1506年 松寿丸様未来へ
私が現代から戻ると松寿丸様と杉殿がもう戻ってきたと言い、杉殿に皿を見せる。
「これが証拠じゃ駄目ですかね」
私は杉殿に皿を渡すと、恐る恐る皿を触り
「この様な綺麗な円形かつ乳白色の陶磁器は見たことがない……未来の品なのだな」
と納得してくれた。
「未来かどうかは置いておいて、異能を持つ存在であることはよーくわかったのじゃ。杉殿、ワシはこやつを気に入ったが?」
「未知の存在であり、本来なら危険だと一喝するべきなんでしょうけど……松寿丸の成長の奇貨になるのは確か。同世代の話し相手は必要でしょう。分かりました。私が連れてきた侍女の1人ということにしておきましょう。ただ他の者から見て礼儀作法が疎いと問題になります。その教育もしましょうか」
杉殿の提案は願ったり叶ったり……私はお願いするのだった。
松寿丸様から物置に使われていた部屋を与えられ、硬い床にゴザを敷いて眠るが、背中が痛い……それでも我慢して翌朝、日の出前に起きた私は目に見えるアピールをしたほうが良いと思い、現代からボロ雑巾を持ち出し、他の侍女から桶を借りて井戸から水を汲んで拭き掃除を始めた。
「拭き掃除が行き届いて無いな……」
床を拭き始めると直ぐに雑巾が真っ黒になり、何度も拭いていくそうやって掃除していると杉殿がやって来て
「あら、朝から掃除とは熱心ね。それよりも食事の時間よ」
と言われて掃除用具を片付けて食事に向かった。
朝食で出されたのは1汁1菜……ニラの入った麦飯(白米では無くほぼ玄米)、味噌汁、白菜の漬物であった。
「いただきます」
私がこの時代の食事を食べてみるが、美味しいか美味しくないかと言ったら美味しくない。
まずニラの麦飯には麦と玄米の他に混ぜ物でかさ増しされており、恐らく粟や稗なのだろうが、それが酷い雑味を生み出し、ニラが味を消そうとしているが、気持ちの問題程度である。
味噌汁も味噌の質が悪いのか臭みと酸っぱさを若干感じる。
口の中で危険信号を発して戻そうとするが、我慢して流し込む。
白菜の漬物は塩っけが薄く、味が殆ど無い様な気がした。
冷や汗を流しながらの食事をなんとか食べ終わり、杉殿に呼ばれた。
「酷い顔をしているが、大丈夫が?」
「いや……食事が合わなくて……」
「ほう……未来ではどんな物を食べているのだ?」
「そうですねぇ……」
私は混ぜ物の無い白米は毎日必ず食べられることや冷蔵庫というカラクリのおかげで食材が冷やせるので色々な食べ物が長期保存ができるので肉や魚を気軽に食べられること、1汁1菜ではなく一汁三菜くらい毎食出されるとも説明すると
「隨分と贅沢じゃな。未来では庶民でもそんな食事ができるのか?」
「はい、できます。私の能力確認が終わればそのうち未来の料理を持ってきますよ」
「それは楽しみじゃな」
そんな会話をした後に、礼儀作法と城での役割を教わった。
「まだ彩乃は幼子だから掃除をしていれば邪険には扱われないだろう。だから普段は城の通路等を掃除し、松寿丸様に呼ばれたら話し相手をするというので大丈夫」
「ちなみに日中の松寿丸様はどの様な行動を?」
「一人前の武士になるための教育を受けておられる。剣術、弓術、馬術、礼節、識字、算術……色々学ばられているから、夕方までは私達で勉強することができると思うわ」
「なるほど、よろしくお願いします!」
松寿丸様は日中は色々忙しいらしいので、私は杉殿に色々教えてもらう時間を与えられた。
ちなみに杉殿は毛利元就の父毛利弘元の側室の方で晩年毛利弘元から毛利元就と毛利家を頼むという話をされていたため、まだ若いのに再婚等をせずに毛利元就の幼少期を支え、毛利元就の人格形成に多大な影響を与えた人物である。
松寿丸様が母親代わりに慕う人物なので、そんな人物に私の事を相談し、侍女にするというのは松寿丸様も大きな賭けをしたものである。
私から見ても杉殿は母性に溢れ、聖母の様な女性であるが、教育の場では厳しく叱責してくれるありがたい存在である。
