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歴女JK謀神の子供を産む  作者: 星野林


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1512年 高橋領侵攻作戦

 当主と嫡男を失った高橋家はまだ幼い嫡男の子供を擁立する派閥と戦で生き残った叔父達が家督争いで揉め始めた。


 多くの有力家臣を失った事で急速に力を失っていたが、外面を取り繕うだけの力は残されていた筈だが、高橋家は内紛によって一気に勢力を失っていくこととなる。


 これに対して毛利と和議を行った宍戸家は毛利が750名、宍戸が500名の兵を率いて進軍を開始。


 毛利元就も兵100名を率いて軍に参加するのであった。









「元就は別働隊として志道家、井上衆を含めた300名で桑田砦、生田砦を攻略して欲しい。さすれば石見方面の高橋家の連絡路を遮断することができる」


「わかったのじゃ。兄上は松尾城を攻め落とすので」


「ああ、松尾城には高橋の内紛により200ほどの兵しか詰めて無いと聞いた。故に奇襲で、一気に畳み掛ける」


「じゃったら兄上にこれを渡しておくのじゃ」


 そう言って元就が取り出したのはバレーボールくらいの紙で包まれた球体であった。


「これはなんだ?」


「火薬の生産を研究していたんじゃが、その試作品じゃ。古家の床下から硝石が採取できてのぉ。それと硫黄を混ぜて火薬を作ったんじゃが、これは火縄に火を付けて投げると爆発するのじゃ。土壁くらいなら簡単に崩壊する威力があるから門の破壊に使ってみて欲しいのじゃ」


「わかった。秘密兵器と言うやつだな」


「一応投手として2名、これを運用するに長けた者も付けるので頼むのじゃ」


 普通に爆弾であるが、木製の門を破壊するには十分な威力がある試作品であった。


 他にも小型の爆弾を作っており、それは焙烙玉と呼ばれ、野球ボール程度の大きさで、遠投に自信のある兵に持たせていた。


 こうした新兵器を用いた高橋領攻めが始まる。








「やはり毛利が攻めてきたか! 宍戸家に連絡を! 毛利の背後を突いてもらうぞ」


「それが! 宍戸家も毛利軍と一緒に攻めてきています!」


「なんだと!? 毛利と宍戸の抗争は高橋家を欺く為の罠だったのか!」


 松尾城には200の兵しか詰めておらず、松尾城城主の高橋弘厚は直ぐに城を固めた。


 高橋弘厚は家督争いからは距離を取り、中立の立場であったが、石見方面では絶賛家督争い中の為、高橋本家からの援軍は難しいと判断していた。


「しかしここで踏みとどまらねば安芸国の高橋領の維持が危うくなる。何としてでも踏みとどまらねば!」


 そう意気込んでいたが、表門より巨大な破裂音が起こり、木製の城門を吹き飛ばした。


 敵味方が呆気に取られる中、城門と言う防御の要を失った高橋の兵達は次々に持ち場を離れて逃亡を開始してしまい、三の丸、二の丸が次々に陥落する。


 本丸に籠もった高橋弘厚他一族50名は必死に抵抗したものの、毛利家家臣赤土家の軍が本丸に続く抜け道を発見し、そのまま本丸に雪崩込み、城主高橋弘厚含め、一族の多くが討ち取られ、高橋の安芸統治拠点松尾城は陥落。


 松尾城を拠点に、毛利興元は高橋の安芸国にある要塞を次々に破壊していく。


 一方毛利元就率いる別働隊も桑田砦に到着し、新兵器焙烙玉を要塞に投げ込み、砦が大混乱している中で門を破壊して雪崩込む。


 そこまで防衛設備が整ってなかった小さな砦の為、1刻(2時間)程度で陥落し、続けて生田砦に移動する。


 生田砦には桑田砦から逃げてきた敗残兵を収容し、数だけは100名を超えていたが、砦を統率できる将が先の敗戦により不足していたため元就が焙烙玉を投げ込むと裏口から逃亡を始めてしまい、碌な抵抗も無く生田砦も陥落することとなる。


