1506年 志道広良 寝具を買いに未来へ
ある日、松寿丸様と勉強会をしようと松寿丸様の部屋に入ると、松寿丸様と一緒に見慣れない男性が部屋の中に居た。
「おお、来た来た。彩乃紹介しよう。こやつが毛利家随一の切れ者で変わり者の志道広良だ」
「おいおい若殿そりゃ無いぜ」
「仕事をサボってワシと将棋を打つ奴はそれくらいの扱いで十分じゃ」
「まぁ嬢ちゃんそういうことだ。我は志道広良。若殿が未来から来た娘が居ると言って気になって来たんだが」
「は、はい。毛利彩乃です! 松寿丸様の子孫です!」
「ほー、我の前で毛利を名乗るか……1家臣としては見過ごすことはできん! ……と普通の家臣ならなるが、若殿が言っていたおにぎりで手を打とう」
「なんじゃ広良もワシが食べたおにぎりが食べたかったのか?」
「若殿鮭ですぞ鮭……ワシも昔に安芸国で取れた鮭を食べる機会がありましたが……それはもう美味かったですぞ」
「ほう! 安芸国でも鮭が取れるのか?」
「ただ領地が武田領内なのでなかなか食せる機会が無いのが惜しいですからな」
どうやら志道様は鮭を食べたことがあるみたいで、また鮭を食べたいらしい。
「じゃあ今から持ってきますよ」
グニョンと空間を開けて、私は未来に飛ぶのだった。
「妖怪の類いか、神の使いかのどちらかは間違い無さそうですな」
「な、ワシが言った通りだろ?」
虚空に消えていった彩乃を見て、我はそう呟くと松寿丸様もそう答えた。
最初は松寿丸様が何者かに誑かされたのではないかと思っておって心配したが、本物の神通力使いとなれば話は別だ。
「おまたせしました!」
グニョンと空間から出てきたかと思うと白い袋を持って帰ってきた。
「コンビニよりもスーパーの総菜おにぎりと焼き鮭の切り身に刺身を持ってきましたよ」
そう言うと、袋の中からおにぎりと焼かれた鮭に橙色の刺身が出された。
透明な袋がかぶさっていったが彩乃という神通力使いの娘が開くと湯気が出ながら食欲のそそる匂いが鼻を通る。
「ささ、松寿丸様も」
割り箸と呼ばれる木で出来た箸を彩乃が割って渡してきたので我は焼き鮭の身をほぐして1口。
「おお!? 塩が効いていて美味い! 確かに記憶にある鮭の味だ!」
「切り身も旨いのか! どれ! ……うぅん〜塩が効いておって身が口の中でほろほろと崩れるが、それが実に旨いのぉ! おにぎりと一緒に……ん? 前のおにぎりとは違うな」
「今回持ってきたのは鮭といくら……鮭の卵を一緒に握った親子にぎりです」
「ほほぉ! どれ……!? 口の中で魚卵が弾けて、それがなんじゃ味噌……いや近いが違う何かの味がする……そして鮭の味が来る……なんじゃ!? なんの味じゃ?」
「たぶん醤油の味でしょう」
「醤油とな!?」
彩乃が袋から筒を出してくる。
それを紙で出来た皿の上に黒い液体を出し、刺身と一緒に食べてみるように言う。
我は我慢できずに若殿よりも先に刺身を醤油に浸けて1口。
「な、なんじゃこれは!?」
滑らかな口当たりに適度な油分と醤油の味が鮭の刺身の味を引き立てる。
旨過ぎて涙が出てきた……こんな物は確かにこの世の物では無いな……未来から持ってきた食べ物とは恐ろしい。
「彩乃殿、これは未来では特別な日に食べる物なのであろう? そうであろう!」
「いや、朝食とかで普通に食べる物ですが……」
「な、なんと! 未来ではこれが朝食だと! しかも普通に!?」
「な、広良。彩乃は未来から来たワシの子孫らしいが異論なかろうな」
「いやぁ素晴らしい体験をさせてもらいました。美味かった。我もここに居着こうかな?」
「広良は仕事をしろ、全く……」
「ははは、して若殿はなにを勉強なされているのです? 光る筒を置いて……光る筒!?」
「これは彩乃曰くライトという昼の太陽の光を蓄えて夜に光らせる未来の道具じゃ」
