1517年 元服に向けて
毛利家は坂家と渡辺家の当主を粛清し、毛利家から尼子の影響力を一掃したのだが、毛利家最強の武士と言われていた渡辺勝を元服もしていない当主賢太郎と小次郎の2人が討ち取ったというのは瞬く間に家臣の間に広がっていった。
「渡辺殿を当主自らが討ち取る……なかなか出来る者はありませんな」
「毛利家の当主たるものとして心構えができていて実に素晴らしい」
「毛利家も賢太郎様と小次郎様が支えていけば更なる大領を得ることになるでしょうや」
そう家臣達は言っていたが、元就は大将故に軽はずみに前に出ては駄目だと注意したが、2人の叔父である相合元綱は逆に2人を褒め称えた。
「ご恩と奉公という武士の基本があるけれど奉公を忘れた家臣を誅殺するのも主としての務め。それを若年で責務を果たしたのは立派ですよ。叔父として甥達が立派だと安心しますよ」
「じゃが……」
「兄上、流石にくどいですよ」
「むう……」
「あと賢太郎、小次郎……既に戦に出たから元服をするのが筋だけど、烏帽子親や偏諱を与えることを大内義興様にやってもらえるように兄上(毛利元就)が大内家と交渉しているから大内義興様が山口の町に帰国次第元服といたそう」
「しかし叔父上(相合元綱)、大内義興は私が生まれる前から京に居ると聞いておりますが、帰国するのでしょうか?」
「賢太郎の考えは最もですが、私も詳しくありません。兄上(元就)なら知っているのでは?」
「父上何かしっていますか?」
「うむ……実は」
この時大内義興と10代将軍足利義稙の関係が更に悪化し、将軍が京を出奔する大事件が発生しており、それにかこつけて大内義興は帰国の準備を進めていた。
大内義興も京を出発し、堺で何時でも帰国できる様にしており、それを管領細川高国が必死で引き止めているため、大内義興の帰国は時間の問題であった。
また元就は家臣を使って、大内義興の腹心陶興房と連絡を取り合っており、逐一毛利の戦の状況を報告していた。
「というわけじゃ。なので来年には大内義興様は帰国すると思われる」
「なるほど……でも父上、そうなると尼子の動きが気になりますが」
「うむ、小次郎の言うように尼子がどう動くか分からんが、結束している安芸国より、小笠原家の様に尼子に鞍替えを行っている石見方面から尼子は侵攻すると思うのじゃ。それに京極家から尼子家に守護が変わったことを不満に思う国衆も多い。大規模な侵攻は難しいじゃろうて」
「そうですかね」
「毛利家の不安分子は排除できたのじゃ。これを機に賢太郎、家臣の統制と家長の権限を拡張してくぞ。権力を家長に集中したり、毛利領内の税率を決めるのじゃ」
「わかりました。母上(彩乃)に手伝ってもらっても?」
「それは構わん。ワシは周辺国人衆の調停に動く故に頼むぞ」
「南部の国人衆で何かが?」
「うむ、遺恨だらけで凄いことになっておる」
一応安芸国人一揆として纏まっていたが、吉川は尼子に鞍替えし、毛利家の明確な味方は宍戸家しか無い状態であった。
そのため安芸中部から南部の国人衆と仲を深めたいのだが、安芸国南部の竹原小早川、阿曽沼、平賀、野間の犬猿の仲の4人組が遺恨が再燃していたのである。
詳しく説明しても混乱するだけなので、この4家は互いに領土を接しているが、互いに仲が悪く、大内義興の仲裁で一応纏まっていたのだが、安芸国の仲裁を担う予定であった兄毛利興元が急死したことで、急遽蔵田房信が仲裁を試みたが失敗してしまい、それぞれが紛争状態に突入していた。
これを好機とみた尼子が介入するのは目に見えているため、元就は平賀と竹原小早川は将来性があると判断して情報収集を行っていた。
事実平賀家は当主は凡将であるが、嫡男と次男が優秀であり、それを支える家臣団もしっかりしていた。
竹原小早川家は大内家を除けば武田家の次に強力な水軍を有しており、接触するが吉と判断していた。
安芸国中部の天野家とも関係を強化し、毛利-天野-平賀-竹原小早川のラインで海上及び安芸の大内最重要拠点鏡山城への通路を繋ぐべく外交戦を展開していた。
逆に元就が見捨てた阿曽沼と野間は尼子を通じて武田家と接触している疑惑が強く、急ぎ動かないと元就の考える対尼子の防衛戦略を1から練り直す必要に迫られる可能性も高まっていた。
元就は弟の相合元綱と吉川が敵対になったことで吉川から出奔してきた父毛利弘元の弟で、寺に預けられていたが、武将になること、毛利に役立つことを願って行動していた元就、元綱双方の叔父に当たる兼重元鎮を当主毛利賢太郎の補佐をさせながら論功行賞を行わせ、元就は安芸国内を駆け回り、外交戦を展開させていた。
「天野殿、どうですかな」
「うむ、天野と毛利、そして平賀と竹原小早川の4家が纏まれば尼子の侵攻も怖くは無いとは思うが……家中でも大内に付くべきか、勢いのある尼子に付くべきか揉めておる。双方納得させるのは不可能ぞ」
「むむ、なかなか難しいのぉ……」
「毛利の様に素早く粛清するわけにもいかぬ。さすれば家中分裂は必須故に……逆に毛利はなぜそこまで大内に忠義を尽くすのだ? 恩義を受けていたのは元就殿の兄上であろう」
「毛利家は大内の経済圏と連結しているのですよ」
「経済圏とな?」
「商人達の繋がりとでも言いましょうか……天野領内にも毛利領内で作られる蜂蜜だったり油だったりが流れてくると思うのじゃが……それが大内が高値で買ってくれるんじゃよ」
「ふむふむ」
「大内からは足りてない食料や武器を購入して取引をしているんじゃが……それが規模が大きくなると経済圏と言う言葉になるんじゃよ」
「それが何かなるんだ?」
「いや家では兵を銭で集めるようにしていて、それで大内との経済圏が途切れると毛利領内で銭が回らなくなり兵が集まらずに詰むのじゃよ。ワシの考える道筋は海に出るための物流でもあり、瀬戸内海を通れば金の集まる堺や博多と接続することが出来るようになり、毛利家はより兵を集めることが出来るのじゃ!」
「いや理解できんぞ……」
「まぁワシの妄言と思ってくれて構わぬ。銭で大内から食料と武器を買っていると分かればな!」
「ま、まぁわかったわかった。熱く語られてもなぁ……ただ平賀と竹原小早川の和議は難しいと思うぞ」
「それはワシも思うのじゃ……故に共通の敵を作り出すのが一番じゃて」
「共通の敵?」
「安芸武田家を徹底的に悪者にするのじゃよ」
元就は天野に武田家に対する印象操作という策を教えるのだった。




