1517年 坂広秀と渡辺勝の誅殺
元就様はようやく戦闘が出来る忍び衆を整備することに成功した。
元々世鬼の村の者は忍びとしての素養が高く、そこでしっかり忍びをやっている者に世鬼政時を弟子入りさせて技術を学ばせた。その後、一人前になった世鬼政時が世鬼の忍び衆をスカウトし、従来の商人、歩き巫女、琵琶法師等の情報収集をする忍び衆を座頭衆、新たにスカウトした軍事行動を行う忍び衆を世鬼衆と明確に分離した。また、両方の派閥の長に世鬼政時がつき、管理することで、指揮系統を1本化した。
こうして、世鬼政時は改めて元就様と当主である賢太郎に忠義を誓うのであった。
「(世鬼)政時、尼子に通じている者達の調べはついているのか」
「は! まずは……」
世鬼政時が尼子側に加担している者達の名前を挙げていく。
まず志道広良に毛利家の執権職を奪われた坂一族の当主、坂広秀。
次に井上衆に家臣の序列が脅かされている渡辺勝。
毛利家庶流の桂広澄も関わっている証拠が提出された。
毛利家重臣15名のうち3名が尼子に寝返っている状態は非常に不味い。元就様は、これが飛び火して弟の相合元綱を切らなければならない事態を阻止するために、世鬼政時に更に情報を集め、同時に流言を行うように指示するのであった。
「渡辺勝殿が毛利を裏切るらしいぞ」
「坂家も同調していると」
「桂家も怪しいらしい」
そんな話が民の間や兵の間で流れ始めると、いち早く桂家当主である桂広澄は噂の否定と、自らの動きが怪しい行動に写ってしまった詫びを吉田郡山城にしに来た。
「ほう、桂家は少なくとも尼子からの話は無いと」
「は、はい……」
「では清水を飲み干し、毛利賢太郎に此度噂になるような怪しい動きをしたことを謝罪し、より一層毛利に忠義を誓うこと」
「は!」
桂広澄は元就様から清水を受け取ると、水を一気に飲み干し、当主賢太郎の前で謝罪と忠義を改めて誓った。
しかし、坂家と渡辺家からは詫び状が届けられただけで、直接の謝罪は無く、その間も元就様は2家の動きを探っていた。そして、遂に渡辺家中枢に浸透していた琵琶法師の1人が、尼子の援軍を受けて蜂起し、独立しようとしている事を掴むと、坂と渡辺を除いた重臣達と相合元綱の前で盗んできた決起文を見せた。
「これは誠に渡辺勝殿の字」
「なぜこれがここに……いや、そんなことよりもこれは毛利に対して明確な裏切り」
「先手を打つしか方法はありますまい……」
重臣達は、坂家と渡辺家が謀反を企てていることを確定した今、庇うことはできないと悟り、いかに反乱の芽を摘むかの話を始めた。
「皆の軍を動かすとなると時間がかかり過ぎる故に、速攻でどちらかは片付けねばならぬ。時間との勝負ぞ。(志道)広良は他の者達と軍を起こし、尼子の後詰めへの警戒を、後見人のワシと(相合)元綱の部隊で坂と渡辺の城を急襲する。血縁関係もあり、長きに渡り毛利を支えた家じゃが、今団結を乱す行為は看過できん。首謀者の坂広秀、渡辺勝の2名は討ち取る。一族は追放し、領地も没収じゃ! 良いな」
「「「は!」」」
そこからの元就様の行動は早かった。
常備兵故に号令をかければ兵が直ぐに集まり、訓練兵を含めて1000名の兵が参集した。それを相合元綱と2軍に分けて、石見の坂広秀の守る二ツ山城と渡辺勝が守る藤掛城にそれぞれ軍を進めた。
元就様が担当するのは渡辺勝の守る藤掛城であったが、元就様は忍び衆を使い城の内情を細かく調べ尽くしており、二の丸に続く隠し通路から一気に兵を流し込んだ。
「いやぁ父上に黙って来てしまったが、よかったので兄上?」
「これほど丁度よい初陣も無いだろう。私達、幼子にしては背丈があるから紛れてもバレんよ」
実は兵の中に賢太郎と小次郎が紛れ込んでおり、兵達もまさかとは思っていたが、声をかけることはできなかった。
「気が付いて居る者もチラホラ居るな」
「安心せい、邪魔はせぬわ」
「いやいや、若様に弟君様は前線に居てはいけないお方ですよ……大人しく下がって下され」
流石に不味いと思った2人にいつも揉まれている足軽組頭が2人に声をかけるが、笛の音が鳴ると、2人は裏道を一気に駆けて行ってしまった。
「わ、若様達に続け! 絶対に死なせるな!」
毛利の未来を担う2人が討死なんてなったら毛利が傾くし、自分達の将来もどうなるかわかったものではない。こうして兵達の士気は天元突破。
皆死兵の覚悟で突っ込んでいき、二の丸を瞬時に制圧。
