1510年 相合四郎2
「お久しぶりです兄上!」
「四郎も相変わらず元気そうで何よりだ」
松寿丸は相合四郎の住む船山城に来ていた。
船山城は毛利家本拠地の吉田郡山城にほど近く、平地も多い為に、猿掛城に詰めている松寿丸よりも住みやすい城であった。
もし四郎に尻尾があったらブンブンと振っているくらい喜びの感情を爆発させているのを見て、余計に松寿丸は未来を変えなくてはならないと思うのだった。
「四郎久しぶりに会ったからお土産を持ってきたぞ」
「なんです! なんです!」
「蜂蜜を使った飴じゃ」
「わぁ! 綺麗ですね……でも蜂蜜って高価な品なのでは?」
「ワシの領地で養蜂が成功してな。少量ながら蜂蜜が採れるようになったのじゃ。その成果物じゃから気にしなくて大丈夫じゃよ」
「そうなのですね! ありがとうございます!」
蜂蜜飴を四郎は口に入れるとほっぺたを押さえて甘~いとニヤけていた。
それを見た松寿丸は可愛いやつだと思う。
「しかし兄上と会うのは吉田郡山城での評定ぶりになりますね。評定でもあまり話す機会はありませんし」
「うむ、ワシも四郎も元服前故に発言権は無いからな」
「そうですよね……」
「なぁ四郎。四郎は毛利の当主になりたいか?」
「ふぇ? 急にどうしましたか?」
「いや、京の兄上……興元兄上から連絡を頂いているが、京の大内を取り巻く情勢が悪化していると聞く……興元兄上が帰ればワシらが毛利家宗家をもり立てれば良いが……そうでなかった場合も考えねばならぬ」
「それは……そこまで大内の情勢が悪いのですか」
「うむ……手紙でわかる範囲じゃが」
この時大内義興には幾つか爆弾を抱えており、沈静化した物だが火種が燻っている東大寺との寺領返還交渉であり、大内領内の東大寺が所有していた寺領を大内が横領し、既に約20年近く実行支配が続いていたが、東大寺側が寺領返還を求めるサボタージュを行い、幕府の行政に支障をきたし、幕府の仲裁で大内側が折れる形で東大寺に寺領を返還したために、寺領を持っていた家臣達から不満が噴出した事件が起こった。
ただ幕府との仲裁で大内義興と幕府側の関係が悪化した事件である。
他にも軍事方面で大内義興は10代将軍を将軍に復権させる上洛であったので、現将軍の11代将軍は京に幽閉されていたが、脱出し、各地で反大内勢力と結託し、京奪還の軍を挙げていた。
大内義興はこれを初戦は勝利して蹴散らすものの、続く戦で敗北、戦線は膠着し、帰路にいつ着けるか分からない状況が続いていた。
「こんな状況じゃな」
「すっごく泥沼化していますね」
「そもそも京に大内義興殿は拠点が無い。故に長陣で兵や将を休ませられん……これが続くと限界を迎えた国人は陣抜けを行うのじゃが……」
「興元兄上がそれをすると松寿丸兄上は考えているのですか?」
「興元兄上の性格じゃ。限界を迎えて思考が落ち、陣抜けを断行する可能性が高い。他の家臣達に言い聞かせて抑えては貰うのじゃながな……」
「……松寿丸兄上の井上元盛誅殺の様な事が起こると興元兄上も安芸国にかえりたい気持ちは湧いてくると思いますが……」
「今一度ワシと四郎の間で毛利宗家を支えていこうということを今一度誓って欲しい。そして興元兄上に何かが起こった時に肉親でワシは争いたくない。四郎は宗家を継承する気はあるのか?」
「無理です! 松寿丸兄上に器量が無いならまだしも……自力で城を奪還するような底知れぬ器量を持ち、正室の嫡子である松寿丸兄上が継承権は上でしょうに!」
「うむ……それを今回しっかりしておきたかったのじゃ。ワシと四郎が争えば毛利は滅びの道を辿る」
「そうですね……あ、私からも良いですか?」
「なんじゃ?」
「出自不明の娘を正室にするのは兄上と言えどもどうかと思うのですが……」
