1513年 毛利衛生隊 四男雉四郎
「うーん」
「彩乃姉様、今回はずいぶんと分厚い書物を読んでいますね……何の書物ですか?」
「これ? 医学書」
「医学……医術の書物ですか?」
「そうだよ怜ちゃん」
元就様が吉田郡山城改築に出払っているため、私は私が出来ることをやろうと医学書を読んでいた。
この時代未来では治せる病気でも簡単に亡くなってしまうことがあり、特にウイルス系による病気……インフルエンザや肺炎、そして天然痘はとにかく猛威を奮っていた。
京では天然痘が定期的に大流行し、貴族や偉い坊さんが亡くなったという歴史書物が沢山書かれている。
なのでそれを治す事が出来る物は待ち望まれていたのである。
一応中華では古くから天然痘患者の膿を他の患者に接種させることで予防になることは広く知られていたのだが、数%の確率で重症化するリスクがあり、馬痘(馬の病気)を予防接種することで天然痘は防ぐ事が出来るのであるが、これは彩乃も早めに接種しないと危ないと感じていた。
未来では天然痘は撲滅された病気であり、彩乃自身も天然痘の予防接種はしておらず、体に抗体があるとは言い難いため、今の子供が産まれたら順次予防接種をしていく準備を行っていた。
ちなみに最近まで馬痘では無く牛痘が天然痘のワクチンとして活用されてきたとされていたが、ワクチンの原型になった牛が牛痘ではなく馬痘に感染していたのをたまたま使い、効果があった事で奇跡的に広まった物であり、天然痘は馬痘を予防接種する方が効果があるのである。
あとはペニシリンの開発である。
肺炎だったり化膿を治す働きを抑制する抗生物質ペニシリン……後々猛威を振るう梅毒治療にも大きな影響を及ぼせる物質であり、ペニシリンと対を成すサルファ剤の2つの抗生物質と抗生薬が大きく医療の歴史を進めた物質である。
某お医者さんが江戸時代にタイムスリップする漫画を参考にペニシリンから開発を開始する。(お腹に子供が居るので城からは出れないが……)
元就様の許可を取って理科をある程度理解している家臣の方と町医者の方を捕まえてきて実験を開始する。
まず全員にマスクを着用させた上で、ペニシリンの材料となる青カビを持ってくる。
「これが今回の薬の原料となる青カビです」
「青カビが薬になるのか?」
「体を壊してしまいそうだが……」
「まぁまぁ医者の皆さん、彩乃様は神通力の使い手……我々が知らない知識を多く持っておられるお方なので聞きましょう」
志道広良の次男の志道就広がそう町医者達を宥める。
志道広良の子供だけあり、聡明で人望もあるのだが、歴史には名前も載っていない人物である。
もしかしたら熊守と一文だけ書かれている住職である可能性が高いため、史実では若くして出家した可能性が高い。
そんな若武者であるが、彩乃への当たりも柔らかく、彩乃が突拍子の無いことをやろうとするのを現実的な落とし所を模索する役割を担っていた。
あと字がべらぼうに綺麗である。
志道就広の事は良いとしてペニシリン作成である。
まず芋の煮汁と米のとぎ汁を合わせた物に青カビを置いて、青カビを培養する。
培養した青カビの汁を綿を入れたろ過器でろ過し、壺に溜める。
ろ過した液体に菜種油を注ぎかき混ぜる。
そして少し待つと油と水に分離するため、底に沈んだ水部分だけを採取する。(なので底に蛇口のある壺の方が良い)
それを熱殺菌済みの炭を砕いた物を入れた壺に入れてよくかき混ぜる。(すると炭にペニシリンに必要な物質が付着する)
水を捨てて、蒸留水、酢から作る酸性水で順に炭を流していく。
最後に海藻から作るアルカリ水で炭を洗い流すとアルカリ水にペニシリンの材料が溶け出すため、まだ綿を使ったろ過器でゆっくりとペニシリンを抽出していく。
100ccずつ抽出していくと500cc以降からだいたい薬効が出始める。(薬効確認方法はニキビを潰して出た膿を溶かした液体で菌が繁殖してないか確認する)
これだけでも液体のペニシリンとして活用できるが、ここに焼酎を更に度数を高くした高濃度アルコールを使うことでペニシリンを結晶化(粉末化)させることができる。
こうすることで持ち運ぶことができるようになるのである。
あとはペニシリン成分を大量に蓄える青カビの素材は何が適切なのかを調べる作業となるが、とりあえずこれでペニシリンは完成である。
「これがペニシリンという薬ですか……」
「青カビから本当に薬が……」
「ちなみにこれは飲んでも効果がありません。注射器という道具で尻に注射することで初めて効果があります」
「これが注射器」
「先端に針が付いていて、そこからは液体を出す仕組みか」
「ちなみに1度使った注射器は熱湯で消毒しないで使うと病気の原因になりますので気をつけてくださいね」
「うむむ……扱いは難しいが本当に効果はあるのか?」
「えぇ、というわけで部屋を移動しますよ」
移動した部屋には苦しそうに咳き込む若い患者達が横たわっていた。
「一応見立てでは肺炎になってしまった患者さん達です。このまま放置すれば死ぬでしょう」
医者達も症状を確認するが、肺の音が酷く、これでは確かに助かるのは困難であると伝えた。
「はーい、チクッとしますよー」
そんな患者達にペニシリンを容赦なく投与していき、やり方を教えて医者達にもやってもらい、それを毎日投与して経過を観察する。
するとみるみる病状が良くなり、1週間程度で5人のうち4人が回復する結果となった。
1人は残念ながら耐えきれずに亡くなってしまったが……。
それでも医者達は助かる見込みの薄かった患者が助かるのを見てペニシリンの薬効の凄さを認識し、ペニシリンは刀傷や矢で傷を負った場合化膿するのを防ぐ効果もあるため、やり方を覚えて将兵達の治療が行えるようにするべき……衛生兵を作るべきと私は唱えた。
町医者達お抱えの医者に成れるのであればと自身、もしくは息子を差し出し、彩乃から初歩的な医学を学ぶのであった。
そのまま天然痘予防について勉強し、志道就広に馬痘採取を任せたところ、彼が寺に入る事になる筈だった天然痘による失明が回避され、立派な武将に成長していくことになるのを彩乃はまだ知らなかったのである。
ちなみに彩乃は肺炎がうつるわけにはいかないので未来のマスクかつ、未来から持ってきたうがい薬で徹底的に予防するのであった。
毛利衛生隊が誕生し、順調に訓練が行われている頃、彩乃の4人目の出産が始まった。
逆子であったが病院の先生の適切な対処により無事に出産。
4人目も元気な男の子で干支が鳥なので雉四郎と名付けられた。
これで次も男の子だったら猿、雉、犬で桃太郎の完成である。
桃太郎のように勇敢かつ元気に育ってくれれば母親として嬉しい限りであるが、どうなることやら……。
毎年の出産で子育てもだいぶ慣れてきて、オムツを替えるのも、赤ちゃんの泣き声で何を求めているかもだいぶ分かってきた。
乳母係の人も
「姫様は我々乳母より乳も出ますし、子育ても上手いですから、我々要ります?」
と冗談を言われることもあった。
こうして1513年も終わりに向かおうとするのだった。
3男の卯三郎だったのですが、作者がこの年の干支を間違えており、正確には申年なので全て申に変更しました。
三男は申三郎になります。
ご迷惑をおかけしました。




