29:異端審問官リリー・クローバー
マリアに付いていきながら、リリーはキラキラした目で学院を見回す。
自分たちが登っている階段の横には川が流れており、色彩豊かな小鳥たちのさえずりがそこかしこから聞こえてくる。
「どうじゃ?気に入ったか?」
興味深々なリリーに気付いたマリアが話しかけてきた。
「はいすっごく!ここで勉強するのがとっても楽しみです!!」
「かかっ。そうかそうか。それは良かった。じゃがここで学ぶにはそれ相応の覚悟もいる。なにせここで学ぶのは、魔女と戦う術なのだからな。」
「なっ、、何を、勉強していく、、のですか?」
「色々じゃ。異端審問官の歴史や魔法への対処法、概装天使の扱い方、中でも一番の目玉は・・・先生に同伴し魔女狩りを実際に見ることじゃな。」
この学校に入学した生徒は、一回生の段階で異端審問・・・魔女を倒す資格が与えられる。
一人前の異端審問官を目指す傍らでいきなり実戦投入されることにアイリスは身震いした。
だがリリーは張り切った表情をし、学院で学ぶ意欲を見せた。
「ママを見つけるための手がかりを、絶対に見つけてやる!!」
「わしの脅しは通用しなかったみたいじゃな。」
つい悪いイタズラ心が出てしまい、マリアは自分自身を諫めた。
五人は頂上の塔より一段下の、数ある講堂の中で一際大きな棟についた。
「お~ディアナ。待たせたの~。」
講堂の前で腕を組んだディアナが、ムスッとした顔で待っていた。
「先に着いておったので案内したのじゃ。」
「へ~ディアナ偉いな~!ボク達は昨日夜更かししてちょっとギリだったもん。でも寝れた?ドキドキしなかった?」
「話しかけないで。ジャンヌの娘。」
気さくに話すリリーを、ディアナは邪険に扱った。
「かっ、感じ悪・・・。」
「フン!そっちの変な髪の下女も話さないで下さる?吐いた息をわたくしが吸うハメになるじゃないの。」
悪びれず罵るディアナに、アイリスは目くじら立てて迫ろうとする。
「門出の日にもめ事は感心せんな。お互いそれまでにしてもらおう。」
マリアに叱られ、アイリスとディアナはおとなしくなった。
「では行こうか?先生と先輩方が待っておる。」
マリアが講堂の扉を開け、三人は中へと入った。
「あたしらはここで。頑張ってこいよアイリス!!」
「ばっちこ~い。」
姉達に送り出されたアイリスは、はにかみながら手を小さく振った。
講堂に入った三人は、再び息を飲んだ。
内部は白い壁に金細工が施されており、天井には天界を模した壁画が描かれ、壇上には教会のシンボルマークの旗が掛けられ、その前には純白の桜が咲いた樹が立っていた。
両脇には同じクローバー寮や他の寮の上級生、教員が控えている。
彼らに見られながらリリー、アイリス、ディアナはマリアに静々とついて行く。
壇上の前に着くとマリアは三人にそこで待つように指示をし、一人壇上のブックスタンドの前に立った。
「今年も我が学び舎に新しい仲間を迎えられることができた。クローバー寮に三名じゃ。世を乱す魔女と戦う志を持った者を出迎えられたことに、学長として大変誇りに思う。なお、すでに承知だと思うが、その中に風変りな生徒も混じっておる。どうか差別や嫌悪を抱くことはせず、同じ学び舎で学ぶ家族同然の交流をしてほしい。」
ギャラリーから微かなざわめきが起こる。
全員に情報が行き届いているのだ。
ジャンヌの娘が入学してきた・・・と。
「ではこれより、クローバー寮に入学する三名の初階異端審問官資格授与式を行う。名前を呼ばれた者は前へ。ディアナ・ミカエル。」
「はい。」
壇上に上がったディアナは、マリアから初階異端審問官の位を証明するバッジを胸元に付けられた。
「では、口上を。」
「誇りあるミカエル家に生まれた者として、その血に恥じぬよう努めます。」
盛大な拍手が送られ、ディアナは堂々とした佇まいで壇上を降りた。
「アイリス・ロナウド。」
「ひゃっ、、ひゃい!!」
緊張のあまり両手両足が一緒になってアイリスは壇上に上がった。
バッジをマリアから贈与され、アイリスはオルゴールのように皆に向かった。
「おっ、、おばあちゃんみたいな立派な人に、なっ、、なりたいので応援よろしくお願いしゃしゃす・・・!!!」
勇気を出して口上を言ったアイリスに、戸惑いながらも出席者は可もなく不可もない拍手を送った。
アイリスは真っ赤になった顔を押さえて急いで壇上を駆け下りた。
「では最後・・・リリー・クローバー!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「お主じゃぞ。」
「へ?ボク?」
マリアに指摘されてリリーは驚いた顔を自分で指で指した。
「お主意外に他に新入生はおらんぞ?」
「でもボク苗字なんかないよ?」
「ないと不便だと思って勝手に付けた。願掛けのために寮の名から取ったのじゃから喜べよ?」
幸運の寮から取った苗字。
それはマリアがリリーに贈ったエールだった。
母親と再会できますように・・・と。
いきなり付けられた苗字に困惑しながら、リリーはいそいそと壇上に上がった。
「あれが魔女の王の娘・・・。」
「思ってたより普通の子だな。」
「言うほど怖くないかも。」
列席者からブーイングが起きなくて、マリアはホッとしながらリリーにバッジを贈与した。
「ではリリー、口上を。」
「こっ、口上?何言うんですか?」
「何でも良いぞ。取り敢えず意気込みを言うのじゃ。」
「意気込みか~・・・。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ジャンヌの娘のリリー・クローバーです!!絶対ママを見つけて❝わ!?❞と驚かしてゴンドルの森でも一回暮らしますッッッ!!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「あれ?なんか変なこと言っちゃった?」
「全然そんなことはないぞ。ぷぷっ!ははっ!実にお主は、退屈させぬなぁ。」
「ん~?」
自分から魔女の王の娘だと名乗って、しかも再会して元居た森に帰ると宣言したリリーに列説者の反応はバラバラだった。
理解できない者。
ふざけた志に腹を立てる者。
マリア同様に愉快に感じる者。
かくして魔女の王ジャンヌの娘、リリー・クローバーは異端審問官の異端児として華々しいデビューを飾るのだった。