一方で賢太郎と小次郎は本丸の壁を登ろうとしていた。
「兄上」
「小次郎やるか」
助走を付けた賢太郎は小次郎に向かって走り出し、小次郎の手前でジャンプする。対する小次郎は手を組み、賢太郎の跳躍を手で押し込む。そうして賢太郎は更に高いジャンプをし、城壁を乗り越えた。
城壁の上の賢太郎は身につけていた縄を降ろすと、小次郎は縄を伝って城壁を登りきり、2人はいち早く本丸に突入するのであった。
本丸の屋敷では渡辺勝が元就による急襲にようやく気が付き、急ぎ武具を着用していた。
「お前達は裏手に周り、急ぎ落ちのびよ」
「父上なぜこの様な事に!」
「……毛利元就を甘く見ていたツケだな」
渡辺勝は息子と会話をしていたが、屋敷の戸が蹴り倒された。
「渡辺勝か久しいな。私の当主就任の儀以来か」
「な!? なぜあなたがここに居るのです!? 毛利賢太郎様!?」
「ほほぉ、謀反を起こしても毛利家当主の私に敬語を使うか……」
「渡辺、私も居るよ!」
「こ、小次郎様まで……」
「え? え? ど、どういう事ですか?」
状況を理解できていない渡辺の息子は狼狽えるばかりであった。
「渡辺勝、尼子に通じ、謀反を企てた為私達が討ち取らせてもらう」
「切腹するなら介錯するが……」
「虎市、そなたは逃げよ」
「ち、父上!?」
渡辺勝は抵抗することを選択し、近くにあった刀を抜いた。
「毛利家最強の武者にして源四天王渡辺綱が子孫、渡辺勝。毛利家当主2人を捕らえる事で活路を切り開く! いざ!」
振るわれた真剣に対して、賢太郎と小次郎の2人は瞬時に抜刀し、刀の背を使って受け流し、床に突き刺さった渡辺勝の刀を賢太郎が押さえる。
その瞬間に渡辺勝の顎に小次郎の膝蹴りが直撃し、渡辺勝は衝撃で軽い脳震盪を起こし、刀を離してしまう。
そのまま小次郎が回し蹴りして地面に転ばせると、フリーになっていた賢太郎が渡辺勝の首目掛けて刀を振るう。
スパン……ゴロゴロ
渡辺勝の胴体と首が離れ、床を転がりながら胴体から噴水の様に激しく血が噴き出す。
そのまま賢太郎と小次郎は布で刀を拭き取ると、目の前で父親が討ち取られる様子を見ていた虎市という渡辺勝の息子に声をかける。
「そなたの父親渡辺勝は尼子と通じ、毛利に謀反を企てていた」
「故に私達の父親の毛利元就が軍を急襲させ謀反が起きる前に誅殺した……というわけだ。私達が居るのはその場の勢いだ」
渡辺虎市は唖然としながらも口を開いた。
「本来なら父親の仇討ちを考えねばならぬのが武士なのでしょうが……若様達が僕には美しく思えて仕方がないのです。僕とあまり変わらない年齢ながら、僕には敵わなかった父を圧倒して斬り捨てたその力……感銘いたしました」
「どうする? 腹でも切るか?」
「いえ、父が謀反を企てたのです。渡辺の名は酷く汚れてしまった。なら息子である私が渡辺の汚名を返上できればと思います。どうか末席で良いので若様達の手足としてこの虎市をお使いください」
「ふむ、どう思う兄上」
「良いんじゃないか小次郎、良い感じに狂ってるぞコイツ……良き武士になりそうだ。渡辺勝の首はお主が持て、父上の所に行くぞ」
「は、はは!」
「馬鹿者! 何をやっているのだ賢太郎に小次郎! なぜお主らがここに居るのだ!」
「いや、丁度よい初陣をと思いましてな」
「然り然り」
「早すぎるわアホ! どこに数えで8歳と7歳で初陣をする者が居るか!」
「いや、日ノ本を探せば私達より早く初陣をしている者は沢山居るでしょうに」
「然り然り」
(ちなみに某島津の人の中には数え7歳で初陣かつ首を挙げた猛者が居たりする)
「しかし大将首を取ってくるなど前代未聞じゃぞ。彩乃が聞いたら卒倒するぞ」
「いや、母上はゲラゲラ笑いそうですが」
「然り然り」
「……あぁ……どないすれば良いんじゃ? 褒めればええのか? それとも怒るべきか?」
「父上できれば褒めて欲しいのですが」
「然り然り」
「簡単に褒めれば真似する馬鹿が増えるじゃろうが! 賢太郎も小次郎も将としての器を持つのじゃ! ……いや、この歳で将としての器があっても怖いが……うーむ」
「あ、父上、渡辺勝の息子渡辺虎市を私の家臣にすると決めました。あと初陣をしたので元服する準備もお願いしますね」
「情報量が多いのじゃ!」
元就様は息子達が凄い成長をしているのを喜ばしく思いながらも、自身では制御できない大器に難儀することになる。




