52:陰謀の歯車
金曜日の放課後。
リリーとディアナは明日のレースに向けての最終調整に打ち込んでいた。
「ディアナ次コーナーだよ!?いける!?」
向かい風を顔面全体に受けながら、リリーはディアナに問いかける。
「問題ありません!!そっちこと手を離さないように!!」
「フッ!言うね~!?ほんじゃ!気合い入れなきゃ!!」
最終コーナーに差し掛かったところで、二人は繋いだ手をギュッと繋ぐ。
そして、一羽のハヤブサの如きスピードと連帯感で、最終コーナーを曲がった!!
「よし!今日の練習はここまで!二人とも戻ってこい!!」
ヴィキから終了の合図が飛んで、二人は手を繋ぎながらヴィキとカイがいるところまで戻り着地した。
「どうだったヴィキ!?」
「二人ともだいぶサマになってきたぜ。最終調整はとりあえずこれでバッチリだ。あとは当日の運とモチベーション・・・だな?」
カイの方を見ると、ヴィキに同意するという意思のもとコクっと頷いた。
「あたしらに教えられんのはここまでだ。よく頑張ったなお前ら!」
ヴィキに頭をくしゃくしゃと撫でられたリリーは、ご主人様に褒められるワンちゃんみたくまったりとした表情を浮かべる。
「えへへ♪ありがとうヴィキ。それにカイも。この三日間にボク達の面倒みてくれて。優勝したらメダル二人にあげるよ。」
「おいおい優勝メダルは二人の努力の賜物なんだからお前らが持っとけ。あたしらはお前らに貰わなくてもいっぱい持ってるからな!」
三人の中でドッと笑いが起き、ディアナも「フフフ・・・。」と若干堪え気味に笑った。
「おっ!ディアナ笑った!最初の頃はあたしらが冗談言っても笑わなかったのに。」
「表情もだいぶ柔らかくなったし、いい傾向だね。」
この頃になると、ディアナのリリーに抱いていた負い目も一切なくなっていた。
練習を初めた頃は、ディアナはリリーに対して気付かぬ内に奥手になり、息が合わないことも多々あった。
でもリリーが持ち前の明るさでリードしてくれたおかげで、ディアナは自然と彼女の動きに合わせるようになり、後ろめたさなんか完全に吹き飛んでしまった。
「じゃあ今夜は明日の前祝いにパァ~っといこうや!!」
「クララさんに話はもう付けてるしね。」
ヴィキとカイの話を聞いて、リリーとディアナは満面の笑みになった。
「それはバチヤバだ!!ディアナ早く早く・・・ん?」
リリーが手を引っ張るのを待たずに、ディアナの方から繋いだ手をぐいぐい引っ張ってきた。
「早く帰りましょリリー!夕飯が冷めてしまうわ♪」
「フッ。しょうがないな~♪」
互いに仲良く手を繋いで先を行くリリーとディアナを、カイとヴィキは微笑ましく眺める。
「よかったねヴィキ。あの二人、もうすっかり仲良しだね。」
「ああ。いいレースが明日見れそうだ。」
リリーとディアナに呼ばれ、カイとヴィキも二人に追いついて帰宅の途につくのだった。
◇◇◇
ミカエル家の館の夕食の席。
ボレアリスはディアナの三つ上の兄と、二つ上の姉と食事を取っている。
「お父様。ディアナはどうしたのですか?最近見ませんが。」
「あの子は寮の仲間と過ごしている。」
「誠にですか?」
「ああ。」
ボレアリスからディアナの近況を聞き、兄は不機嫌な顔をする。
「低俗な輩と寝食をともにするなんて・・・。アイツ頭に毛虫でも湧いたか?」
「今は春ですものね、お兄様。どこに毛虫が出てきてもおかしくない季節ですもの。」
呑気な皮肉を言う妹に、兄はますます不機嫌になる。
「ことはそれだけではない。あの子、よりによって・・・ジャンヌの娘と最近親しくしているみたいなのだ。」
兄と妹の表情がガラリと変わった。
「まぁ!!あの穢れた魔女の娘と!?なんとおぞましい・・・。」
「全くだ。ディアナにはアレを殺すように命じたのだが・・・ミイラ取りがミイラになるとはこのことよ。」
「お父様そんなことをディアナに命じていたのですか?」
「家での将来をエサにな。まぁ、お前にとっては上手くいかない方が好都合だったな?」
ミカエル家の最高権力者の候補は、家の全ての女にあてはまる。
ライバルの足がもつれることは、ディアナの姉にとって喜ばしいことだ。
しかし姉は、「滅相もございません?」とわざとらしく口元をフキンで拭いながら言った。
「しかし、当主であるお父様の言いつけを破るだなんて、これは許されざる不敬ですぞ。何かしらのケジメを付けさせる必要が・・・。」
兄の提言にボレアリスは手を組んで熟考する。
「そうだな。何かいい手は・・・。」
考え込んでいた時、姉がそっと手を上げる。
「なんだ?」
「今週の土曜日、ディアナはジャンヌの娘とツインハイトに出場するみたいなのです。」
「本当か!?」
「ええ。」
娘がジャンヌの娘とコンビネーションが求められる競技に出ると知り、ボレアリスはますます憤る。
「ディアナめ・・・どうしてくれようかぁ・・・!!!」
「そう興奮なさらないで下さいお父様。わたくしから一つ、ご提案が。」
「言ってみろ。」
「お父様も観覧として会場に出向くのです。そこでレース中に・・・二人を攻撃するのです。」
娘からの思いがけない提案に、ボレアリスは目を見開いた。
「どういうことだ!?まさかディアナを殺せと!?」
「そうではございません。あくまでもディアナが大ケガを負う程度に妨害して下されば。ジャンヌの娘には、気付かれないように死ぬほどの攻撃を与えるのです。」
ボレアリスは娘の提案の意図を理解する。
「つまり、こういうことか。ジャンヌの娘を殺すこととディアナに私の命に逆らうとどうなるかという見せしめ。そして私に尻拭いをさせたという事実を突きつける。この三つを同時にやれば良いと?」
「そうです!さすがはお父様。お話が早いです。わたくしとしてもディアナが傷つくことは耐えられませんが、可愛い妹を間違った道から救うため、涙を飲んでお父様のご厚意を見届けましょう。どういたしますか?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「お前の提案、飲もう。ディアナには、私の手を煩わせたことを後悔してもらおうかな。」
「ありがとうございます。それで今回のこと、お母様に御知らせは?」
「勿論やっておく。お前の手柄としてな。」
「とんでもない。わたくしはただ、あくまでご提案をしただけ。」
「たわけめ。」
ボレアリスは満足そうにワインをグビっと飲む。
結局のところ、この姉も自らの将来を考えて叩き台を用意したいだけなのだ。
ディアナのことなど、一切大切に思ってない。
最も大事なのは、未来に備えての、己の点数のみ。
魔女の子と異端審問官名家の子。
相容れないと思っていた二人が友情を育んでいる間に、卑劣な陰謀の歯車は動き出していた。