そんな杉殿の礼節の授業が終わり、夕食後に私は松寿丸様に呼ばれて寝室に入る。
「なぁなぁ彩乃! ワシも未来に行ってみたいのだが駄目か?」
「そうですね……力を蓄えることもできましたし少し行ってみますか?」
「おお! 行けるのか!」
「たぶん大丈夫です。では行きますよ」
グニョンと異空間が開く。
私は松寿丸様の手を繋いで空間に入るのであった。
現代でも外は夕方、部屋にある時計を見ると17時を示していた。
「ほほう! す、凄い……これが未来か!」
松寿丸様も無事にこちらに来れたらしく、私の部屋の物を色々触るし、ベッドにダイブしてふかふかであると感動していた。
「時間も限られていますし、まずは体を綺麗にしましょうか」
「体を? 行水や体を拭くことは毎日行っているが?」
「ちっちっち! びっくりするほど疲れが取れる方法がありますよ」
「ほう?」
私は松寿丸様を連れて1階に降りると風呂場に向かい、風呂を洗って湯を張り始めた。
「自然に熱湯がで始めた!?」
「ここにお湯を張って体を温めるんです。湯治という言葉があると思いますが、病気でなくても風呂に体を浸けて温めれば病気の予防になるのですよ」
「そ、そうなのか!? 未来は凄いのぉ!」
「彩乃誰か居るの?」
リビングから母さんの声が聞こえた。
私はここで松寿丸様が母さんにバレたらどうなるか考えて無く、一瞬フリーズしてしまったが、引き戸を開けた母さんから
「あら毛利君じゃない。遊びに来てたの? ゆっくりしていってね」
と言われた。
私も松寿丸様も顔を見合わせ、お母さんに
「毛利君?」
「従兄弟の毛利君じゃない。近所だから遊びに来たのね。ゆっくりしていきなさい」
と言われた。
松寿丸様が着ている昔の服に突っ込むこと無くそのまま母さんは家事に戻っていった。
「どういうことじゃ?」
「昔の人がこっちの世界に来た場合認識の阻害が入ると聞いていたけど……こうなるのね」
「あやつが彩乃の母親か? 言ってはなんだが隨分と若いな……」
「母さん40歳超えてるよ」
「なに!? あの容姿で40を超えているだと!? 20後半に見えたが……」
「未来では化粧が発展したのと食べる物が良くなったから見た目の老化が昔よりも遅いのかも」
「ほぉぉ……未来人は若さを保てるのか……凄いのぉ」
「松寿丸様も気をつければ老化を遅くすることができますよ」
「本当か!」
「では今一度私の部屋に戻りましょうか」
私達は2階の私の部屋に戻る。
「これが未来の家屋か……木材の作りではないな。頑強で暖かい……実に不思議だ。天井に付いている丸い物はなんだ?」
「これは照明です」
私がスイッチを押すと天井のライトが光りだし、松寿丸様は腰を抜かしてしまった。
「おおお!? 天井が光っている! 妖術の類か!?」
「未来では雷の力を自由に扱うことができるカラクリが増えたのですよ。人為的に雷を起こし、その力で様々なカラクリを動かすのです……外を見てください」
私はそう言って窓から外を見せると車が動いているのが見える。
「なんじゃ!? 箱が動いている!?」
「あれは車といって燃える液体で中にある歯車を動かして移動する乗り物です」
「ほぉぉ!? す、凄いのぉ! 凄いのぉ! 未来の日ノ本はこうなっているのか!」
「文字も違うなってますよ」
私はランドセルから国語の教科書を見せる。
「……読める文字と読めない文字があるが……くずし字が一切無いのぉ……」
「たぶん読めない文字はカタカナという文字で、未来では漢字、ひらがな、カタカナの3種類を主に使います。ちょっと待ってくださいね」
私は部屋の奥から低学年の国語の教科書を引っ張り出してくる。
「元の世界に戻ったらこの書物を使い勉強しましょうか……あとこれも使いましょう」
私は玩具のお絵かきボードを引っ張り出してきた。
ペンで線を書くと黒い砂が現れ、絵がかけ、下のスライドを横に動かすと文字が全て消えるあれである。
「これを使って現代文字を勉強しましょうか!」