7:魔法と奇蹟
ジャンヌの青く光る腕とマリアの白く輝く剣が交差し、互いにギチギチと音を鳴らす。
刃を受け止めているはずなのに、ジャンヌの腕は斬れるどころか切り傷一つなかった。
鍔迫り合いが10秒ほど続き、ジャンヌの空いた左手に原初魔法特有の青い光が生じ始めた。
「むっ!」
熱線が放たれる寸前に、マリアはジャンヌの腕を剣で弾き離脱した。
「逃がすか。」
ジャンヌの両手から青い熱線が発射され、マリアに迫る。
すると、マリアの背中から6枚の純白の翼が伸び、彼女は空へ飛んだ。
滑空しながらジャンヌの熱線を躱すその姿は、まさしく天使の如く。
「次はわしの番じゃ。」
ジャンヌの熱線にクールタイムが生じた隙に、マリアは剣を天高く上げた。
切っ先に雷の玉が現れ、徐々に大きくなる。
「雷石よ、呑み荒ぶれ。霹靂・玉!!」
マリアが剣を振り下ろした瞬間、雷の玉は周囲の木や石を飲み込みながらジャンヌに向かっていった。
ジャンヌがそれを両手から放った熱線で破壊すると、眩しい光と稲妻を放出して爆散した。
地面に降りたマリアは、ジャンヌがいたところの土煙を眺める。
「仕留めきれておらぬだろうな・・・。」
マリアが言った直後、無数の青い玉が土煙から飛んできた。
マリアは後ろに下がりながら、その全てを剣で斬った。
「やってくれたなぁ・・・!!」
露わになったジャンヌの姿は、顔半分が吹き飛んでおり、その下の左半身には炭のような火傷が広がっていた。
とても生きていられないような状態だがジャンヌは立っており、それどころかものの数秒で傷は綺麗に治癒した。
「尋常ではない回復速度・・・生まれ持った原初だけでなく、生命魔法も極めたということか。」
「これで分かっただろ?私を殺すことなど無理だ。」
「消し炭にしてしまえばあるいは・・・な?」
マリアが剣を深々と地面に刺すとバチバチと光りながら唸り始め、幾本もの稲妻が天に伸びた。
「やたらでたらめな技を・・・!!これがその剣の・・・!?」
「ご名答。これがわしの天使ラムエルの奇蹟・雷将。雷を生み出し、その全てを操ることができる。こんがり焼かれたくなくば逃げるしかできんぞよ?」
地面から放射される雷に逃げ回るジャンヌを、マリアは穏やかに傍観していた。
ジャンヌの心に僅かだが焦りが生じる。
400年、その長い生涯においてジャンヌは多くの異端審問官を葬ってきた。
しかしたった一人で自分をここまで追い詰めたのは、彼女が初めてだったからだ。
反撃の隙が全く見えない。
一瞬たりとも動くのを止めてしまえば、無数の稲妻に打たれ、塵も残らぬほど焼かれてしまうだろう。
そうなってしまえば、再生するにも時間を要する。
それまでに次の一手を打たれてしまえば・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「手数を競うか。」
ジャンヌの右腕が棘々しい羽根に覆われた翼に変化すると、それと広げて空に上った。
稲妻が届かない距離まで上ると滞空し、左手の指からレーザーのような細い熱線をマリアに放った。
「なんと・・・!」
マリアは背中に再び翼を発現させ、上空に退避した。
「逃がすか。」
ジャンヌはもう片方の腕も翼に変化させ、逃げるマリアを追う。
羽根の何本かがマリアの方へと向き、青い原初魔法の光弾が機関銃のように発射される。
夜空を舞いながら逃げる異端審問官とそれを追う魔女。
まるで夜鷹の如き両者の姿は、何処か幻想的であった。
やがてマリアは地上に降り、そのままターンしながらジャンヌに向かって斬りかかった。
ジャンヌは神速とも呼べる斬撃で両腕を吹き飛ばされたが、すぐに再生させ両腕に原初魔法のエネルギーを溜めるとマリアと激しい打ち合いを始めた。
ぶつかり合う二人の聖剣と魔腕、そして時折放たれる熱線と雷撃により、森は焼かれ、地面は抉られ、空気は焦がされる。
やがて埒が明かないと感じた二人は、再び距離を取った。
「私をここまで滾らせたのはお前が初めてだぞ、マリア・ガブリエル。」
「それはわしとて同じこと。さすがは魔女の王。ここまで手こずるとは思わなんだ。」
互いに殺すべき敵同士でありながら、ジャンヌとマリアはまだ見ぬ相手に心躍らせ敬意すらも覚え始めていた。
「だがいい加減疲れた。互いに奥の手を披露し、勝負を決めようではないか?」
「奇遇じゃの。わしも同じことを考えておった。」
マリアが剣を手放すと、地面に落ちず電気が霧散するように消えた。
二人の間に沈黙が流れる。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
ジャンヌは両腕を大きく広げ、マリアは手を組んで祈るポーズを取る。
「魔界解放・闇に帰す劫火。」
「聖域解放・廻る命、その旅路。」
ジャンヌとマリア、両者を中心に生まれた空間が拡がり、互いにぶつかり合った。