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1.道路工事

 大衆酒場ヘラジカ亭は、王都の大通りに店を構えている。城にまっすぐ続く太い道にあるものだから、毎日多くのお客さんで大賑わいだ。

 それはいいんだけど、ちょっと困ることもあるのよね。


「うひゃー!?」

「おっと。大丈夫か?」

「ええ。怪我とかは無いわ。……まったく。困ったものね」


 お店の前で転びかけて、レオンが咄嗟に支えてくれた。私は、道に出来た忌まわしい凹みを睨みつける。


 人や馬車の通行が多いから、道路がすり減っていく。


 多くの都市の大通りと同じく、ここは石畳の道だ。煉瓦みたいに綺麗に切り揃えられた石が並べられている。けれど往来でそれがすり減り、凹みができたり欠けたところが出てくる。

 ヘラジカ亭の前にもちょっとした凹みが出来て、私もさっきみたいに何度も転びかけてしまう。


 いえ、霊の仕業じゃないの。お客さんたちもよく転ぶから間違いない。酒場だから、酔っ払った客が帰っていくこともあるのだけど、彼らもよく転ぶ。

 往来の多い道の中で特に人の出入りが激しい店の前だから、すり減りが速いのは理解できる。有名店にありがちな贅沢な悩みかもしれない。でも、お客さんが怪我をしたら大変だ。


「ニナ。木の板とかあるか? 凹みの上に被せたい」


 レオンが店の方に声をかけると、ヘラジカ亭の給仕責任者はすぐに返事した。


「それ、明日の昼に業者が来て直してくれるって」

「業者?」

「このあたりの石畳で劣化が激しいのを交換するってさ。さっき業者の人が挨拶に来てた。ご迷惑をおかけしますって。そこの凹みも交換するって言ってたよ」

「そうか。なら良かった」

「今日だけは我慢しなきゃいけないけどね。板、用意しておくよー。ふたりは買い出しよろしくね!」


 対策されるなら言うことはない。店の出入り口ではなく、あくまで公道の一部だから、うちが勝手に直すわけにもいかないのだけど、国が動いてくれるらしい。


 レオンも頷いて、私と一緒に買い出しに出た。

 もちろん、酒場の料理の材料は仕入れ業者から毎日届けてもらっている。でもここ数日は客入りが特に多くて、仕入れ分じゃ足らないかもと経営陣たちが判断したわけだ。

 だから手が空いてる店員、つまり私たちで追加の買い出しに行けと命じられた。別に暇ってわけじゃないわよ? 今日も厨房で野菜の皮むきを頑張る予定だった。


 ま、それよりは買い出しの方がずっと楽しい。体が動かせるし、山のような野菜よりも街の景色の方が見ていて飽きない。クソガキとはいえレオンは話し相手になってくれる。


 市場への道を歩きながら街を見る。さすがに見慣れた王都の風景。市場までなら迷わずに行ける。他の目的地だと、ちょっと自信ないけれど。

 すると、ふと気づいた。


「道の整備の工事が多いわね」


 通りのあちこちで石畳の交換作業が行われている。大通りだけではなく、細い路地も同様。道をひとつ封鎖して工事をするから迂回しろと書かれた看板もあった。工事を行う組織のマークと国から委託された正式な依頼であることを示す書類が掲示されているから、無理に押し通ることはできない。

 街に不慣れな私は迂回路なんか知らず、普段の道を封じられれば迷子になるのは確実。


 レオンが一緒で良かった。


 それはさておき、どこもかしこも工事だらけだ。少しでも劣化した石があれば即座に交換する。馬車が通る時にガタガタしないように、王都の隅々まで完璧で綺麗に舗装された道に変えるという心意気が感じられた。


「王都でも端の方とか人が少ない地区は土の道のままの箇所があるけど、そこも全部石畳に変えそうな勢いだな」

「そうね。でも、なんでそんなことするのかしら」

「金が有り余ってるんだろ。鉱山採掘の利益を独占できたから」

「あー」


 私の実家の公爵家と共同で採掘する予定が、結局王家直轄領の単独になったから。

 とにかく、王家の国庫は潤ったわけだ。公共事業にお金をかける余裕ができた。


「私利私欲に使わないだけ、王家も民を見ているのね」

「アーキンの件もあるし、市民は王家の威厳が揺らいでると思っている。機嫌を取っておきたいんだろうさ。生活が便利になれば見る目も変わる。金があるのを見せつける意味もある」

「そっか。アーキンの件も、鉱山の権利を独占したのも、私たちが裏で動いてたんだけど。こっちには何も無しなのね」

「裏で動いてただけだからな。店の前の道が綺麗になるだけで十分だろ。あとは、霊たちから感謝されてるし」

「感謝はお金にならないのよね」


 その霊たちも既に冥界へ行き、この世にいない。


 レオンは聖職者だから、徳が積めたとかでも十分なのかもしれないけど。元公爵令嬢ルイーザ・ジルベットとしては、もう少し何か欲しいものだ。

 ま、私たちの行いを世間に公表するわけにもいかないし、言っても誰も信じてくれないだろう。霊の未練を晴らしましたなんて。


 だから、現状で満足するしかない。



 迂回路を歩いて市場に向かう。その間もあちこちで工事が行われていた。

 道の石を外して綺麗な石と交換して、運び出す。大変な作業だ。男たちがヒイヒイ言いながらやっている。


 大変な仕事よね。私には出来ないし、彼らには尊敬しかない。

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