9:最後のプレゼント
リリーを抱えたジャンヌは、胸に手を当てた。
すると彼女の胸が、まるで水面のようにトプンと波打って、そのまま手が中に入った。
ジャンヌが胸から手を抜こうとした瞬間、碧色の眩い光とともにエネルギー波が生じる。
それを感じ取ったマリアが振り返った。
「貴様・・・!!なにを!?」
「気が変わった。この子を助ける。」
「一体なんじゃそれは!?」
ジャンヌが取り出したのは、碧く光る小さな結晶。
指でつまむほどの大きさしかないが、尋常ではない力を秘めたものだということをマリアは瞬時に悟った。
「私の400年に渡る生命魔法の叡智の結晶だ。これをこの子に譲渡する。同じ血筋なら適合するはずだ。」
「それを渡せば、お前はどうなる?」
「死にはしない。ただ殺せない魔女の王から、殺せる魔女の王になるだけだ。」
「ジャンヌ・・・お前・・・。」
リリーを見つめるジャンヌの顔は、変わらず無表情だ。
ただ彼女の目が先程と・・・冷血無悲な魔女の王の物ではなかった。
死の淵にいる娘を救おうと試みている、落ち着いて、優しい母の眼差し。
「お前から色々な感情を教えてもらった。だから死ぬな、リリー。」
ジャンヌが碧色の結晶をリリーの胸に当てると、『すぅ・・・。』と溶けるように入っていった。
◇◇◇
「あれ?」
ボクはいつの間にか何もないところで寝ていた。
下がモクモクと霧でいっぱいで、上はなんか碧色に光ってる不思議な景色。
「えっ~と・・・何してたんだっけ?」
確かママと一緒にご飯食べて、それからボクの誕生日パーティーになって、それから家が・・・。
「あっ・・・!!!」
全部思い出した!!
ママと異端審問官?のマリアさんが戦って、それに巻き込まれてボクは・・・。
「まさかここって・・・天国?!?!」
「いや違う。」
振り返ると、ママが立ってた。
ちょっと申し訳なさそうな顔で、ボクを見ている。
「違うって?」
「私の力・・・400年間で至った生命魔法の極致をお前に移した。あと少しすれば、お前の傷は全て消え、そして目が覚める。」
「そっ、そんな大事な物・・・貰っていいの?」
「気にするな。7歳の誕生日祝いと思って受け取ってくれ。これがお前への、最後のプレゼントだ。」
「最、後・・・?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「お別れだリリー。お前は私のもとを離れて生きるんだ。」
「えっ・・・ええっ!?!?」
ママとお別れなんて・・・そんなの・・・!!!
「いっ、イヤだよ!!ボクまだ大人になってないし、ママから教えてほしいこといっぱいあるんだよ!?」
「お前はもう十分立派になった。私から教えることはもうない。それに、私からよりもっといい奴から学べばいい。」
「ママよりいい人なんていないよ!!」
「私は母になるべきではなかった。相応しくなかったのだ。」
「魔女の・・・王様だから?」
おそるおそる聞くと、ママはニッコリと頷いた。
「お前だって怖かっただろう?母親がこんなのでは。素性がバレてしまった以上、これから多くの苦難があり、それにお前を巻き込む。違う道を歩んだ方が互いのためだ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「・・・・・・・ヤダ。」
「なに?」
「イ~~~~~~~ヤ~~~~~~~だッッッ!!!魔女の王様!?世界の敵!?そんなんボクに関係ないし!!ママはママだよ?仏頂面で、魔法の勉強が厳しくて、料理上手で、朝遅くて、ちょっと生意気なトコあるけど、ボクに優しくしてくれる、ただのママ!!お別れすることにはぜ~んぜ~ん、ならないッッッ!!!」
大声でボクが言ったのに、ママは「フッ・・・。」と笑った。
「なにそれ!?」
「いや。お前にはつくづく驚かされる。我が娘ながら本当に面白い。」
「面白いってなに!?ボクめっちゃ真面目よ!?」
「ああ、すまんすまん。だがお前が目を覚ませば、私は既にお前の傍にはおらんぞ?」
「え?目の前にいるじゃん?」
「今の私はお前に移した力に宿った魂の残滓、心の切れ端みたいなものだ。お前の魂にこの力が定着すれば、二度と起きることはない。どうだ?諦める気になったか?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ボクの頑固さを甘く見ないで!ママだって分かってるはずでしょ?ボクがすごくしつこいって。」
「ほう・・・。ならどうする?」
「どうする?もちろん追いかける!世界のどこにいようと絶対見つけて、❝ね?離ればなれにならないでしょ?❞って言ってやる!!ママにはボクが追い付くのを、楽しみにしけあげるんだからッッッ!!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「なら頑張れ。早く私を驚かせてくれよ?」
心の中のママが言った直後、碧い空が光って、ボクはあまりのまぶしさに目をつむった。
◇◇◇
「ん・・・あれ・・・?」
リリーは目を覚ますと、自分が地面の上に寝転がっていることに気付いた。
ムクっと起きて下を向くと、焼けてボロボロになった服の切れ端を着ていた。
「すごい・・・完全に治癒しておる・・・。」
横で四つん這いになりながら自分をまざまざと見つめるマリアに、リリーはドキっとした。
「うひゃ!?!?」
「大事ないか?ジャンヌの娘よ。」
「だっ、ダイジョブです・・・。あっ・・・!!ママ!!!」
スクっと立って辺りを見回したが、ジャンヌの姿はどこにもなかった。
「お主を助け、わしに託した後、奴は何処かへ去っていった。」
「ママ・・・。」
「今は何も考えるでない。お主の命が助かっただけでも良しと思おう。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「絶対見つけて会いに行ってやる。」
「なぬ?」
暗い表情から決意に満ちた眼差しをし、手をグッと握るリリーにマリアは少し面食らった。