19:憧れの祖母
アイリスはウィクトリア王国の中央王都・エンデから、北に進んだ農業地帯に生まれた。
両親と8つ歳が上の双子の姉、そして祖母の計五人家族。
収入源は実家が営んでいるブルーベリー農園。
父親の家系がこの地に移り住んでから始めた老舗だ。
ワインやジャムなどの加工食品に適した品種で、取引先も多岐に渡る。
周辺農家の中でも取り分け多くの財を成しており、かつ作物の栽培の手ほどきも行なっていたロナウド家は、地元では名の知れた家族だった。
そんなロナウド家には、親しい地元民でも知らない裏の顔があった。
祖母、アメリア・ロナウドの代から異端審問官の家系であることだ。
始まりの由来は諸説ある。
アメリアにただ単に異端審問官の素質があったからだとか、アメリアの代で彼女の家系が異端審問官の血筋で再び表舞台に出ることを決めたとか。
とにかくアメリアは異端審問官の世界で頭角を現し、教会内でもかなり顔の利く人物であったという。
アイリスの家が営んでいる農園のブルーベリーのおよそ7割近くが教会に卸されているのがその証だ。
◇◇◇
「ライラ~!!ルシール~!!あんた達また概装天使たちに畑手伝わせたでしょ~!?」
カンカンに怒った母親が、鍬を片手にライラとルシールを追いかける。
「だって久しぶりに実家帰ってきたんだよ~!!のんびりしたいじゃ~ん!!」
「重労働お断りぃ~。」
ライラとルシールは逃げながら母に反抗する。
やがて二人は、木の下で本を読んでいたアイリスの方へと向かった。
「おっ、おねえちゃ・・・。」
「おおアイリス!!匿って~!!」
「お母さんがいじめる~。」
ライラとルシールは戸惑うアイリスの背中に隠れた。
「妹を盾に使うなんて・・・!!何と卑劣な!!」
「へへ~ん!!三歳のほとんど赤ちゃんを無理やりどかせられるかなぁ~?」
「これでウチらの勝ち確。」
母親と姉二人に挟まれて、アイリスはひどく困惑した。
「小っちゃい妹を使ってまで仕事をサボりたいその度胸・・・認めるわ。」
木の上から声がしてライラとルシールはハッと振り返った。
ポニーテールに結った桃色の髪に、シワが目立つが美人と形容できる顔立ちをした長身の老婆が、しっかりした足腰で枝に立ち、三人の孫を見下ろしていた。
「あなた達の度胸に応えて、私も本気でお仕置きするとしよう!!」
「げっ・・・!!」
「ばあちゃ・・・。」
アメリアはフワッと木の枝から降りたと思うと、自由落下を活かしてライラとルシールに同時にげんこつした。
とても百歳とは思えない華麗な動きだった。
「お~い!!近所からライラとルシールの帰省祝い貰ってきたぞ・・・って、あれ?」
畑に使う肥料の仕入れから戻ってきた父が、目の前で繰り広げられる光景に目を丸くした。
「俺が出かけている間に何が起こった?」
「この二人また天使に畑仕事やらせてたんですっ!」
「ははっ。それでお袋にシバかれたと。」
状況を理解した父はケラケラと笑った。
のびる二人の襟首を掴んで、母はライラとルシールを畑に連行していった。
ポカンとその光景を見るアイリスの頭に、アメリアはポンと手を置いた。
「おばあちゃんこれからハイヤーさん家にパンを買いに行くけど、アイリスも一緒に行く?」
「う、、うん!」
詰まりながらも元気のある返事をして、アイリスはシワだらけだが暖かさに満ちた祖母の手を繋ぎ、買い物に一緒に出掛けた。
優しく高潔で、それでいて朗らかで上の双子の孫たちのノリにもついて行けて、リーダーシップもあり家族の大黒柱しても農園の経営者としても優れており、身内だけでなく周囲一帯の同業者たちからも慕われていた祖母は、気弱で引っ込み思案で、人を前にすると緊張してしまうアイリスとは対極の人物であり、彼女にとって祖母は目標であると同時に羨望・・・羨ましいく思う人物だった。
そんな憧れの祖母が、自分と同じ気弱だったと聞かされ、冗談にしては悪過ぎるとアイリスは思った。