「はぁぁ……便利な物が未来にはあるのですなぁ。これがあれば夜も仕事ができますな」
「広良はしないであろうが」
「いやいや、書物を読むのにロウソクや油を使うと金がかかってしまいましてな……これであれば金がかからない! 我も欲しいくらいです」
「せっかくじゃ、広良も一緒に未来の言葉を学ばぬか? 未来の書物が読めるようになるぞ」
「ほほう。それは面白そうですな」
「いろは歌は凄いぞ! 仮名文字を全て使った歌で全て書ければ仮名文字を覚えた事になる!」
「では若殿、我に教えてくださいな」
「教えるのじゃ!」
この日から志道広良様も松寿丸様と夜に一緒に学ぶようになったし、志道様はどんな手段を使ったのか松寿丸様の夜の警護係という仕事を獲得してきて、毎日20時頃まで松寿丸様と一緒に勉強をするのであった。
「のぉ彩乃」
「なんでしょうか」
「体を綺麗にしたり、湯船に浸かるのは良いのだが、寝る時に体が冷えてしまうのじゃがどうにかならんか」
ある日松寿丸様が風呂から上がって元の世界に戻り、眠る時に体が冷えるからなんとかならないかと相談された。
戦国時代の寝具は八重畳と呼ばれる薄い畳を重ね合わせたベッドに畳の枕、それに着物を何枚かをかけて眠るというのが一般的で、毛布も掛け布団も無かった。
ちなみに現代の敷き布団、掛け布団ができるのは敷き布団が江戸時代末期、掛け布団は明治になってからで、一般的に売られるようになったのは昭和になってからである。
この時代には無い物なのだ。
「では布団を買いに行きましょうか! せっかくですし松寿丸様も見に行きませんか? 未来の寝具が売られている場所を」
「確かに興味があるのじゃ! 広良の分も買えんか?」
「夜殆ど寝泊まりしてますからね……ちなみに今日は居ませんがどうかしました?」
「吉田郡山城にて評定が行われておる。それに出席するので今日は居ないのじゃな」
「なるほど……では準備しますので少々お待ちを」
私は先に未来に行き、バスに乗ってお値段以上でお馴染みの家具、インテリアの大きなお店に到着した。
認識阻害が効いている為に戦国時代の服装でもやはり周りは気にしない。
戦国時代に戻り、松寿丸様に準備が出来た事を伝え、手を引いて未来に行くと巨大なお店に松寿丸様は度肝を抜かれていた。
「こ、これが未来の店なのか!?」
「はい、家具が売っているお店になります」
「ほほぉ……初めて未来の外に出たが……車とやらが多いのぉ」
「他人の持ち物なので触ると怒られますよ」
「そうなのか……しっかし色々な色があるな。形も大きさもバラバラじゃ……バラバラって言葉は今ので合っているか?」
「はい! 合ってますよ」
「おお! 使えた使えた!」
「では中に入りましょうか」
「おー!」
松寿丸様はまず自動ドアで驚いた。
「なんと透明な壁が自ら動いたじゃと……妖術か?」
「雷の力で人が近づくと歯車を回して引き戸が開くようになっているんですよ」
「ほ〜う……透明なのはガラスか」
「はい、特殊なガラスでそう簡単には壊れませんね」
「戦国の世でこのガラスを持っていったら幾らするか分からんぞ」
「まぁ未来でも値が張りますからそう簡単に買える物でも無いのですがね……ささ、中に入りますよ」
店の中に入ると室内の様相に驚いていたが、室内が暖かい事に一番驚いていた。
「なんじゃ!? 外と温度が違くないか!?」
「天井を見てください」
「天井?」
私が指差すとエアコンが動いている。
「あの白い出っ張りがあるじゃないですか、あれが冬には暖かい風を、夏には涼しい風を出すのですよ」
「ほほぉ!? 凄いのぉ! 未来は温度も自由に操れるのか!」
「では目的の寝具売り場に行きますよ」
「おう! なのじゃ!」




