それがいいわね。私たちじゃ参考にならないし」
「馴染みの、よく来る仲のいいお客さんに食べてもらえば、そこから評判を広めて売れるようになるかもしれないな」
「だねー。大きい店だけど、顔馴染みみたいな客は多いし。やってみますか」
「例のデブとかなー」
「いやいや。無い無い。あの人のことはよく知らないし。いつも来るけど」
「よく食べるから、燻製も美味しくいただくかもよ?」
「これってどっちかと言えば、飲みメインでお腹を膨らませたくない人が食べそうなメニューだから、あの人の好みとは違うと思うよ?」
「というかレオン。なんでその客に食べさせようとするのよ」
「あいつも子供舌っぽいから、燻製を食べたら驚いて逃げ出すかなって思って」
「そんなわけないでしょ」
「というか、お客さんにそういうこと考えちゃいけません」
「でも。ユーファやニナに、なんか嫌な視線を向けてるし」
「あー。まあね。わたしも気づいてはいた」
「そうなの!? 気をつけなきゃいけないじゃない。レオン、今度来たら追い出して」
「まあまあ。そう慌てないの。わたしってほら、顔がいいじゃない? だから接客業向いてるし、わたし目当てでお店に来るお客さんもいるわけなんだよ」
なんでニナは得意げなのよ。自分のこと堂々と美人と言い切れるこの自信、羨ましいけど。
「そういうわけだから、多少見られるのはいいんだけどね。そのお客さんも、わたしに魅力を感じてるわけだから。でも行き過ぎると良くないし、ユーファちゃんにそういう感情を向けるのも駄目」
「だから、とりあえず様子見で、まずそうなら追い出すってことだな。昨日と同じように俺が接客して牽制する」
「そうそう。いっぱい注文してくれる良客ではあるから、大切にはしたいんだよねー」
そんな客に頼らなくても、連日お客さんは大勢来てるけれど。そのひとりひとりを大切にしてるから、ここは繁盛しているのだろうな。
「燻製メニューの試食を頼むお客さんはわたしが選びます。じゃあ今日もお仕事頑張りましょう!」
ニナの言葉に促されて、わたしは野菜の皮剥きにとりかかる。いつものように料理の仕込みをして、いつものように開店時間を待つ。お客さんが入ってきたら、食べ終わったお皿をひたすら洗う。
今日はユーファがいないとはいえ、彼女に色目を使う男のことは気になっていた。厨房にいる私には、その姿は見えないけど。何かあればすぐに動けるようにしたい。
けれど。
「あのデブ、今日は来てないな」
汚れた皿を私の所に運びながら、レオンが教えてくれた。
「そうなの?」
「ここ連日来てたけど、今日はいない」
用事とかがあるし、毎日外食はお金がかかる。だから来ない日があってもおかしくはない。
ちょっとだけ、ほっとした気持ちはあった。