「まぁ会わんと分からんわな……四郎、今度猿掛城に来れるか? そこで彩乃を紹介しよう」
「彩乃……それが兄上を誑かす女なのですね」
「誑かすのではないぞ……導いてくれるのじゃ。四郎良いことを教えてやろう。例え玉藻前(九尾の狐)であろうが御せれば強大な力を得ることができるのじゃよ」
「兄上……それでは本当に妖怪の類で?」
「いや、神の使いじゃな。神通力は本物で未来の物を持ってくる事ができるのじゃよ。内緒じゃよ。この養蜂の方法も彼女が教えてくれたことじゃて」
「……」
複雑そうな顔をしている四郎であったが、なるべく早く猿掛城に向かうと約束してその場は収まるのであった。
数日後、猿掛城に相合四郎と供回りの兵がやって来た。
「女狐め……兄上を惑わす様であればこの手で!」
四郎はそう覚悟を決めてやって来ていたが、松寿丸と彩乃が2人で四郎を出迎えた。
「四郎どうじゃ彩乃は!」
「彩乃です……」
「……兄上言ってはなんですが、醜女ではありませんか!」
「女は内面じゃぞ。それに大きい女の方が子供を安全に産みやすいのじゃ! あとワシの趣味じゃ!」
この時代背がデカいだけで醜女扱いをされ、身長が160センチを超えていた彩乃は十分に醜女扱いであった。
そしてチートのせいか彩乃の胸と尻も大きく成り始めており、尻が大きいのはともかく、胸が大きいのはデブ扱いを受けるのである。
ちなみに戦国の世で一番モデル体型は寸胴体型であり、顔は丸顔が好まれた。
彩乃はどちらかと言えば狐顔であり、シュッとしているため、この時代の容姿観で言えば醜女側に入るのである。
四郎は兄上を誑かしているので相当な美女だと思ったら違ったので少し肩透かしを食らったが、彩乃のお腹が膨らんでいる事に気がつく。
「その腹は?」
「松寿丸様の子供が中に」
「兄上! 子供をもう作っておられたのですか!」
「なんじゃ? 評定でもこの事は伝えているぞ……四郎知らなかったのか?」
「知りませんよ! 興元兄上より早く子供を作るのは不味いのでは?」
「興元兄上は祝言を贈ってくれたぞ……若干呪言が混じってそうな言い回しじゃったが……」
そりゃ自分は辛い陣中なのに弟は国で女と楽しいことをやっていれば恨み言も言いたくなるだろう。
「その大きさだともういつ産まれてもおかしくは無いのではないか?」
「はい、いつ陣痛が来てもおかしくありません」
「大丈夫なのか? 出歩いて……」
「転ばなければ大丈夫ですよ。それに産む場所は決まっているので」
「決まっている?」
「神通力で別の場所で子供を産み落としています」
「ほほう……神通力とやらは本当なのか?」
「これ四郎」
「いえ、最初は誰でも疑いますよね」
彩乃はグニョンと空間を移動して羊羹を出してきた。
「羊羹です。甘いですよ」
四郎は彩乃の後ろに異空間が出現し、あっという間に戻ってきて、先ほどは無かった羊羹が出てきて困惑する。
周りに居た四郎の付き添いの兵達も彩乃の行動を見て腰を抜かす者も現れる。
「ひぇ……本当に妖怪の類だ……」
「妖力を持っている……」
「失礼な奴らじゃのぉ……これは神通力。神から与えられし特殊な力じゃぞ。そもそも彩乃は厳島神社から流れてきた巫女じゃぞ」
四郎は恐る恐る羊羹を食べると、口の中に甘さが広がって顔が綻ぶ。
「護衛の皆さんもどうぞ」
「ど、どうも……」
護衛の兵達も羊羹を食べるとあまりの甘さに衝撃を受けていた。
ちなみにこの時代の羊羹は全く甘く無く、小豆粉、小麦粉、葛粉を水で混ぜて固めた物とされ、どちらかと言うと酒のつまみとして作られていた。
甘い羊羹になったのは国産砂糖が出回る江戸時代からである。
「……は! か、甘味でつられんぞ! 私は!」
「ふふ、もっと美味しい物を後で食べさせますよ」
松寿丸と彩乃による猿掛城案内が始まるのであった。




