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歴女JK謀神の子供を産む  作者: 星野林


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1545年 南蛮人からの反応 第三次出雲侵攻

『離島で銃が高値で売れたから、ジャパンって国はボロ儲けできると思ってましたが……』


『そんな甘くなかったですね』


 1545年、豊前にてポルトガル船が交易を求めて港に入港していた。


 港では異国人がやって来た為大騒ぎになったが、豊前守護代の杉重矩が対応し、貿易を行いたいとして話し合い、種子島で喜ばれた鉄砲を見せたが、普通に量産していると返答されて肩透かしを食らってしまった。


 ポルトガル人達と杉家の家臣や杉家から遣わされた商人達が互いに商品サンプルを見せあった結果、ポルトガル人達は砂糖や真珠、数々の工芸品に食いついた。


 一方で杉家の方も東南アジアの産物やインドの茶葉等に興味を引かれ、大陸系の通訳と漢文を使って意思疎通を行った。


 そんなポルトガル人達は博多に移動し、博多で商人達から歓迎されると、港で巨大船が鎮座しているのに気がついた。


『キャラックの数倍はある巨大船だ!』


『あんな船をこの国は作ることができるのか!?』


 と驚くと同時に、博多の商人達はポルトガル人達にこれを見せたら度肝を抜くだろうと鉄道を見せた。


『て、鉄の塊が動いている!?』


『そんな事ができるのか!? 異世界だ!』


 と大興奮。


 鉄砲を見て驚いている猿の国だと思ったら、都会ではヨーロッパ諸国を圧倒する技術力があると驚愕し、認識を変えた。


『オスマン帝国や明の帝国の様な強力な国家の可能性が高い』


『この国のことを調べなければ!』


 ポルトガル人達は貿易の商品について話し合いが行われた後に、手持ちの金や銀で買えるだけの真珠や工芸品を購入してポルトガル領のマラッカに日ノ本ことジャパンについての報告を行った。


 ポルトガル商人達は金になるという情報を聞きつけて東南アジアの特産品を持ってまた博多に来航し、博多で蒸気機関車を見て度肝を抜き、更にキャラック船よりも大型船の弁財船が港に多数繋がれているのを見て軍事強国であると確信し、博多に商館を建てる許可を貰い、日ノ本の調査に乗り出すのだった。








 日ノ本の情報は明経由でもポルトガル人達に流れ、おおよその情勢が掴めてきた。


『ジャパンは現在内戦中で、天皇という皇帝と宰相的立場の将軍、その将軍を動かしている大内家という権力がありますが、ジャパン全体の統制はできて居ない』


『そうなると対抗勢力に肩入れして内乱を更に大きくし、政府の権威を弱めるべきか?』


『キリスト教を用いて内部からシンパを増やすのもありだろうが……大内は既存の仏教を保護していると聞く。仏教勢力が強い以上キリスト教を広めるのは難しいかもしれないが……』


『大内という勢力は凄い金持ちかつ、こちらに魅力的な商品を売ってくれる。商売相手として当分は見た方が良いな』


『真珠に銀、香辛料に美しい絹織物……本国に持っていけば遊んで暮らせる大金が手に入るだろう』


『大内が求める物はなんだ?』


『金銀銅などの貴金属に時計などの機械類も喜ばれた。あとは東南アジアの珍しい食べ物なんかですね』


『インドの茶葉や薬草類も喜ばれた。あとは火薬も喜ばれていたな』


『火薬が売れるならガンガン売るべき!』


『あとは俺達がいつも行っている港の他に土佐の高知港って場所だと牛や豚が食べられるらしい』


『行くべき場所だな!』











 南蛮船が大内領内に停泊する様になったという話しは元就や彩乃の耳にも入り、また土佐の港にも南蛮船が来るようになった。


 元就と彩乃は南蛮人と接点を持つために土佐の毛利盛就の居城の高知城城下の屋敷に住むようになり、訪ねてきた南蛮商人と交流を持った。


 彩乃が長年通信教育で覚えたポルトガル語とスペイン語を使って南蛮商人と話をすると意思疎通が出来ることによろこんだポルトガル人の商人達は元就に付いてきた通訳見習いの家臣達と共に彩乃が食事を振る舞ったりして歓迎した。


『ジャパンの豚のステーキとても美味しいです! ソーセージも美味しいです! パンも本国の貴族が食べるような柔らかいパンは最高です!』


「土佐に商館建てて住み込めばこんな料理を食べ放題だけど?」


『それはとても魅力的です! 是非とも土佐にも商館を建てます!』


 そんな感じで土佐にも南蛮商館が並び始め、毛利家としても南蛮貿易を行うルートを確立した。


 そんなある日、毛利元経が山口留学で作った茶器が元就に届き、それを南蛮人達に見せびらかすと、それが乳白色かつティーカップのそれと近い形状をしており、南蛮商人達のお目に叶う品であった。


『これ沢山作れますか! 是非とも沢山買いたいです!』


「息子に言っておくのじゃ」


 ということで元就が元経に追加発注を行うと大喜び。


 それどころか新しい工房を立ち上げて、自分も茶器作りに精を出す茶器のお兄さんとなっていた。


「山口最高! 文化人ばっかりだから付属価値が付け放題! 売った側から箔が付く! しかも教養も学べて天国!」


 と元経大喜びで山口で人質生活をしている甥の新太郎改め足利義維と大内義隆の義の字を貰った毛利義元もこれにはドン引き。


 ただほぼ毎日茶器について語ってくる元経を邪険にすること無く受け入れるのであった。










 この年には尼子経久が死去し、尼子の全てと言われた男もこの世を去り、史実であれば大内義隆が月山富田城攻めが行われるのであるが、大内義隆は息子が産まれた事で完全に守りに入っていた。


 その象徴として遷都して約7年が経過し、朝廷の業務や幕府の幕政が落ち着いた為に改元が行われ、天文時代が本来なら続くのだが弘治に年号が変わった。


 これに合わせて弘治通宝という新しい銅銭が作られ、西日本を中心に使用されていくことになるが、山口幕府を否定する立場の奈良公方は前の元号を使い続けることになり、年号が2つ書面上存在する時代となってしまった。


 一方で武断派と呼ばれる派閥は尼子経久が亡くなった今尼子家を滅ぼす絶好の機会と断定し、出陣すべきと大内義隆を勧めるが、大内義隆は断固として首を振らない。


 台湾入植や山口京の運営で結構な資金が使われているため、安定を無理に崩す必要は無いと判断していた。


 それに室町のあった京が消滅した以上畿内の価値が大幅に低下し、あんな廃墟を占領しに行くくらいなら山口を更に繁栄させたほうが金になると判断していた。


 大内義隆の世界を見据えた視点と武断派の日本の領地しか見ていない視点の違いである。


 ただ今回は足利義維も武断派に賛同した。


「奈良公方という二重政権があるのは日ノ本の統治上よろしく無い。奈良公方を討伐し、山口の幕府の正統性を高めるべき」


 と言い、足利義維は尼子追討令を出した。


 大内義隆はこれをありがた迷惑であると思いながらも尼子を潰すために陶隆房を大将に3万の軍を預けた。


 陶隆房は尼子を武断派の勢力で追討し、陶や内藤等の武断派大内譜代家臣の権威を上げようと計画しており、毛利家に援軍を頼むことはしなかった。


 この年から陶率いる大内軍による第三次出雲遠征が始まるのであった。

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