「急いで防御を固めよ!」


 生田砦は石見国との国境の砦であり、桑田砦よりも防衛力、収容力のある城であった。


 なので早期に改修をし、高橋家からの反撃に備える必要があった。


「焙烙玉の残りは?」


「あと50発程になります」


「うむ……城攻めで使うには心許ないのじゃ。生田砦の防御力も高いとは言えんし……野戦にて決着を付けるしか無いのぉ」


「野戦ですか。となると練習をしていたあの戦術を」


「ああ、模擬戦で叩き込んだあの戦術を試す。犠牲も多かろうが、覚悟を決めよ」


「「「おう!」」」


 志道軍の指揮官をしている志道広良や井上衆を束ねる井上元兼にも作戦を伝え、数が多い井上衆に生田砦を任せ、志道広良は退路を塞ぐ役割を、元就の鍛えた精鋭兵は独自の判断で行動できる為、元就の作戦を担う役回りを請け負った。








 元就の忍び衆が懸命に敵の情報を集め、高橋方の家督争いを一時棚上げし、外敵である毛利家に対処するため2000の兵を率いて行軍を開始し、安芸高橋領内へと進撃を開始した。


 元就は直ぐに興元に高橋本軍が迫っていることを通達し、毛利本軍と宍戸軍も急ぎ生田砦に向けて軍を進めた。


 ここに生田の戦いが勃発する。


 まず元就が朝駆けを行い、武田軍に奇襲を仕掛け、早々に撤退し、武田軍を生田砦近くの街道沿いに釣り出すことに成功する。


 元就の軍は散り散りに逃げたと見せかけて離散し、街道沿いに潜伏。


 そして生田砦の門をわざと開いて置くことで朝駆けの兵を収容している最中と見せかけて高橋軍は一気に砦に攻めかけた。


 その瞬間、各所から焙烙玉が投げ込まれ、固まっていた高橋軍から破裂音と焙烙玉に詰め込まれていた釘や石が飛び出して周囲の兵を殺傷していく。


 高橋軍の各所で悲鳴と混乱が発生した瞬間に、四方に潜伏していた元就の兵達と忍び衆が調べた抜け道を使って高橋軍の背後に回っていた志道軍、そして生田砦から飛び出した井上衆が高橋軍を囲うように総攻撃を開始する。


 島津家が得意としている釣り野伏戦術である。


 それに焙烙玉を使ったアレンジであるが、各所から断続的に聞こえる破裂音、囲まれて攻撃された混乱で同士討ちが多発、しかも退路が断たれているため逃げ出すこともできない。


 しかも高橋軍の指揮系統が家督争いを絶賛していた者達であったために指示が滅茶苦茶になり、混乱に拍車を掛けた。


 高橋軍が右往左往している最中に毛利本軍と宍戸軍も横から殴りつける形で参戦し、勝敗は一気に毛利に傾いた。


 そこからは一方的な虐殺となり、2000のうち約1800名が討ち取られ、家督争いをしていた高橋一族の当主候補3名も討ち取られ、他か高橋一族、高橋家を支えた家臣達の殆どが全滅。


 毛利元就も鍛えた兵のうち30名近くを失う大損害を被り、毛利、宍戸連合軍も150名の死者を出したが、大勝利であり、毛利軍が高橋軍2000の兵を300の兵で返り討ちにしたと脚色されて各所に伝わり、以後指揮官を失った石見高橋領の城は兵が集まらずに毛利軍に次々に降伏。


 隠れていた高橋一族も処断され、石見、安芸の有力国衆だった高橋家は滅亡。


 高橋旧領約4万石を毛利家が吸収し、宍戸家に600石の所領に更に色を付けて400石追加の1000石を宍戸家に返却した。


 宍戸家は毛利家が約束を違わなかっただけでなく、宍戸家を配慮してくれることが分かり、過去の遺恨を完全に洗い流し、親毛利の国衆として共に歩む事となる。








 高橋領を手に入れた事で所領分配が毛利興元により行われ、生田合戦の一番手柄出会った元就は多治比周辺の所領を700貫……前の領土と合算すると1000貫(2000石)の領土を有する事になり、軍役の数も100から500人まで動員することを許された。


 他志道衆、井上衆、坂衆、桂衆、福原衆、赤土衆等が加増されたが、吉田郡山城周辺の領土と配置換えとなり、毛利興元が高田郡に一門衆のみで所領を纏める事に成功し、高田郡5000石を毛利興元が自由に扱える領土となるのだった。


 ちなみに相合四郎も合戦に参戦し、首を3つ討ち取る成果を出し、船山城から松尾城に移動となり、松尾城1000石の領土を保有する事になるのだった。

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