10.ユーファの休日
翌日。ヘラジカ亭は今日もしっかり営業するし、ルイーザとレオンも店員たちに混ざって開店準備をする。
けれどユーファは休みの日だから、ふたりに手を振ってから外に飛び出した。いってらっしゃいとルイーザが声をかけてくれた。
まずは市場へ。お店で働いて貰う給金で、ちょっといい塊肉を買う。他にお金の使い道もよくわからないし、こういうのにかける。
プレゼントだし、高いやつの方がいいよね。
それから別のお店で木のチップを買う。こういうのも種類が色々あるそうだけど、ユーファはまだ詳しくない。リリアから良いと言われたものを買うだけだ。
買ったものを袋に入れて抱えて、リリアの所へ急いだ。
「おはようございますユーファさん!」
「おはよう。これ」
「はい! 早速干しましょう! 前に仕込んだのも出来ていますよ!」
相変わらず声が大きい。
お金持ちの家のメイドのリリアは、王都にある別邸の管理を任されている。正確には他の仕事もあるのだけど、主人からあれこれ命令されるわけじゃないメイドだから、暇みたいだ。
ユーファの訪問を喜んでいるのは、そういうこと。普段からテンションの高い人ではあるけど。
「ふふっ。わかりますよ! 良いお肉ですね! そんなに渡したいのですね!」
「うん」
「彼は幸せですね!」
「……」
リリアの言葉に、ユーファは少し照れて下を向く。
買ってきたものをリリアに渡したユーファは、お金持ちの別邸の庭先に向かう。風通しの良い窓辺に籠が吊るしてあり、中に肉が置かれていた。
前にここに来た時に仕込んだ干し肉。ジャーキーだ。
塩を刷り込み腐りにくくしたものと、味付けせずにそのまま干したもの。それぞれ分けて置いてある。見分けはつかないけど、混ざらないよう仕切りと表示はしておいた。
後者の味付け無しのを手に取る。大丈夫、腐ってない。
「行ってきます」
「はい! 行ってらっしゃいませ!」
短く挨拶をして、別邸を出た。リリアの所に行くとルイーザたちに言ったのは嘘じゃない。けど、目的は他にあった。
別邸の他にもお金持ちの邸宅が並ぶエリアから出て、大通りの近くの商業エリアへと走る。ナディアのお店も近くにある。
そこの、建物の間の奥まった通りに入ると、彼はいた。
「こんにちは。クロ」
「ワンッ」
木製の箱にタオルを敷き詰めて作った家。そこにお行儀よく座っている、黒い犬。
それがお目当ての彼だ。
体毛が黒いからクロ。もっと格好いい名前の方がいいかなと思ったけど、この近所の子供がそう呼んでるし、犬自身もこれに反応するから、なんとなく名前が決まってしまった。
彼は野良犬だった。どこから来たのかは誰も知らない。ここの周りの家の子供たちで、こっそり世話しているというわけだ。
みんなの家では犬は飼えない。その余裕がないらしい。だから、みんな家から使えそうなものを持ち寄って、お小遣いも出し合って餌を買って渡している。大人たちには内緒だ。
バレてるかもしれないけれどね。
あ、リリアは特別。あの人は秘密は守ってくれる。声は大きいけど、言ってはいけないことは言わない。お金持ちの使用人っていうのは、そういうものらしい。
子供たちは時々集まって、クロに会いに行く。昨日、ルイーザたちと一緒に鳩退治をした時も見かけた。
その子供たちの中に、ユーファも含まれていた。みんなよりも少し年上で、仕事もしているユーファは子供たちから頼られている節がある。
こういう、休みの日じゃないとクロに会いに行けないから、みんなと一緒に会うってことは少ない。でも、こうして良い肉で作ったジャーキーをあげられるのはユーファだけの特権だ。
「はい、クロ。食べて」
ユーファの差し出したそれに、クロは鼻を近づけて臭いを嗅ぎ、そして食べ始めた。
かわいいな。村にいた頃も、犬は身近にいた。狩人の中には猟犬を飼ってる者もいるし、街で見つけた野良犬を連れて帰ってペットにしている家もあった。
村には他にも家畜として動物はたくさんいたから、ユーファもそれと触れ合う機会は多かった。もちろん狩人だから、殺す対象としての動物とも多く接していた。
動物は好きだ。クロみたいなかわいい動物は、特に好き。オオカミみたいに人を襲わないし、ウサギみたいに農作物を荒らさない。鳩も、人に迷惑をかけることがあるらしい。でもクロはそういうことをしない。
殺すべき動物と可愛がるべき動物の区別を、どうつければいいのか。ユーファはよくわかっていない。リリアに訊いてもよくわからないと大きな声で言っていた。
レオンなら詳しいかな。今度訊いてみよう。クロのことも話してもいいかも。彼も子供だし、秘密はちゃんと守る。犬の世話はしないだろうけど。
「よしよし」
ジャーキーを渡した端から食べるクロは、すっかりユーファに懐いて身を寄せてきた。そのモフモフの毛を撫でてやれば、気持ち良さそうに目を閉じる。ジャーキーも美味しそうに食べてたし、すっかり仲良しだ。
味付けの無いジャーキーだけど、クロには十分らしかった。干して、味が濃縮されているかららしい。
むしろ塩が強いと、犬の体には毒になるとリリアが言っていた。
犬の体は人間のとは違うんだな。そういうことも、ユーファにはよくわからない。
「……」
でも、クロが人に懐いていて、今もユーファを信頼しているのは確実にわかる。それで十分じゃないかな。
その後もしばらく、ユーファはクロをなで続けた。




